6.魔法使いと、魔法使い
甘くてやさしい花の香りは、なんだか玲奈を助けてくれるような気がした。
(花なんてどこに……あ、きっと、この先だ!)
花の香りがする方向へ行くために、玲奈は今度こそ角を右へ曲がる。だけど道は森に通じてなかった。
奥は行き止まりになっていて、オシャレな模様が入った白い柵と、開いた木のとびらがある。
だれかの家なのかもしれない。
玲奈は、どうしよう、って思った。
ここを進んだらあの家に入ってしまう。追ってくる黒いクッションみたいな魔法使いは、あそこの家の人に牙でかみつくかもしれない。
(それはダメ! 森へ行ける別の道をさがそう!)
来た道を戻ることになるけれど、クッションの横をうまくすりぬけられたら、きっとかまれずにすむ。
玲奈はそう覚悟を決めた。
でも道を戻らずにすんだのは、ちょうど同じタイミングで正面のとびらの上に赤い何かがあらわれたから。
「キュウゥゥゥイ!」
赤い何かは高くてふしぎな声で鳴いて、
「キュキュキュキュキュ、キュー!」
新幹線みたいな速さで玲奈の顔の横を通りすぎていった。
『がふっ!』
後ろからは低い変な声が聞こえる。
玲奈はハアハアと大きな息をしながら足を止めて振り返った。黒いクッションも動きを止めていた。というか、赤い何かが突き刺さって、動けなくなっていた。
(なにか……って、あっ!)
よく見ると、赤いなにかはドラゴンだった。猫くらいの大きさのドラゴンが、後ろ足を黒いクッションにめり込ませている。前に動画で見たドロップキックというのに似てるかも。
どうやら見えない壁ができてるみたい。だから、赤いドラゴンと黒いクッションは空中で止まってるんだ。
「いいぞ! そのままそいつを押さえておけ!」
続いて聞き覚えのある声がして、誰かが玲奈の横を過ぎていく。
玲奈と同じ年ごろの男の子だ。灰色のシャツを着て、ジーパンをはいている。頭には薄い茶色のキャップをかぶって、乗っているのは、ホウキ。
そして、ちらっと見えた顔を玲奈は知っている。
宝城 ヒスイ。
ヒスイはホウキからおりて、玲奈とクッションのあいだに立つ。
『くそ!』
クッションが叫んだ。
『この世界の番人に見つかったか! だが、そうカンタンに負けるワシではないぞ!』
クッションは何かをごにょごにょと唱えた。こわい顔の前にとっても小さな火がポッと点って、でもすぐにシュンっと消えてしまった。
『しまった! あの生意気な子どもを追いかけたせいで、せっかくためたマイナスパワーを使い切ってしまったぁ!』
「なんだ、今回の魔法使いはずいぶんドジなヤツなんだな」
『ドジとか言うな!』
「本当のことを言われたからって怒るなよ。まあ、オレも楽ができて助かる」
ヒスイはホウキの柄の先で空中になにかを描いた。できあがったのは五つの角を持つ星の形。五芒星。
「境の森の番人、魔法使いヒスイの名において、これよりお前を送還する! レルナ ジョウ コレイ アバ!」
ふしぎな言葉をヒスイが唱えると、五芒星から現れた光が黒いクッションを包みはじめた。