7.魔法使いだけど怖くない
黒いクッションがギャアアアア、と叫んだ。
『ふざけるな! ワシは、ワシは、この世界の支配者になるのだぞ!』
「なれない。お前はただの犯罪者だ。これからは元の世界の番人のもとで、界移動の罪をつぐなうんだな」
『むぐー! むぐぐぐー!』
光が口もおおっているからクッションはもうしゃべれないみたい。へんな声だけを出すけど、それが「ごめんなさい、反省してます」じゃないだろうなっていうのは表情を見ただけで玲奈も分かった。
赤いドラゴンがパタパタ飛んでヒスイの頭の上に乗るけど、光に包まれたクッションは浮いたまま。
「ショニイ トカモ タ エレバ!」
ヒスイの呪文が終わると、クッションは光に包まれたまま森の方へ飛んで行った。
まるで映画のワンシーンみたいなことが目の前で起きて、玲奈はとっても興奮する。
「すごいすごい!」
思わず手を叩くとヒスイはびくっと肩をふるわせた。でも、何も言わず歩きだしたので、玲奈は声をかける。
「ねえ、今の何だったの? ホウキくん……あっと、ヒスイくん?」
そこでようやくヒスイが玲奈を見た。信じられない、って顔をしてる。
「……オレが見えてるのか?」
「見えてるに決まってるじゃん。ねえ、頭の上にいるのって本物のドラゴン? ヒスイくんのペットなの?」
「ドドドド、ドラゴンなんているわけないだろ?」
「キュー……」
「あーあ。いないなんて言うから、ドラゴンが悲しそう」
「わ、ごめん、これは、その、ちがうんだ!」
あわてて頭の上のドラゴンをなでたあと、ヒスイはおそるおそる玲奈を見つめる。
「……なあ、お前。本当にオレが見えてるんだな。キューイも」
「見えてるよー。そっか、キューイっていうんだね。私は玲奈だよ。よろしくね!」
「キュ!」
手を出すと、キューイは前足で玲奈の人さし指をにぎって上下にふった。
「握手かな? ありがとう!」
「キュキュー!」
「……お前、キューイやオレが怖くないのか?」
「なんで怖いの?」
「だって、ドラゴンや魔法使いなんて普通はいないものだろ? それが本当にいるってなったら……怖くないか?」
玲奈は思い出した。「昔のヨーロッパでは魔女狩りがあった」ってテレビで見たことがある。ヒスイが気にしているのはきっとその話だ。
「私はぜんぜん怖くないよ。だってヒスイくんたちが夜に空を飛んでるのをみつけたとき、ワクワクしたもん」
マジかよ、とヒスイはボソっと言った。
「やっぱりあれも見えてたのか。このホウキを持ってたら普通の人からは見えなくなるはずなのに、どういうことだ?」
「分かんない。でも、最初は見えてたのにすぐ見えなくなったよ」
「念のために『見えなくなる魔法』をもう一回かけたんだよ。……まあ、意味なんてなかったみたいだけどな」
「え、意味はあったよ。だって私、ヒスイくんたちがずっと見えてたら、後を追いかけて走ってったと思うもん。そんで迷子になって、帰れなくなって、お父さんとお母さんに『夜中に勝手にどこかへ行ったらダメ!』って叱られてたんじゃないかな。だから魔法をかけてくれて、よかったよー」
ヒスイは目をパチパチさせたかと思うと、次の瞬間にはプッと吹き出した。
「お前って変な奴だな!」
ヒスイはきつい顔立ちだから、人をよせつけない雰囲気がある。でも、笑うとちょっとカワイイんだな、って玲奈は思った。