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「はい、ここで大きくターン!」
手拍子に合わせてリリヤとラウリが回ると、ドレスの裾が大きく広がった。
「背筋は伸ばしたまま! 半テンポ遅れています!」
(ひいっ)
「あと少しだ。落ち着け」
パニックになりかけたリリヤの耳元でラウリが囁いた
「頭の中でリズムを刻むんだ」
(……いち、にい……)
刻んだリズムに合わせて身体を動かす。
やがて音楽が止まりダンスが終わり、リリヤはほうと息を吐いた。
「まだ最後の礼が残っているぞ」
「あっ」
リリヤは慌ててドレスの裾をつまむと、ラウリと向き合い膝を折って腰を落とした。
「だいぶ動きが慣れてきましたね」
講師が言った。
「ですがまだ頭で考えながら動いているので、身体でしっかりと覚えてください」
「……はい」
(まだ練習が足りないや)
貴族ならば幼い頃から習うダンスを、約半年前にこの世界に戻ってから始めたのだ。
圧倒的に経験が少なすぎるから、仕方ないともいえるけれど。
「早く上手くならないとなあ……」
「君は順調に成長している」
呟いたリリヤの頭をラウリがぽんと撫でた。
「前回よりも上達していたし、よくやっている」
「……ありがとうございます」
「今日はこれで終わりにしよう」
そう告げて、ラウリはリリヤをソファへと促した。
「足は痛くないか」
「はい、大丈夫です」
「練習は必要だが無理はするな」
「はい」
(ホント、最初のイメージと大分違うなあ)
気遣うラウリにリリヤは笑顔で答えた。
初めて会った時はマナーを知らないリリヤに辛辣な言葉を投げたラウリだった。
けれど今では、あれが嘘だったかのようにラウリはリリヤのことを気にかけてくれる。
ヘンリクやアマンダが言うように、リリヤがラウリを変えたからなのかは、当のリリヤには良く分からないけれど。
「この間、音を杖に保存できないか言っていただろう」
お茶を飲みながらラウリは言った。
「あ、はい」
「城の魔術師たちに話してみたところ興味を持ってな。これを作ってきた」
ラウリがヘンリクへ視線を送ると、ヘンリクは親指ほどの大きさの、透明で歪な石を差し出した。
「それは?」
「水晶だ。杖よりもこちらの方が長く保存できるそうだ」
「この水晶に魔力を送ります」
ヘンリクの言葉と共に水晶が光った。
『えー、ただ今三日の午後二時十八分……』
水晶の中から、はっきりとした男性の声が聞こえてきた。
「わあ……! すごい、ちゃんと保存できてる!」
「演奏された音楽は無理だが、魔力を持つ人間の声ならばこうやって保存できる」
目を輝かせたリリヤを見て、ラウリは口元に笑みを浮かべた。
「どのくらいの期間保存できるのかや水晶の大きさと保存時間の関係など実験中だが、上手くいけば伝令などに使えると言っていた」
「伝令?」
「書状だと馬で急ぐ時に雨で濡れて文字が消えることもある。紙に保護魔術をかけているが、水晶ならば魔術のかけ方によって他の者が読めなくすることができるかもしれないとのことだ」
「なるほど……」
パスワードをかけるようなものだろうか。
「面白いですね。こうやって水晶にも魔力を貯められるんですね」
「ああ。杖に加工するには木の方が便利だが、石や他のものにも貯めることができる。植物に魔力を加えて薬草に変化させることも可能だ」
「へえー。魔術ってすごいんですね」
「君のいたところは、もっとすごいものがあったのだろう」
感心しているリリヤにラウリは苦笑した。
「そうですけど……魔力はなかったので。自分が魔術を使えることも不思議です」
確かに、リリヤが育った向こうの世界の方が出来ることは多かったし発展している部分も多い。
けれどそれらの技術はリリヤには理解も実現も出来ないものだった。
魔術もまだまだ分からないことの方が多いが、それでも自分の力で再現できる可能性があるというのは大きな違いだと思う。
「殿下。そろそろお時間です」
歩み寄ってきた侍従と言葉を交わしていたヘンリクが口を開いた。
「ああ」
「今日はありがとうございました」
リリヤは立ち上がるとドレスの裾をつまんで膝を折った。
「挨拶の仕方もさまになってきたな」
リリヤに目を細めると、ラウリはふと真顔になった。
「――ところで、夏休みの予定は決まっているのか」
「夏休みですか?」
リリヤは首を傾げた。
「色々な所からお誘いがあるらしくて、今両親がどれに出席するのか考えている所です」
「そうか。私は王都の北部にある離宮へ行く」
「離宮?」
「山の麓にあるのだが、近くに魔力を帯びた泉があり解呪の効果があるかもしれないのだ」
「呪いが解けるんですか⁉︎」
「その可能性があるというだけだ。君も行くか?」
「え?」
ラウリの言葉に、リリヤは目を瞬かせた。




