5.ティッシュはクッションで支配者?
変な黒いティッシュの顔は、前にマンガで見た悪魔にそっくりだ。
『無礼者め!』
「うわ、ティッシュがしゃべった!」
『ティッシュではない! ワシは別の世界からやってきた、魔法使いだ!』
「魔法使い?」
『左様』
「魔法使いなんて、いるんだ」
『それみたことか。この世界の人間どもは魔力を持たないから、魔法使いの存在を信じておらん。まったく、なげかわしいことだ』
ティッシュは校長先生よりもずっと古い感じの言葉づかいをする。まるで時代劇みたい。
そうしてティッシュの魔法使いは玲奈のスニーカーの下で、悪いお代官様みたいにニヤリと笑った。
『まあ、だからこそ支配のしがいがあるというもの』
「支配? 王様になるってこと?」
『うむ。ワシは支配者となるために、わざわざ別の世界からやってきたのだ。このワシがお前たち魔力を持たない人間どもの上に立って導いてやる』
「いりません」
『そなたの意見は聞いていない。ワシが支配すると決めたのだから、お前たちは支配されるだけ。魔力のない者どもに選択権はないのだ!』
偉そうなことを言っているけれど、今のティッシュは玲奈のスニーカーの下にいる。これが人間を支配する魔法使いだなんて信じられない。
その気持ちが伝わったのか、ティッシュはものすごくムッとした顔をする。
『世界を渡るためには多くの魔力を必要とするから、今のワシはとても小さくなってしまった。しかしこの世界でマイナスパワーを集めていけば元の力と姿を取り戻せるのだ。だから――いいかげん、足をどけろ!』
叫んだとたん、ティッシュはブワアアアっとふくらんだ。玲奈はバランスをくずしかけて思わずよろける。
『まずは生意気なそなたを、この世界で最初の召使いにしてやる!』
「ティッシュがクッションになった!」
『こ、この、ティッシュだのクッションだのと勝手なことを言いおって! そなたのような者は、一からしつけをし直す必要がありそうだな!』
怒ったティッシュ、もといクッションは大きい口をガバッと開けた。中にはとがった牙がたくさんはえている。
あれにかまれたら絶対に痛い。
玲奈は走り出した。かまれたくないなら、とにかく逃げるしかない。
『逃がさんぞ!』
クッションはボヨンボヨンと跳ねながら玲奈の後ろをずっとついてくる。動きかたはヘンだけど、意外に速い。
(どうしよう、どこへ逃げよう!)
家へ帰るわけにはいかない。家族がかまれちゃう。
(人のいないところ……だったら、あそこしかない!)
玲奈は森に行こうと決めて必死で走る。だけどこういう時に限ってうっかりしてしまった。
森への曲がり角を通りすぎたって気がついたけど、戻るわけにはいかない。後ろからは「待てー!」っていう声がずっと追いかけて来るから。
(ほかにも森へ行ける道、あるかな)
夏の暑い中を走ってるから、玲奈の心臓はこわれちゃうんじゃないかってくらいバクバクしてる。息だってどんどん苦しくなる。
もしかしたら森へ着くより玲奈が倒れる方が先かも、って思ったときだった。
風に乗って、ふわっと花の香りがした。