4.黒いティッシュみたいなもの
今日は始業式だけだから、学校はお昼前に終わった。
玲奈は急いでヒスイの席を確認するけど、そこにはもう誰もいない。カバンもない。どうやらヒスイはすぐに帰ってしまったみたいだ。
(ホウキに乗ってた理由を聞きたかったんだけどな)
がっかりしたけど、同じクラスなんだからヒスイと話ができるチャンスは何度でもあるはず。
「どうしたの、ホウキちゃん」
「あ。一花ちゃん。あおいちゃん」
「えっとね、私たち、とちゅうまでだけど、同じ方向だから……いっしょに、帰らない?」
一花とあおいが声をかけてくれるけど、今日は弟と帰るようにってお母さんに言われている。
二人に「ごめんね、また明日からおねがい」と言って校門へ向かうと、弟の晴斗は何人かの子といっしょにいた。どうやら同じクラスの子たちと帰るらしい。
「だったら私も、一花ちゃんたちと帰ればよかったなあ」
思わずグチが出ちゃうけど、玲奈だって弟のことは心配だ。しかたなく晴斗たちの後ろから歩いて帰ことにした。
学校からの道を進むたび、家が近づいてくる。奥にある森も少しずつ大きくなる。
風に揺れる木はまるでオイデオイデをしてるみたい。
玲奈はあのワクワクする森にまだ一度も行ってない。
お父さんにもお母さんにも、一人で行ったらダメだよって言われてるからだ。森はとっても広いから迷子になるよって。
(でも、手前の方をちょっとみるだけならいい……よね?)
帰って、お昼ご飯を食べて。
夕方までに戻る約束をして、玲奈は家を出る。今度は学校じゃなくて、森の方へ。
お昼すぎだから、太陽はまだまだ元気に照らしてる。だけど、玲奈だって負けないくらい元気だ。
白い帽子をかぶって、セミの声を聞いて、森へ向けて歩き始める。
家を出てすぐの場所を流れてる小川を渡って、畑や田んぼの横を通って。森はぐんぐん近づいて来る。
玲奈がいるのと反対の歩道では、小さい男の子と、お母さんらしき女の人が手をつないで歩いてる。
二人は話をしながら楽しそうにしていたけど、足元に黒いものがピタっとくっついたかと思ったら、男の子が転んでしまった。
最初、玲奈はティッシュがはりついたのかと思った。色は黒だったけど、大きさや形がよく似ていたから。
ティッシュは転んだ男の子の足から離れて、女の人の足にはりつく。やっぱり、女の人も転んでしまった。
(あのティッシュが転ぶ原因なの?)
玲奈はそう思うけど、男の子も女の人も、ティッシュに気づいてないみたい。
「だいじょうぶですか?」
横断歩道を渡って玲奈は二人に声をかける。黒いティッシュはピンクのスニーカーでさりげなくふみつけておいた。これで二人の足元には近よれない。
「ありがとう、平気よ」
立ち上がった女の人が玲奈に答えた。男の子も元気そうに足ぶみをしていたので心配なさそう。手をふる二人が遠くに行ったところで、ふみつけたままのティッシュを玲奈が見てみると。
「うひょおっ!」
いつの間にか黒いティッシュには顔が浮かび上がっていて、つりあがった目で玲奈をにらんでいた。