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第一章 春 — 出会い

 ヴェネツィアの夜は、星々の輝きが運河の水面に映り込み、まるで天と地が溶け合うような幻想的な光景を作り出していた。水の都の片隅、サン・マルコ広場から程近いリヴァ・デッリ・スキアヴォーニの岸辺に面して「オスペダーレ・デッラ・ピエタ」と呼ばれる威厳ある建物が佇んでいた。1703年、この孤児院は単なる捨て子や孤児たちの避難所から、「音楽の殿堂」へと変貌を遂げつつあった。


 白い大理石の正面玄関には「HOSPITALE DELLA PIETA」と刻まれ、その内部には幾重にも続く回廊と、礼拝堂、寝室、そして音楽練習室が広がっていた。高い天井からは、精巧な装飾が施されたシャンデリアが吊るされ、ステンドグラスを通した柔らかな光が大理石の床に虹色の模様を描いていた。


 この場所を変えたのは、赤銅色の髪と情熱的な眼差しを持つ若き司祭アントニオ・ヴィヴァルディだった。「赤毛の司祭」の愛称で親しまれる彼は、1703年から孤児院の楽長として少年たちに音楽を教え始めたのだ。彼の指導のもと、ピエタの少年たちは清らかな歌声と比類なき演奏技術で、わずか数年のうちに全ヨーロッパに名を馳せるようになっていた。


 ピエタを音楽の殿堂として輝かせていたのは、選ばれた少年たちだった。彼らの多くは捨て子だったり、ヴェネツィア共和国の貴族や裕福な商人たちの不義の子、あるいは経済的理由で育てられない子供たちだった。「運命の車輪」と呼ばれる回転扉を通して匿名で子供を預け入れるシステムにより、多くの少年たちがこの場所に集められていた。彼らに与えられたのは、厳格なカトリック教育と、それぞれの才能に応じた技芸の習得だった。中でも音楽は、ピエタの少年たちのアイデンティティそのものとなっていた。


---


「新しい子が来たぞ」


 レオナルドは弦楽器の練習室の扉から身を乗り出しながら、親友のベネデットに囁いた。彼の指先は無意識に白いシャツの袖口を摘み、小刻みに揉んでいた。十七歳のレオナルドは、「フィーリ・デル・コロ(合唱団の息子たち)」と呼ばれるピエタの音楽エリートの一人で、最も優れたヴァイオリニストだった。


 金褐色の巻き毛は当時の孤児院の規則通り、清潔に整えられていたが、耳の横からはいくつかの巻き毛が意志を持つかのように飛び出し、彼の活発な性格を表していた。青い瞳は常に好奇心に満ち、その指先から紡ぎ出される音色は、聴く者の心を震わせるほど純粋だった。


「どんな子だ?」


 ベネデットは譜面から顔を上げ、羽ペンをインク壺に戻した。彼は深い褐色の瞳と栗色の髪を持ち、その歌声は孤児院でも一、二を争う美しさだった。白い無地のリネンのシャツに黒のブリーチェス(膝下丈のズボン)という質素ながらも上質な仕立ての服装をしていた。首元には聖ベネディクトのメダイヨンを下げていた。これはピエタのすべての少年たちの「制服」であり、質素ながらも上質な生地で作られていた。


「わからない……でも、とても美しい子だよ」


 レオナルドは口元を手で覆うようにして言った。彼の瞳には言葉にできない何かが宿っていた。ここでの生活では、あまりに軽率な好奇心は「徳の欠如」として叱責される対象だったが、彼の胸の内に湧き上がる感情を止めることはできなかった。


 その新しい少年の名はサビーノといった。十五歳で、両親を腺ペストで失い、わずか一週間前にピエタに引き取られたばかりだった。まだ「フィーリ・デッラ・ピエタ(ピエタの息子たち)」と呼ばれる一般の孤児の一人で、音楽クラスへの参加が許可されるまでには、品行方正と才能の両方を証明する必要があった。


 サビーノは物静かで、常に何かを考えているように下唇を軽く噛み、眉間にかすかなしわを寄せる癖があった。彼の所持品は、小さな木製の十字架と、父親から受け継いだという象牙の櫛のみだった。茶色の質素なウール地のブリーチェスと白いシャツは、まだピエタからの支給品ではなく、彼が連れてこられた時に着ていたもので、少し色褪せ、袖口には細かな刺繍がほどけかけていた。


 黒檀のように深い黒髪は、入院時の規則により短く切られ、シンプルに整えられていた。しかし、その翡翠のような緑の瞳は、どんな質素な装いをしていても、彼の繊細な顔立ちを引き立て、見る者を惹きつけずにはいられなかった。ヴェネツィアでは珍しい瞳の色が、彼の出自に何らかの秘密があることを示唆していた。


---


 レオナルドは、初めてサビーノと話すために勇気を出した朝のことを、後になって何度も思い返すことになる。1704年3月25日、聖母マリアへのお告げの祝日の朝だった。ヴェネツィア特有の湿った海風が窓から入り込み、ろうそくの炎がゆらめいていた。


 礼拝堂の少年聖歌隊席で、一人練習していたサビーノに、レオナルドは静かに近づいた。この朝は通常のミサの時間ではなく、礼拝堂は静寂に包まれていた。朝の祈りを終えた少年たちはすでに食堂へと向かい、二人だけが残されたような孤独感が空間を満たしていた。


 レオナルドは軽く咳払いをし、サビーノの注意を引いた。


「おはよう、私はレオナルド・コンタリーニ。君がサビーノ・ヴァレッシだね」


 彼はそう言った。ピエタでは、孤児たちには「ピエタの息子」という意味の姓が与えられるか、あるいは彼らを孤児院に連れてきた人物の名前や、発見された場所に因んだ姓が付けられることが多かった。


 サビーノは驚いたように顔を上げ、一瞬だけ警戒するように身を固くした。その緑の瞳が朝日に照らされて輝き、長い睫毛の影が頬に落ちた。彼は慌てて立ち上がり、正式な挨拶として軽く頭を下げた。ピエタでは、年長者や指導者への敬意を表すこの作法が厳格に教えられていた。


「はい、そうです」


 彼の声は、まるで遠い国からの風のように優しく響いた。彼は言葉を発する前に、常に右手で胸元の十字架に触れる癖があった。


「評判のレオナルドさんにお会いできて光栄です」


 レオナルドは彼の丁寧さに微笑み、優しく手を振って形式ばった態度を解くよう促した。


「そんなに堅苦しく話さなくていいよ。私たちは同じピエタの仲間なんだから」


 彼は言い、サビーノの隣の祈祷台に腰をおろした。


「ここでの生活には慣れた?」


 サビーノは小さく肩をすくめ、祈祷書の縁を指でなぞりながら答えた。


「少しずつ……でも、音楽が溢れているこの場所は、天国のようです」


 彼の瞳が輝き、頬がわずかに紅潮した。


「昨夜の晩課で皆さんの歌声を聴いて、息を呑みました」


 レオナルドはその言葉に心を打たれた。多くの孤児たちが最初は悲しみに暮れていたが、サビーノの目には既に光があった。それは失われたものを嘆くのではなく、新しく見つけたものを喜ぶ眼差しだった。


「それは嬉しいよ。私たちの音楽はピエタの誇りだからね」


 彼は言い、礼拝堂の天井に描かれたティエポロの壮麗なフレスコ画—「信仰の勝利」を見上げた。朝日が壁面の小さな窓から差し込み、フレスコ画の天使たちが生きているかのように見えた。


「君は楽器を演奏するのかい?」


 彼は視線を戻し、好奇心に満ちた表情でサビーノに尋ねた。


「少し……」


 サビーノは答え、恥ずかしそうに目を伏せた。その優雅な指先でシャツの折り目を整えながら、彼は続けた。


「父がヴィオラを教えてくれていました」


 サビーノは遠い記憶を辿るように言い、言葉の最後は小さく震えた。その震えの中に、まだ癒えない喪失の痛みが込められていた。


「それなら、僕が手伝えるよ」


 レオナルドは声を明るくして言った。彼は自分のベストのポケットに入れていた小さな銀のペンナイフを取り、無意識にそれを指の間で回しながら話を続けた。


「ヴァイオリンは違うけれど、似ているから。それに、ヴィヴァルディ先生もきっと喜ぶよ」


 彼はサビーノに向かって温かな笑顔を向けた。その笑顔には少年特有の無邪気さと、同時に音楽家としての誇りが感じられた。


 サビーノの緑の瞳に光が灯った。それは長い眠りから覚めたような、あるいは冬を越えて最初の春の日差しを感じたような輝きだった。


「本当ですか? 教えていただけますか?」


 彼の声には抑えきれない期待が込められていた。その声は少し高くなり、普段の物静かな様子からは想像できないほど生き生きとしていた。


「もちろん」


 レオナルドは立ち上がり、サビーノに手を差し伸べた。


「今から音楽室に行こう。朝食の前にちょっとだけ練習できる」


 サビーノはためらいなくその手を取った。レオナルドの温かい手のひらに触れた瞬間、彼は不思議な安心感に包まれた。それは両親を失って以来、初めて感じる感覚だった。


 二人は礼拝堂を後にし、石畳の廊下を通って音楽練習室へ向かった。朝日が廊下の窓から差し込み、二人の少年の影を長く伸ばしていた。春の陽光が礼拝堂のステンドグラスを通して、二人の間に虹色の光の道を描いた。その光は、サビーノの頬の産毛を金色に輝かせ、レオナルドの白いシャツに七色の模様を投げかけていた。それは、これから始まる二人の関係の美しさを予言するかのようだった。


---


 その日から、レオナルドとサビーノは毎朝、他の少年たちが起きる前に密かに会うようになった。ピエタの屋上にある小さなテラスで、レオナルドはサビーノにヴィオラの技術を教え、サビーノはレオナルドに父から教わった特別な弓使いを教えた。


 4月のある朝、テラスでの練習が終わった後、二人は朝霧に包まれたヴェネツィアの景色を眺めていた。サン・マルコ広場の鐘楼が霧の中から顔を出し、遠くには漁船の影が見えた。


「君の弓使いは本当に素晴らしい」


 レオナルドは感嘆の声を上げた。


「どこで学んだんだい?」


 サビーノは少し遠い目をして答えた。


「父は音楽家ではなかったんです。でも音楽を愛していました。特にヴィオラを。彼は商人として各地を旅し、いろいろな国の演奏技法を学んできたんです」


 彼は木製の十字架を握りしめながら続けた。


「この弓使いは、父がモデナで老音楽家から教わったものです。『アルコ・イン・スー』と呼ばれる技法で、普通と逆の弓の動きで音を出します」


「面白いな」


 レオナルドは自分のヴァイオリンを取り、その技法を試してみた。


「確かに音色が違う。もっと……空気のような、繊細な響きがある」


 サビーノは微笑んだ。それは彼がピエタに来て以来、初めての心からの笑顔だった。


「父はいつも言っていました。『音楽は言葉よりも雄弁に語る』と」


 レオナルドはその言葉に深く頷いた。彼は幼い頃から音楽の中で育ち、言葉にできない感情を音に託すことを知っていた。孤児院の厳格な規律の中で、音楽は彼にとって唯一の自由な表現の場だった。


「君の父親は賢明な人だったんだね」


 レオナルドは静かに言った。サビーノの緑の瞳に浮かぶ影を見て、彼は慎重に言葉を選んだ。


「僕は両親の顔を知らない。でも、音楽を通じて多くの『父』や『母』に出会ったよ。ヴィヴァルディ先生や、前の音楽教師のマエストロ・ガスパリーニ……彼らは僕に音楽だけでなく、生きることも教えてくれた」


 彼は少し恥ずかしそうに髪を掻き上げた。


「だから、君が父親から教わった技術は特別なんだ。それは単なる演奏法じゃない。君の父親の愛そのものなんだよ」


 サビーノの目に涙が浮かんだ。彼は言葉に詰まり、ただ静かに頷いた。二人は言葉を交わさず、朝日が霧を抜けて輝き始めるのを見つめていた。


 時間が経つにつれ、サビーノの演奏技術は驚くほど上達した。彼の才能は誰の目にも明らかで、すぐに一般の「フィーリ・デッラ・ピエタ」から選ばれて「フィーリ・デル・コロ」の仲間入りを果たした。


 5月のある日、ヴィヴァルディはサビーノの演奏を初めて聴いた。その日、音楽室では春の音楽祭の準備が進められていた。レオナルドはサビーノを連れて来て、彼の演奏を披露させた。


 サビーノは緊張で顔が蒼白になっていたが、レオナルドの励ましの微笑みに勇気づけられ、ヴィオラを手に取った。彼が弾き始めたのは、当時流行していたコレッリの「ラ・フォリア」の変奏曲だった。


 最初の音が室内に響いた瞬間、そこにいた全員が息を呑んだ。サビーノの指先から生まれる音色は、技術的な正確さを超えた何かを持っていた。それは深い悲しみと、同時に強い生への憧れを表現するような音色だった。彼が弓を動かすたびに、響きは空気中を泳ぎ、聴く者の心の深くまで届いた。


 演奏が終わると、ヴィヴァルディは珍しく長い間黙っていた。彼の赤い髪の下から覗く眼には涙が光っていた。


「君の音色は……魂そのものだ」


 ヴィヴァルディはついに口を開いた。


「技術はまだ荒削りだが、その感性は生まれつきのものだ。明日から私のクラスに来なさい」


 サビーノの緑の瞳が喜びで輝いた。彼はレオナルドを見つめ、言葉にならない感謝の思いを伝えた。レオナルドは彼の肩を軽く叩き、誇らしげに微笑んだ。


 その夜、寝室に戻る前、二人は中庭の片隅で静かに話していた。春の夜風が柔らかく彼らの頬を撫で、遠くからはゴンドリエーレの歌が聞こえてきた。


「ヴィヴァルディ先生に認められたんだ!」


 レオナルドは抑えきれない興奮で言った。


「これで君も正式に『フィーリ・デル・コロ』だよ」


 サビーノは照れくさそうに微笑んだ。月明かりが彼の顔を照らし、その繊細な輪郭を銀色に縁取っていた。


「あなたのおかげです。レオナルド」


 彼は真剣な表情でレオナルドを見つめた。


「ピエタに来て、あなたに出会えたことが、私の人生で最も幸運なことでした」


 レオナルドは言葉に詰まり、ただサビーノの肩に手を置いた。彼の胸の内には言いようのない感情が湧き上がっていた。それは友情を超えた何か、しかし当時の彼にはまだ名前をつけることのできない感情だった。


「いつか二人で大きな舞台に立とう」


 レオナルドはついに言った。


「ヴェネツィア中の人々に、僕たちの音楽を聴かせるんだ」


「約束します」


 サビーノは真剣な面持ちで答えた。


「どんなことがあっても」


 その言葉を交わした時、二人の少年は自分たちがこれから歩む道の険しさも、また輝かしさも知る由もなかった。彼らはただ、この瞬間に感じた絆と喜びに満たされていた。春の風が運河から吹き込み、二人の周りに花の香りを運んできた。それは新しい始まりの香りだった。


---


 春から初夏にかけて、レオナルドとサビーノの友情は急速に深まった。二人は音楽の稽古だけでなく、許可された外出時間にはサン・マルコ広場を散策したり、時には船着き場で漁師たちの歌に耳を傾けたりした。


 6月初旬のある午後、二人はピエタの近くにある小さな書店を訪れていた。その書店は古い建物の一階にあり、主にラテン語やイタリア語の古典作品を扱っていた。店主のジャコモは白髪の老人で、ピエタの少年たちに特別な好意を持っていた。


「おや、レオナルド」


 ジャコモは眼鏡越しに微笑んだ。


「今日は友達を連れてきたのかい?」


「はい、ジャコモさん。こちらはサビーノです。最近ピエタに来た新しい友達です」


 レオナルドは誇らしげにサビーノを紹介した。


「彼はヴィオラを弾くんです。とても素晴らしい演奏なんですよ」


 サビーノは恥ずかしそうに頭を下げた。ジャコモは彼を興味深そうに観察し、その緑の瞳に見覚えでもあるかのように眉をひそめた。


「サビーノ……珍しい名前だな。君の家族はヴェネツィア出身かい?」


「いいえ」


 サビーノは静かに答えた。


「父はフェラーラの出身でした。母は……」


 彼は一瞬躊躇い、「外国人だったと思います」と付け加えた。


 ジャコモは何かを思い出したように目を細めたが、それ以上は何も言わなかった。代わりに彼は古い棚から一冊の本を取り出した。


「これは特別なものだ」


 彼は二人に見せた。


「『音楽の数学的基礎』。ピタゴラスから現代までの音楽理論が書かれている。君たちのような若い音楽家には役立つだろう」


 レオナルドとサビーノは興味を持って本を開いた。サビーノは特に熱心にページをめくり、美しい手書きの楽譜と図表に見入っていた。


「素晴らしい……」


 彼はつぶやいた。


「父が話していたのはこれだ。和音の神秘的な関係について」


 レオナルドも彼の横に寄り、二人で頭を寄せ合って本を読み始めた。彼らの金褐色と漆黒の髪が混じり合い、その姿はまるで一つの絵画のような調和を成していた。


 ジャコモは二人を見つめながら、静かに微笑んだ。


「特別な友情だ」


 彼はつぶやいた。


「音楽が結びつける魂は、最も強い絆を持つ」


 二人はその言葉の意味を深く考えることなく、ただ熱心に本の内容に没頭していた。しかし、この瞬間、二人の間に育まれつつある絆は、単なる少年の友情を超えた何かだった。それは二つの魂が互いを認め、響き合うような特別な関係だった。


 春の終わりに近づくある夕暮れ、ピエタの屋上テラスでレオナルドとサビーノは黙って並んで座り、沈みゆく太陽がアドリア海に溶けていく様子を眺めていた。空は紫と赤のグラデーションで染まり、ラグーナの水面に金色の道を描いていた。


「サビーノ」


 レオナルドは静かに呼びかけた。


「君と出会えて本当に幸せだよ」


 サビーノは微笑み、レオナルドの方を向いた。風が彼の黒髪を揺らし、その緑の瞳は夕陽に照らされて神秘的に輝いていた。


「私も」


 彼はシンプルに答えた。


「あなたは私に新しい世界を見せてくれた。音楽の、そして友情の」


 サビーノは言葉を選ぶように少し間を置き、続けた。


「両親を失った時、二度と心から笑えないと思っていた。でも、あなたのおかげで、また笑顔になれました」


 レオナルドは強い衝動に駆られて、サビーノの手を取った。彼の手は意外に温かく、少し硬くなった指先にはヴィオラを弾く跡が残っていた。


「僕たちはいつも友達だよ」


 彼は真剣な表情で言った。


「どんなことがあっても、ずっと」


 サビーノの目に涙が光った。彼はゆっくりとレオナルドの手を握り返した。二人の指が絡み合うとき、それはヴァイオリンとヴィオラの音が溶け合うときのような完璧な調和だった。


「ずっと」


 彼は囁いた。


 太陽が完全に水平線の向こうに沈み、最初の星々が姿を現し始めた。二人の少年はそのまま手を繋いだまま、夜のヴェネツィアが目の前に広がるのを見つめていた。彼らの周りを取り巻く世界は変わりゆくものだったが、この瞬間に交わした約束は、永遠に変わることのないものだった。


 そして季節は春から夏へと移り変わっていった。


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