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「アウッティ侯爵及び侯爵夫人、ご子息、ご令嬢の入場です!」
一家の来場を告げる声がホールに響いた。
中に入ると色とりどりの盛装に身を包んだ人々が談笑している。
奥では室内楽団による演奏が行われ、豪華な料理が並んでいるのも見える。
煌びやかに室内を照らし出すのは、魔術による炎がゆらめく幾つものシャンデリアだ。
「これが夜会……すごい」
リリヤは感動しながら周囲を見回した。
今日の夜会は宰相であるハルヴォニ侯爵家で開かれるものだ。
百人以上は余裕で入るであろうホールは、アウッティ侯爵家にあるものよりずっと広くて豪華だ。
「ハルヴォニ侯爵は宰相として個人で海外からの賓客を招くこともあるからな、王家に次ぐ迎賓施設を持っているんだ」
父親が説明した。
「なるほど……」
「アウッティ侯爵。よく来てくれた」
恰幅の良い男性がやってきた。
「こうして一家四人が揃い本当に良かった」
「ありがとうございます。宰相閣下にご尽力いただいたおかげです」
父親は深く頭を下げた。
リリヤが召喚された時にもその場にいた宰相が、解呪の魔法陣を組み立て、それを作動させることを提案したのだと聞いた。
「リリヤ嬢。娘が親しくしてもらっていると聞いた」
宰相はリリヤに向いた。
「はい、アマンダ様には色々と助けていただいています」
「そうか。役に立っているようで良かった。……あの子は自分が魔力なしだということを負い目に思っているものでな」
「……そうなのですか」
「魔力を持つかどうかは本人の素質とは関係ないのだが。宰相の娘として少しでも役に立たねばと、責任を感じてしまっているのだろう」
宰相はため息をついた。
(……だから私と殿下の関係をあんなに気にしていたのかな)
アマンダは父親から頼まれたと言っていたけれど、自身が一番気がかりなのかもしれない。
リリヤはそう思った。
「今夜は魔術を使った氷細工を用意した。あちらに飾ってあるのでよかったら楽しんでいってくれ」
そう言い残して宰相は立ち去っていった。
「氷細工?」
「あとで見てみよう。まずは挨拶周りだ」
侯爵は家族を促した。
夜会に参加している中でも特にアウッティ侯爵家と近い関係の人々に、リリヤとマティウスを紹介していく。
こうして正式に社交界デビューする前から顔合わせをしておくと信頼関係が生まれやすいからだ。
一通り挨拶を済ませると、四人は宰相が言っていた氷細工の元へ向かった。
「私たちは仕事の話があるからお前たちはここにいなさい」
そう言い残して両親はリリヤとマティアスを残して離れていった。
リリヤは氷細工を見上げた。
二メートル以上あるだろう、羽を広げた、大きな鳥の形をした立派な彫刻だ。
「凄い……」
(こういうの、テレビでみたことある!)
「魔術で鳥の形にしましたの」
聞き覚えのある声に振り返るとアマンダが立っていた。
「こちらは私の兄ですわ」
アマンダは背後に立つ青年を示した。
「アードルフ・ハルヴォニです」
「初めまして、リリヤ・アウッティです」
「マティアス・アウッティと申します」
「お二人のことは妹からよく聞いています」
アードルフは穏やかな笑顔を見せた。
「この氷の鳥は兄が作りましたの」
「ええっ本当ですか!?」
「こんな精巧に作れるものなんですね」
リリヤとマティアスはまじまじと鳥を見つめた。
魔術だけでこんな細かな形が作れるものなのだろうか。
「これだけではありませんの。鳥に風を当てると室内が涼しくなりますのよ」
アマンダの言葉に、アードルフは手にしていた白い杖を振り上げた。
杖から風が放たれると鳥がまるで羽ばたいたように飛び上がり、一瞬でその姿が消えると涼しい空気がホール内を流れていく。
人々の間からどよめきや歓声が上がった。
「わあ……」
リリヤは感嘆のため息をついた。
「氷と風魔術で温度を下げるのは知っていましたが……これは見た目も楽しくて面白いですね」
マティウスは感心しながらアードルフを見た。
「妹にねだられて様々な氷を作るうちにここまで出来るようになったんです」
「兄は水や氷を扱う魔術が得意ですの」
アードルフの隣でアマンダは誇らしげに言った。
(お兄さんが自慢なんだ)
アマンダの表情に、リリヤも笑みがもれる。
自分には出来ないことが出来る兄が自慢なのだろう。
「魔術をおもちゃにするなんて、ありえませんわ」
ほんわかした気持ちに水を差すような、冷めた声が聞こえた。
振り向くと、リリヤたちとそう変わらない年齢の令嬢たちが五人立っていた。
「自分が魔術を使えないからって、人にやらせてそれを見せ物にするなんて」
真ん中の女性が不快げに眉をひそめる。
「あら。魔術の発展のために、多彩な技術を生み出すのも大切ですわ」
アマンダは女性の前に立った。
「それに皆様に見ていただき楽しんでいただくのも人の役に立つということですわ。ふふ、これだから頭の固い方はだめね」
「まあ」
アマンダの反論に、女性の眉間のシワが深くなる。
「……誰?」
リリヤはマティアスにそっと尋ねた。
「さあ」
「ユーリア・コイヴィスト公爵令嬢です」
アードルフが答えた。
「コイヴィスト公爵……」
(どこかで聞いた……あ、そうだ。殿下との婚約を拒否した人だ)
取り巻きというやつだろうか、周囲にいる令嬢たちよりも派手なドレスと大振りのアクセサリーを身につけた、キツイ目つきの女性。
確かに見た目からして我が強そうだなとリリヤは思った。
アマンダと睨み合っていたユーリアがリリヤを見た。
取り巻きの一人がユーリアに耳打ちする。
見覚えのある顔は、リリヤと同じクラスの子だ。
「あら、ずいぶんと田舎臭い者がいると思ったら。あなたが例の呪い子でしたの」
リリヤを見下すような眼差しを向けてユーリアは言った。
「――そうね、田舎者を喜ばせるならああいった見せ物もいいかも知れませんわね」
扇で口元を隠しそう言う瞳は観察するようにリリヤを見つめる。
(うわー……すごいなこの人)
「まあ、失礼ですわ」
アマンダは眉をひそめるとリリヤの手に触れた。
「リリヤさん、気にしないでね」
「あ、全然大丈夫です」
ふるふると首を振ると、リリヤはにっこりと笑みを浮かべた。
「身分の高さと品の良さは比例しないんだなって分かりましたし、これなら私でもやっていけるなと自信がつきましたから」
「まあ」
「姉上……」
「……面白いお嬢さんですね」
目を丸くしたアマンダの隣でマティウスがため息をつき、アードルフはくっと小さく笑った。
「何ですって!」
ユーリアは目を吊り上げた。
「あ、すみません。びっくりしてつい本音が」
リリヤはドレスの裾をつまみ、ユーリアに向かって頭を下げた。
「まだマナーに慣れていない田舎者なので。申し訳ございません」
「――本当に、田舎者は礼儀がなっていなくて困りますわ」
ユーリアは顔をひきつらせたが、すぐにその顔に意地の悪そうな笑みを浮かべた。
「でも欠陥王子にはお似合いですわね」
(え……この人、そんなこと言っちゃうんだ)
リリヤはドン引きした。
自分よりも身分の高い、いや、下の相手であっても、そんな言葉を口にするなんて。
「ユーリア様。それはあまりにも失礼な言葉ではありませんこと?」
アマンダが口を開いた。
「あら、本当のことですもの。ただでさえ冷酷な人なのに、魔力も片目も失うなんて。いくら王妃になれるとしてもそんな人と結婚だなんて、お断りですわ」
アマンダを見据えてユーリアは言った。
(本当に最低な人だな)
ふつと湧いた怒りを抑えるために、リリヤはふ、と息を吐いた。
「良かったです。殿下があなたみたいな人と婚約しなくて」
リリヤはユーリアを見た。
「殿下が呪われたことも、悪いことばかりではなかったんですね」
「何ですって」
「それから、殿下は冷酷ではなくて優しい人です」
「優しい……?」
「はい。私を田舎者だと下に見ることもせず気遣って下さる、とても優しい人です」
初めて会った時に非難はされたが、あれはリリヤの努力不足に対して言われたことで、育ちについては何も言われなかった。
そのことに改めて気づきながら、リリヤは笑顔で答えた。




