義妹の妨害には、どうやら訳があったようです
義妹ものに挑戦しました!
やっぱりこれ、普通じゃないよなあ……。
ティーカップを傾けながら、私は目の前の光景を凝視する。
そこには、女の子を膝に乗せ、ケーキをその口に運んでいる青年の姿がある。この青年は、セオドア・ヒューリック伯爵令息——私の婚約者だ。そして、その膝の上にいるのは、彼の妹ミラベル——私の義妹だった。
私、イリヤははっきり言って世間知らずだ。でも、それには理由がある。なぜなら、私は精霊の血を引くヴァレスティノ一族の出身だからだ。
ヴァレスティノ一族は、れっきとした貴族ではあるものの、人里離れた霊山にこもって生活を送っている。霊山から出ず、一族の中で結婚して生涯を終えるのがその大半。それでも、稀に山から出て、普通の貴族と結婚し、人里で生活を始める者もいる。
そして、私はそのパターンだった。セオドアとの結婚が決まったのは、三年前のこと。そこから私は、普通の令嬢としての振る舞い、人間の文化というのを徹底的に叩き込まれた。
ということで、私は世間知らずなりに勉強してきたつもりだった。だからこそ、今の状態に動揺している。婚約者の妹が、顔合わせに同席。しかも、婚約者の膝の上で。こんなの教科書になかったんだが?
聞くところによると、ミラベルは二つ年下の十六歳らしい。でも、それにしては、かなり幼い見た目をしている。ピンク色の髪の毛は、耳元でツインテールに。頭にはふわもこのヘッドドレス。ドレスも、とことんピンクづくめで、フリルとレースにまみれている。なんだか歩くショートケーキみたいな格好だな。
「ミラベルは、口にクリームがついてるぞ。まったく、いつまでたっても赤ちゃんだな」
「えへへ、お兄様」
「ほら、拭いてやる」
そう言って、ミラベルの口元を拭うセオドア。うーん、なんだか、見てはいけないものを見ている感が凄い。
「仲の良いきょうだいでいらっしゃいますね」
とりあえず、当たり障りのないことを言う私。
「ミラベルは昔から僕になついていてね。かわいくて仕方ない、誰よりも大切な家族なんだ。そういうわけで、これからはミラベルをずっと同席させるから、よろしく」
これは……やっぱり普通じゃないよなあ……。そう思いながら、私はなんとかこの状況を説明するにふさわしい、納得できる理由を探そうとする。
「あ、ああー。セオドア様と結婚すれば、ミラベルちゃんは私にとっても妹。これから仲良くしなければですからね。私たちが打ち解ける機会を作ってくださり、感謝いたします」
我ながら、上手い理由を考え付いた。そう思っていたのに——
「うーん、半分正解かな」
セオドアは変な笑みを浮かべる。
「君にはミラベルを見習ってほしいんだ」
「は?」
予想もしなかった言葉が飛び出して、思わず声が漏れてしまう。
「ミラベルは僕の理想の存在。立ち振る舞い、声音、その全てを勉強して、イリヤも、ミラベルに……」
「何をおっしゃるの、お兄様!」
そう叫んだのは、私でなく、ミラベルの方だった。
「お兄様には私がいればいいでしょう! どうして、イリヤさんが必要なの!? こんな女、お兄様には必要ないわ!」
声を荒げるミラベル。
「はは、嫉妬かい? そんなところもかわいいなぁ」
セオドアはそんなミラベルの頭をぽんぽんする。
「ミラベル、絶対、認めないから! イリヤさんを我が家の一員になんてさせない! 今すぐ結婚をやめて、とっとと生まれ育った山に帰りなさいよ!」
物凄い形相で私をにらみつけてくるミラベルに、私はどうすることもできないで、とりあえず紅茶を口に含んだ。
*
それ以降、デートの度にセオドアはミラベルを連れて来た。
「今日は行きつけの店で、ミラベルに新しい服を選ぶんだ。楽しみだな、ミラベル。ミラベルに似合う服を、お兄様がいっぱい選んであげよう」
「わぁ! 大好き、お兄様!」
そう言って、セオドアの腕にしがみつくミラベル。当のセオドアも、当然のようにミラベルの手を引いて歩いて行く。私はその後ろを歩かされて、これ、いったい何の時間なんだろうか?
「イリヤ、君にもミラベルとお揃いの服を買ってやるからな」
「だめよ、お兄様。お兄様がドレスを買うのは、ミラベルだけになんだもん。っていうか、イリヤさんに、こんなドレス似合うわけないじゃん」
くすくす笑うミラベル。いや、こちらこそそんな服着たくないんだが? 私の心の声にも気付かないのか、目があうと、すかさずべーっと舌を出してくる。相変わらず幼稚すぎる行動に、苦笑するしかない。だけど、そんなミラベルに、かわいいなぁ、とデレデレするセオドアに、もはや笑みも引っ込んだ。
「あの、セオドア様。いつもミラベルちゃんと一緒ですが、ミラベルちゃんにも自分の予定があるのでは?」
「ミラベルはどうも引っ込み思案な性格でな。いつでも僕と一緒じゃなきゃいけないんだ」
「はい。ミラベルは、ずーっとお兄様と一緒です。イリヤさんはどっか行ってくださーい」
引っ込み思案な性格って、いったい何だっけ? 突っ込みたい気持ちをこらえ、私は笑顔を張り付けて二人の買い物に付き合う。
それからも、デートという名前の謎の時間をこなすこと幾度か。毎回毎回ミラベルに罵られ、セオドアとのいちゃつきを見せつけられ、私の中では、このガキ張り倒したろか? ああん? という気持ちが強まっていった。
一方のセオドアが、単なる妹思いの優しいお兄様かといえば、そんなことは全くない。この男、妹を超える化け物である。恐るべきシスコンである。付け加え、無礼で非常識の極みである。私はむしろ、ミラベルよりこの男にむかついている。
「見てくれ、これが幼い時のミラベルだ。かわいいだろう?」
セオドアが見せてくるロケットの中には、ミラベルの肖像画が入っている。
「この時のミラベルは最高だった。けがれなき、無垢な少女。ああ、至純な美しさとは、まさにこのことだ!」
ロケットに口付けるセオドア。もうドン引きするしかない。気持ち悪い、いや、それを通り越して怖すぎる。
なんでこいつをミラベルと取り合う構図になるんだろう。この腐れシスコンなんて、こちらから願い下げなのだが?
「お兄様!」
「ミラベル!」
いつものように、二人だけの愛の国に行っちゃってるお二人。はいはい、もう勝手に二人で幸せになってください。はっきり言って、私はまるっきり関わりたくありません。
あー、なんとか婚約破棄できないかなあ……。
*
その日、私の下宿先に、実家から手紙が届いていた。以前私が出した手紙への返事だった。
婚約者がシスコンで気持ち悪い。その妹も妹で喧嘩を売ってきて、家族として上手くやっていける見通しが立たない。もう婚約を破棄したい。私は手紙にそう書いていた。
返事は、そんな馬鹿な話があるかの一言。まあ、そうなるよなあ……。我ながら、馬鹿馬鹿しい状況とは理解している。
それに、セオドアと婚約破棄すれば、私の結婚相手はまるっきりいなくなってしまうのだ。
なぜ私が霊山から出されたのか。それは、私の魔力が強すぎたからだ。ヴァレスティノ一族の中でも、先祖返りと言われる、突出した魔力量。これ以上血を濃くしては、生まれてくる子供が危険になる。血を薄めるため、私は外部で伴侶を見つけなければいけなくなった。
ヴァレスティノ一族は、精霊様の一族として信仰を集めている。だけど、結婚相手としては、魔力を持つ危険な人間として忌避されるもの。私の結婚相手は、なかなか見つからなかった。そんな中、私との結婚を承諾してくれたのがセオドアだ。
あれ? あのシスコン、どうして私と結婚するのを了承したんだろう。私のことなんて邪魔でしかないだろうに。今さらになって不思議に思う。だが、その理由はすぐに明らかになった。
*
「精霊の血を引いている人間は、自分の姿を好きに変えられるのだろう?」
ある日、セオドアはそう言い放った。
「とりあえず、格好はミラベルに近づいた」
既に私は、セオドアに言われるまま、ミラベルとおそろいの服を着ることを強制されていた。
「次は、君自身の見た目を変えるんだ。髪の毛も瞳の色もピンクに。身長も、もっと低く。どこまでもミラベルに近づけてくれ」
どうやらセオドアは、私をミラベル二号にするつもりらしい。ここまで来て、私はなぜこいつが自分を婚約者にしたのか理解した。
こいつ、ミラベルが好きすぎて、本当はミラベルと結婚したいんだ。でも、きょうだいと結婚はできない。だから、結婚相手を、ミラベルそっくりになれる私にすることで……。え? 気持ち悪すぎないか? 吐き気を催す邪悪なんだが?
「姿を変えるのは可能ですが……。やったことのない変化は、その、かなり負担がかかって……」
言葉を濁す私。
「知らないのか? 妻は夫の言うことに従うものだ。君には僕以外結婚相手がいないんだろう? だったら、せいぜい頑張って僕の理想にかなうよう努力するんだな」
つらつらと語るセオドア。完全に足元を見られている。うすうす馬鹿にされているとは感じてたけど、こうまで隠す気もないとは……。
私の苛立ちは臨界点を突破した。その結果、私は全てを諦めることにした。なんか、もういいや。もう何もかもに、いちいちむかつくのにさえ疲れた。
「分かりました。ミラベルちゃんになれるよう、頑張ります」
思考停止させた私は、虚無的な笑みを顔いっぱいに浮かべてそう言った。
そこから、私はミラベルになるべく、全力を使うことになった。ピンクのツインテールで、甘々の服を着て、舌足らずみたいな喋り方をする。身長も徐々に小さくして……。
「ああ、素晴らしい。君なら、ミラベルを超えるミラベルになれる!」
自分はいったい何をやってるんだろう。もう訳が分からない。だから、心を凍り付かせ、何も考えないようにする。こんな狂った場所で、それでも私は生きていかなくちゃいけない。それなら、私も多少狂うべきなのかもな、なんて。
*
ヒューリック家の昼食会に呼ばれ、食事を終えた後のこと。セオドアが席を外したタイミングで、私はミラベルにバルコニーに呼び出された。
最近のミラベルの私への妨害は、激しさを増していた。セオドアの目の届かないところで二人きりになり、物凄い形相で文句をまくしたててくる。ほんと、この子もよくやるよ、まったく。
だけど私は、精神的にも、魔力操作の関係でも疲れ果てている。だから、ミラベルに何を言われようと、何も感じることができない。それどころか、頭が回らな過ぎて、彼女が何を言っているのか分からないまでになっている。
「どうしてそんなになっちゃうわけ? ぜんっぜん似合ってない! 元のイリヤさんに戻って!」
ミラベルはもはや悲鳴みたいな声で喚く。うう、頭が痛い……。
「意地の悪い義妹、そんな義妹を溺愛する馬鹿な兄。もう最悪でしょ? 最初から分かりきってたでしょ? だったら、さっさと婚約破棄してよ……。お願いだから、この家から……お兄様から離れて……」
そう言って私を見つめるミラベルの瞳には、え、どうして……? この子、どうして泣いてるんだ?
その時、ぐわんと視界が歪んだ。世界がぐるぐる回って、身体がふっと軽くなる。気付いた時には、ミラベルの姿がどんどん小さくなっていて——あ、私、バルコニーから落ちたのか。
次の瞬間、私は勢い良く中庭の池に落っこちた。不幸中の幸いのはずなのに、悲しいかな、もがく体力がない。そのまま深く深く沈んでいく。
ああ、死ぬんだ。でも、もういっか。このまま生きていても、ろくでもない人生しか待ってない——
その時、ざばんっ、と何かが水中に飛び込んだ。池の底にいる私に近づいてくるのは、ミラベル……? 泳いでくるミラベルは、私を抱きかかえると、足を懸命に動かして水面へと向かった。
「イリヤさん、しっかりしてください!」
地面に私を横たえるや、ミラベルは水をはかせてくれる。
「良かった……」
本当にミラベルなんだろうか。いつもの甘ったれた表情が、今はまるでない。凛とした強い瞳が私を見つめている。
「ごめんなさい。本当に、ごめんなさい。もう限界なんですよね。こんなに傷付けられて、追い詰められて……。それなのに、私、何もできなくて……」
ミラベルはぽろぽろ大粒の涙をこぼす。やっぱり、泣いてくれてるんだ。でも、どうしてこの子が私のために泣くんだろう。この子は私のことが嫌いで、だからずっと兄との結婚を妨害していたはずなのに。
「これ、少ないですが、お金です。これを使って、今すぐ逃げてください」
ミラベルは懐から革袋を取り出した。私は状況を理解できず、ただただぽかんとする。
「お願い、早く逃げて。もう間に合わない。このままじゃ、イリヤさんはお兄様に……」
分からない。この子は、いったい私をどうしたいんだろう。
その時——
「ミラベル、何をしてるんだ?」
「お、お兄様……」
「見ていたぞ。か弱くて可憐なミラベルが、池の中に飛び込むなんてだめじゃないか」
近づいてくるセオドアに、ミラベルはさっと私の前に立ちはだかる。
「イリヤさんに近づかないで……! お兄様には私がいる。だから、これ以上イリヤさんに……」
「いや、君はミラベル失格だ。だから、イリヤが必要なんだ。分かるだろ?」
得体の知れない表情を浮かべるセオドア。やばい。今まで感じたことのないやばさを、ひしひしと感じる。今すぐ立ち上がらなくては。そう思うのに、私は横たわったまま気を失ってしまった。
*
「ああ、目を覚ましたか」
ベッドの上に横たわる私を、セオドアが覗き込んでくる。
「ミラベルちゃんはどこです!?」
私はばっと上半身を起こす。思い出した。私たちは池でこいつと出会って……。
「え? 君がミラベルじゃないか」
真顔で告げてくるセオドアに、背筋がぞっとする。この男はただのシスコンじゃない。もっとおぞましい何かだ。
「私の妹に会わせてください」
「しょうがないな」
セオドアがベッドを囲むカーテンを開けると、部屋の真ん中に人が倒れているのが目に入った。
「ミラベルちゃん!」
駆け寄ってその身体を起こす。
「イ、イリヤさん……。ごめ、んなさい。間に合わなかった」
涙ぐむミラベルの頬には、張られた赤い跡がついていた。
「昔はちゃんと言われた通り行動する、理想のミラベルだったのに。まったく、ひどい。僕を失望させた罰は、しっかり受けてもらう」
びくりと身体を震わせるミラベルに、私は全てを理解した。ミラベルは、ずっとセオドアのお人形にされていたのだ。格好も、振る舞いも、全部こいつの望み通りを強制され……。
「まあ、いつかこうなるとは分かってたよ。人はいつまでも無垢な少女ではいられない。どんどん成長して、大人の女になってしまうんだ。ああ、早めにイリヤを手に入れておいて助かった。イリヤ、君は完璧だ。精霊の血を引く君なら、年月が経っても、姿はずっと幼いまま。ああ、真実の永遠の少女、永遠のミラベル! 君はこの失敗作より、よっぽど素晴らしいミラベルに……」
「……ふざけるな」
感じたのは恐怖じゃない。どこまでも煮えたぎる怒りだった。人の人生を、心を、何だと思っている。人間に対するこれほどの侮蔑を、私は知らなかった。
怒りで魔力が増幅するのが分かる。私は一瞬のうちに、セオドアに強制された姿から、元の姿——セオドアの婚約者になる前の、本当の姿にまで戻っていた。
「「ああっ!」」
セオドア、そしてミラベルまであっけにとられている。それもそうだ。目の前で、いきなり私が男になったんだから。
「精霊族は、姿を自由に変えられる。だから、性別だって、私たちにとっては、気分程度で変えられるものだ。私の場合、お前と結婚するために、三年前から女として生きるよう、女の姿を強いられた。だけど、それより前は、ずっとこっちでやってたから、むしろこっちが本当の姿なんだよ」
貞淑な女性になるよう、三年間みっちり訓練を受けたが、どうやら私には無理らしい。
「う、うあああああああっ! 僕の、僕のミラベルが、男にいいいい!」
恐怖の表情に顔を歪め、絶叫するセオドア。
「何が僕のミラベルだ。私たちはお前の望みをかなえるための道具じゃない!」
私はセオドアの顔面をぶん殴った。吹っ飛んだセオドアは本棚に激突し、ドサドサっとその頭に本が降り注ぐ。私は攻撃の手を緩めず、すかさず倒れたセオドアの首根っこをひっつかむ。
「私たちの人生から出ていけ、このドぐされロリコン野郎!」
私はセオドアを思い切り窓の外に投げ飛ばす。すかさず、ばちゃん、とセオドアを池に落ちる音がした。
なんとか水から出たセオドアは、
「ミラベルが男に。ミラベルが男に……」
と、地面にうずくまったまま呟いている。
うーん、変なところでトラウマを与えてしまったらしい。でも、人間の屑にダメージを与えられたなら、むしろ良かったかな?
「……お兄様は、昔からおかしかったんです。幼い時の私に執着して、ずっとそのままでいさせようと……」
ミラベルがゆっくり口を開く。
「お父様もお母様も、お兄様が怖くて、何もできませんでした。だから、私が我慢して、なんとか収めて……。でも、ついには他の人にまで危害が及ぼうと……。だから、絶対に助けたかった。でも、何もできなくて。怖い思いをさせて、本当にごめんなさい」
なぜミラベルが私の妨害をしてきたのか。全ては私を守るためだったのだ。
私を婚約者にした時点で、ミラベルにはセオドアの企みが分かったんだろう。だから、兄の監視の中、嫌な義妹を演じることにしたのだ。そうすれば私がしびれを切らし、婚約を破棄すると思って。分かりやすく兄に甘え、ベタベタすることは、自分だけに兄の歪んだ欲望を向けさせる狙いもあったはずだ。
なんて子だろう。自分も苦しめられていながら、私を救うため、こんなにしてくれた。それなのに、私は……。
「ごめんなさい。本当にひどいことをしました。あなたはずっと私を守ってくれていたのに」
「いいえ、いいんです。お兄様のことは、両親、そして私が何とかします。イリヤさんはもう自由になってください」
凛々しく微笑むミラベル。
「この家を出ませんか? 私と一緒に」
私はその瞳をまっすぐ見つめる。
「私はこれから国王陛下のところに伺って、召し抱えてもらおうと思います。ヴァレスティノの名前と、この力を引き合いに出せば、爵位の一つは得られるでしょう」
思えば、最初からそうすれば良かった。結婚してどこぞの家庭に入れてもらわずとも、自分で一から家を作れば。
「あなたに苦労はかけないと約束します。どうか、私と一緒に生きてほしい。こんなに強く気高く、そして優しい人を、私は他に知りません。心の底から尊敬します。私はそんなあなたと生涯を共にしたい」
生まれて初めて、私は人を好きになるという気持ちが分かった。
「改めて、家族になりませんか? きょうだいではなく、夫婦として」
ミラベルのまん丸の瞳から、つうっと涙が流れ落ちる。
「私で良ければ」
ミラベルはそう言って微笑んだ。今までで一番かわいい笑顔だった。
*
その後、私は無事に国王に召し抱えられ、顧問魔術師になった。子爵位ももらい、王都のそれなりの屋敷で楽しい生活を送っている。
ちなみに、セオドアの方は、私がミラベルと共に去ってから、ミラベルロスによってぶっ壊れた。どうやら、ミラベルがいないと、何も手につかないらしい。まったく情けない限りである。
かくしてセオドアは、新たなミラベルを探すべく、社交界に繰り出した。少女たちに、「僕のミラベルにならないか」と声を掛けること数十回。その後、謎の幻覚により、「うあああ! ミラベルが男に!」と叫びだすこと数十回。結果、憲兵団のお世話になること数十回。完全にやばい奴である。いや、そういえば、こいつは昔からやばかったな。
この状況に、さすがの両親も決断した。一月もたたないうちに、遠く離島にある病院に、セオドアは入院させられることになった。めでたしめでたしである。
「イリヤさん、お茶が入りましたよ」
そんなことを考えていると、意地悪な義妹改め、かわいい妻ミラベルがやって来る。
「何を考えていたんですか?」
自分もテーブルの向かいに腰を下ろし、ミラベルは微笑む。
「ふふ、ミラベルと出会った時のことですよ」
はっきり言って、普通じゃない出会いだった。そこからさらに、普通じゃない展開を重ね、私たちは夫婦になったのだ。そしてたどり着いた今、やっぱり普通じゃないな、と思う。普通じゃないくらい、私の妻はかわいくて、私は幸せなのだ。
最後までお付き合いくださりありがとうございます。ご意見、アドバイスなどいただけると嬉しいです!