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「それでは今日から火魔術の実技に入る」
教師の言葉に生徒たちがざわついた。
火魔術は、魔力を熱に変化させなければならない。
魔力を送るだけの風魔術よりも危険で高度な技だ。
「出来なくとも心配するな。風魔術以外は適性があるからな、ここからは自分に合った魔術を探していくのが課題だ」
不安げな生徒たちを見回して、教師はリリヤを見た。
「リリヤ・アウッティ。君はルスコ教授が直接教えるから教授の元へ」
「……はい」
(そうよね、何やらかすか分からないよね)
ラウリの杖でコントロールが出来るようになったとはいえ、膨大な魔力で初めての術はどうなるか自分でも分からない。
リリヤは一人、教授の元へ向かった。
「火魔術は、杖から魔力を放出する時にその魔力が熱を持ち発火するイメージを持つ。適性があれば実際に魔力が火となる」
「……はい……」
教授の説明に、リリヤはよく分からないながらも頷いた。
「言葉で説明しても分かりにくいな。まずはこの杖でやってみるとよい」
リリヤの表情に笑みを浮かべると、教授は他の生徒たちと同じ初心者用の杖をリリヤに手渡した。
「この杖でですか」
「王太子殿下の杖はその色の通り火魔術と相性が良い。魔力が通り過ぎて中庭が火の海になるかもしれないからな。この杖はそう魔力を貯められないから大惨事にはなるまい」
「……殿下は火魔術が得意だったのですか」
「ああ。私が知る中で一番だったよ」
教授は目を細めた。
リリヤは杖を握ると、ゆっくりと少しずつ魔力を注いだ。
(……よし、壊れない)
だいぶ力をコントロール出来るようになったようだ。
(そうしたら、魔力が熱くなって発火するイメージ……?)
魔力を溜めた杖を誰もいない方向へ向ける。
杖がろうそくみたいだとふと思った。
(ろうそくに火をつけるように……魔力を燃やす)
マッチを擦る姿をイメージしながら魔力をすばやく杖へ送る。
杖の先がぼうっと燃え上がった。
「わっ……」
激しい炎に思わず手を離す。
燃え上がった杖が宙に舞った。
(しまった)
まずいと思った瞬間、杖が大きな水の玉に包まれた。
「決して手を離さないよう言っておけば良かったの」
黒焦げの杖を包み込んだ水球を手に取り教授が言った。
「この杖から生み出せる規模の炎ならば、こうやってすぐに消すことができる。安心して練習するといい」
「……はい……ありがとうございます」
(うわあ、すごい!)
リリヤは教授が作り出した水球に見惚れた。
綺麗な球形になった水の塊を、あっという間に出すとは。
(魔術って、すごいなあ)
自分もあんな風にできるようになるだろうか。
期待と不安を抱きながら、リリヤは新しい杖を手に取った。
*****
家に帰ると、リリヤはマティアスと共に母親の部屋へ呼ばれた。
「二人に招待状が沢山届いているわ」
母親が示した机の上には、束になった封筒の塊があった。
「招待状?」
「そろそろ夏休みでしょう。その間に開かれる会への招待状ね。茶会や夜会、狩猟会。マティアスには遠乗りも届いているわ」
「……こんなに行くのですか」
封筒の山を見てリリヤは思わず尋ねた。
いくら夏休みは長いとはいえ、これは多すぎではないだろうか。
「全てではないわ。日にちが被っているものもあるし、この中からどこへ行くかを選ぶのも社交術なのだけれど……今年は難しいわね」
「難しい?」
「リリヤが王太子殿下の婚約者候補だということが知れ渡ってきたみたいで、今まで交流がなかった所からもお誘いがあるの」
母親はため息をついた。
「マティアスにもお見合い目当てのお誘いがいくつも来ているし……」
リリヤが王太子妃になれば、社交界で王妃に次ぐ立場となる。
そのリリヤは長く他国で暮らしていたため、まだこの国での人脈といったものはほとんどない。
だからより早くリリヤと接触し、親しくなろうという魂胆だ。
また、今後王家の外戚となるであろうアウッティ侯爵家との関係も良好とならなければならない。
特に嫡男マティアスはまだ婚約者がおらず、娘をと望む貴族が多いのだ。
(マティアスの婚約者かあ)
「……好きな子とかいるの?」
ふと気になって、リリヤはマティアスに尋ねた。
「いないよ」
「気になる子は? よく女の子に囲まれてるよね」
入学してすぐの頃は、リリヤはマティアスと行動を共にすることが多かった。
けれど最近は、リリヤは教室ではアマンダと、昼食も魔力持ちの何人かと共に取るようになってきたし、マティアスも友人たちと過ごすことが増えてきた。
マティアスは友人だけでなく、女生徒たちに囲まれる姿を見ることも多い。
(モテるんだよね)
見た目も良いし、家柄も魔術の成績も良いマティアスに、女子たちが集まってくるのは当然だろう。
「――ああいう、向こうから寄ってくるのは好きじゃない」
マティアスはため息をついた。
「控えめな子がタイプなんだ」
「……そういうんじゃないよ」
「でも積極的なのは嫌なんでしょう?」
「そうだけど。控えめ過ぎるのもあまり……」
「えー、何それ。マティアスって意外と好みがうるさいのね」
リリヤの言葉にマティアスは眉をひそめた。
「……別に僕の好みとか関係ないし……母上?」
マティアスはいぶかしげに母親を見た。
「――ごめんなさいね」
母親は涙がにじんだ目を指先で拭った。
「こうやって姉弟でちょっとした喧嘩をする姿を……見たかったとずっと思っていたから」
「お母様……」
「リリヤが帰ってこられて、本当に良かったわ」
もう一度涙を拭うと母親は微笑んだ。
「……私も、家族に会えて良かったです」
捨てられたのだと思っていた。
自分には家族などいないのだと。
けれど実際は、家族はずっとリリヤのことを想っていてくれた。
(そうだ、私……家族がいるんだなあ)
改めてリリヤはそう実感した。




