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異世界育ちの侯爵令嬢と呪いをかけられた完璧王子  作者: 冬野月子
第1章

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「果物を使ったものがお好みだったようなので、本日は多めに用意いたしました」

 色とりどりの果物が乗った小さなケーキが盛られた皿を並べながらヘンリクが言った。


「……ありがとうございます」

 そんなところまでしっかり見られていたとは。

 恥ずかしさでリリヤは頬が熱くなるのを感じた。


 リリヤは再び王宮に呼ばれた。

 呼んだのはラウリで、先日の金と白を基調とした煌びやかなティールームとは異なり、今日の部屋は薄水色の壁が落ち着いた雰囲気を作っている。


「果物が好きなのか」

 ラウリが尋ねた。

「……はい。向こうではあまり食べられなかったので、あるとつい手が出てしまうんです」

「食べられない?」

「果物は高かったので……。近隣の農家などから寄付して頂いた時は沢山食べられるんですけど、年に数回でしたし」


 十分食べられるけれど、少し傷がついていたりサイズが規格外などで販売には向かない果物を寄付してもらうことがあった。

 山盛りのぶどうやイチゴを前に、お祭りのように皆で大騒ぎしたのをよく覚えている。

 お菓子も贅沢だったから、今目の前に並んでいる焼き菓子やケーキを見せたらきっと皆驚くだろう。


「……君がいた所は、その……金銭的に困っていたのか」

 言葉を選びながらラウリは尋ねた。

「困っていたかまでは分かりませんが……支援していただいたお金なので。贅沢はできませんでした」


 詳しいことを聞いた訳ではないが、助成金や寄付金などで経営が成り立っていたと思う。

 育ち盛りの子供達だ、食費や衣料費だけでもかなりかかってしまう。

 だから嗜好品は制限されていたし、仕方ないものと子供ながら皆理解していた。

 たまの贅沢が、とても嬉しかったし楽しかったのだ。


「そうか。苦労していたのだな」

「苦労とは思っていません」

 リリヤは首を横に振った。

「家族のいなかった私が生きていられたのは、その施設のおかげでしたから」


 身寄りのない幼いリリヤを保護し、育ててくれた。

 そのためのお金や手間を思えば、多少の不自由さは仕方ないと思う。

「もちろん大変なこともありましたが、今はいい思い出です」

 リリヤは微笑んだ。


「――帰りたいか」

 リリヤの顔を見つめてラウリは尋ねた。

「帰りたい……というか、会いたいです」

「会いたい?」

「お別れが言えなかったので。それだけが心残りです」

 二度と会えないと分かっていれば、ちゃんとお別れできたのに。

 自分は家族の元に帰るから心配しなくていいよと、そう伝えたかった。

 鼻の奥がツンとするのを感じてリリヤは視線を落とした。


「君を無理やり召喚したことは詫びよう」

「それは大丈夫です。事情は聞いていますから」

 ラウリの言葉にリリヤは首を振った。


 元々、リリヤを召還できるとは思っていなかったという。

 呪いのような高等魔術には、複雑な術式を組み立て図に描く魔法陣を使う。

 王太子ラウリへの魅了未遂から、十五年前にアウッティ侯爵の娘リリヤも呪われたことが発覚し、ルスコ教授らがその呪いについて調査した。

 呪いに使われた魔法陣を解析し、その呪いを打ち消す魔法陣を組み立てたのだ。


 呪いがかけられたのは十五年前で、姿を消したリリヤがどうなったのか、生きているかも分からない。

 魔法陣を作動させたらどんな効果が起きるのか分からず、それでも試してみようということになった。

 王家とアウッティ侯爵家の了承を得て侯爵立ち合いの元、数人で魔力を注いだところ、強い光を放った魔法陣の上にリリヤが現れたのだ。


(誰も予想できなかったことだし……そもそも呪われなければ、異世界に飛ばされることはなかったんだよね)

 異世界へ行くこともなく、突然また戻ることもなく。

 普通にこの世界で一人の侯爵令嬢として過ごしていただろう。


 向こうの世界で生きてきたことはとても良かったし、皆と突然会えなくなったのはとても悲しいけれど。

 突然こちらの世界に戻されたのは王家が悪い訳ではないし、ラウリが謝る必要もない。


(……もしかして、この間の気にしてるのかな)

 ハナミズキによく似た花を見て泣いてしまったのを、ラウルに見られたことを。

 向こうの世界を恋しがっているのではと思われたのだろうか。


(実は優しい人なのかな)

 初めて会った時は、嫌味な人だと思ったけれど。

 それを自分でも認めていたし、リリヤのことを気にかけてくれているようだ。

(杖も貸してくれたし……あ、そうだ)


「あの、杖をありがとうございました」

 次に会ったら言おうと思っていたことを思い出してリリヤは口を開いた。

「おかげで訓練がはかどって、とても助かっています」

 ラウリの杖は軽くて持ちやすく、リリヤがいくら魔力を注いでも壊れることはない。

 安心して魔力をコントロールすることに集中できるおかげで、訓練は順調に進んでいた。


「そうか。あの杖は王宮にあるシロブナから作られたものだ」

「シロブナ?」

「特に保水力が高い木で、乾燥させて杖にすると水の代わりによく魔力を貯めるようになる」

「……なるほど……?」

「魔力量が多い者が杖にするには相性が良い木ということだ。君も来年杖を作る時に候補の一つとして考えてみるといい」

 分かったような分からないような顔のリリヤに、ラウリは小さく笑った。


「座学の方はどうだ」

「そちらも今のところ順調です。まだ基本的なことなので」

「ああ、実技も座学も夏休みまでは基礎を学ぶ。退屈な所もあるだろうが、休み明けからは本格的な内容になるから面白いだろう」

「夏休み明け……そうですか。楽しみです」

「何か気掛かりでもあるのか」

 僅かに顔をひきつらせたリリヤにラウリは尋ねた。


「いえ……夏休みは、社交があると聞きました」

 夜会や昼の茶会、狩猟など夏は貴族同士の交流が盛んになる。

 学生は社交界デビュー前だが、夏休み中に開かれる夜会には参加しても良いことになっている。

 入園を機に地方から出てくる学生も多く、人脈作りのためにも夏休みの社交は重要だ。

「そうだな」

「その、私……ダンスがとても苦手で……」

 視線を泳がせながらリリヤは言った。


「ダンス? 向こうの世界にはなかったのか」

「学校で習いましたけど、音楽も動きもぜんぜん違うのと……その、あまり運動は得意ではないので……」

 体育の授業はあまり好きではなかった。

 ダンスの授業では、音楽に乗るというのが苦手だった。

 さらに社交ダンスなどというものはこの世界に来るまでやったことも、生で見たこともない。

 貴族にとってダンスは必須だというので何度も練習しているが、優雅さにはほど遠く、今から憂鬱だった。


「ダンスが苦手というのは問題だな……ふむ」

 少し思案すると、ラウリは再びリリヤを見た。

「ならば私と練習をするか」

「え?」

「夏の終わりに王宮で開かれる夜会には君も参加しないとならないだろう? その時には私と踊ってもらうからな」

 驚いたリリヤに、ラウリは笑みを浮かべてそう言った。


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