2.転校初日
玲奈が、この“境ノ森町”へ引っ越してきたのは夏休みのあいだのこと。
「五年間も通った学校を転校させることになって、ごめんな」
お父さんは星座盤みたいにしょんぼりしていた。
でも、お仕事の関係だからしょうがない。それは玲奈も、お母さんも、三歳年下の弟も、みんな分かってるから大丈夫。
境ノ森町は前に玲奈が暮らしていた大都市とはちがう。
有名なスタイリストがいる美容室も、ブランド品を売ってるオシャレなお店も、カッコいいカフェもない。
だけど名前の通り、境ノ森町には森がある。
そこだけちがう世界になったみたな大きい森だったから、お母さんが運転する車の窓から森を見たときに玲奈はとってもワクワクした。
こんなにすごい森のある町に住むのなら、とってもワクワクすることが待ってるはず。
そう思っていたら本当にワクワクすることがあった。
ホウキに乗って夜空を飛ぶ男の子とドラゴンを、玲奈は見てしまったんだ。
お父さんやお母さんにも聞いてみたけど、その日はドラマや映画の撮影はなかったみたい。
(だったらあのフシギな子は魔法使いなのかも!)
魔法使いなんてゲームや本の中だけの存在だと思っていたけど、本当にいたなんて。
あの子に会ったのは一回だけだった。でも、もしかしたら同じ小学校に通ってるかもしれない。
それはとってもワクワクなことで、おかげで玲奈は夏休みの終わりが待ち遠しくてしかたなかった。
そうしていよいよ始業式の日。
玲奈が境ノ森町の小学校に通う、初めての日だ。
この日のために玲奈が選んだのは、青いカットソーとベージュのロングパンツ。
耳下ショートの髪をスタイリング剤でちょいちょいと整えて、学校へ行く準備は完成だ。
「お姉ちゃん、おそいー。ぼく、先に行っちゃうよー」
弟の晴斗が玄関から呼ぶ。
ちょっと前までは「お姉ちゃん、お姉ちゃん」って玲奈のあとをついて回ってたけど、最近はちょっぴり生意気になって一人で行動したがってる。
だけど転校する最初の日だから、今日は姉弟二人で登校だ。
学校までは歩いて十分。職員室で晴斗と別れた玲奈は、担任のお姉さん先生と一緒に五年生の教室へ向かう。
廊下の窓から途中の教室の中をつい見てしまうのは、ホウキに乗ってたあの男の子がいないかな、って思ってしまうからだ。ざんねんながら見つけられなかったけれど。
「みんな、転校生よー!」
ドアを開けた先生の言葉を合図にして、教室の中から拍手がおきた。玲奈が照れ笑いを浮かべながら中へ入ると、先生が黒板に大きく『彗崎 玲奈』と名前を書いた。
「彗崎さん、まずは自己紹介をお願いできる?」
「はい! はじめまして、みなさん。私は彗崎 玲奈です。好きなものは――」
そこまで言ったとき、玲奈は教室のはしっこの席で見つけてしまった。
窓の外に顔を向けているのは、あの日、ホウキで空を飛んでいた男の子だ。