テッドのモーニングルーティン
今回から始まります。
ゆるーくやっていきますので、よろしくお願いします。
■午前7時:ポカリ街ギルドの宿泊室にて起床。
「……朝か」
いつも通りの時間に目を覚ました俺は、ベッドからゆっくりと体を起こす。カーテンを開け、日差しを浴びながら外の景色を眺める。「不老不死」の効果で光属性を苦手とする俺だが、日差しを浴びても体が焼けるような事はなく、むしろ心地よいとさえ感じる。俺が苦手とするのは、あくまで魔力で生み出された光だけであって、日の光や電気の明かりを浴びても当然何の問題も無いのである。
「コーヒーでも飲んで待つか」
俺は最低限の身支度を整え、音を立てないようにそっと部屋を出た。
■午前7時30分:ポカリ街ギルドのカフェでコーヒーを飲む。
「おはようございますテッドさん。今日も早いですね」
1階に下りた俺を丁寧な朝の挨拶で迎い入れたのは、ポカリ街ギルドの受付嬢エレナだった。綺麗に手入れされた金髪のショートヘア、端正な顔立ち、しわ一つない制服、そして優しい笑顔。流石ギルドのマドンナと呼ばれるだけあって、早朝から完璧な受付嬢モードだった。
「あぁおはよう。早速で悪いんだが──」
「はい、いつものコーヒーですよね。今淹れてる所なので、もう少々お待ちください」
「すまないな。助かる」
ギルド1階の広間は冒険者たちの窓口だけでなく、朝と昼はカフェ、夜は酒場としても営業している。故に受付嬢たちはギルドの事務、冒険者たちへの対応だけでなく、カフェや酒場の店員としての仕事もこなさなければならない。求められるスキルが多い上に拘束時間も長く、ぱっと見の上品でお淑やかな印象とは裏腹に、実はとんでもない激務なのだという。そんな中、早起きする俺の為にコーヒーを淹れてくれるのだからエレナには感謝しかない。
「お待たせしましたテッドさん」
少しすると、エレナが俺のいるテーブルまでコーヒーを持ってきてくれた。
「あぁ。ありがとう」
一言礼を言って、俺はコーヒーの入ったカップを持つ。エレナの淹れてくれたコーヒーは上品に香り高く、口元にカップを近づけるだけでその香りが鼻孔をくすぐる。口に入れたコーヒーは酸味と苦みのバランスがよく、適温で大変飲みやすい。俺は別にコーヒーに詳しい訳では無いが、エレナの淹れてくれたコーヒーがそこらのコーヒー専門店で飲むものより美味である事くらいは理解できる。
「今日も美味いな。流石だ」
「いえいえ。これくらいは受付嬢として基本ですから」
優しい笑みを浮かべて謙遜するエレナ。このクオリティのコーヒーを淹れるのが受付嬢の基本スキルなら、コーヒー専門店の立つ瀬がないだろう。
「今日も忙しいのか?」
俺がそう言うと、エレナは少し困ったように笑みを浮かべた。
「えぇそうなんですよ。昨日の事務作業がまだ残ってまして……。なんとか今日中に片付けないといけないんですよね」
「大変なんだな」
「はい……毎日もうへとへとですよ。もうテッドさん、私と結婚して養ってくれませんか?」
悪戯っぽい笑みを浮かべ、エレナがそんな冗談を口にした。
「冗談はよせ。俺は結婚なんて柄じゃないし興味が無い」
「あはは。……まぁ、あながち冗談って訳でもないんですけどね」
エレナが小声でそう呟くが、聞こえないフリをして会話をそのまま続ける。
「それにお前にはドンファンがいるだ──」
「ご冗談を」
俺の言葉を遮り、爆速で否定するエレナ。先程までと変わらず優しい笑みを浮かべてはいるが、目が全く笑っていない。……心なしか、なんだか急にコーヒーが冷たく感じてきた。
「まったくもう……。では、私はそろそろ仕事に戻りますね」
「あぁ。ありがとな」
「ふふっ。いえいえ」
エレナはくすっと笑うと、受付の方へと戻っていった。
■午後13時:起床したアホ共と合流。
「おはようございますテッドさん! 今日もいい天気ですね!☆」
「ブチ殺すぞ」
「いきなり辛辣っ!? なんで初っ端からそんなに不機嫌なんですか!」
きゃんきゃんと吠え散らかし、驚き顔を浮かべるステラ。別に言うほど不機嫌な訳では無いが、どうやらこのアホ犬は、俺を待たせた事に対する罪悪感など微塵も感じてはいないらしい。
「また2日酔いか。午前中には起きて来いといつも言ってるだろ」
「あーあまた怒られてやんのステラ。ウケる~」
「まったく懲りないねステラちゃんもー。本当はそんな事思ってないけど。あ、テッド君おはよー」
「いやお前らもだけどな。よく他人事みたいなツラできるな」
ステラを盾にしてしれっと席に着くジャスパーとリンリン。どいつもこいつも面の皮が厚い奴らばかりで困る。
「で、スカーレットとドンファンはどうし──」
「すまない皆! 遅くなった!」
俺がそう言いかけた直後、息を荒げたスカーレットが俺たちの前に現れた。
「お前が遅れてくるなんて珍しいな。どうした?」
「いやすまない。あまりにもいい天気だったものでな、ちょっとしょーたんと一緒にお散歩してたら遅くなってしまった」
爽やかな笑顔でそう言い放つスカーレット。割と普通の台詞に聞こえるが、しょーたんとかいう異物が混じっているせいで一気に犯罪臭が激増した。
「まぁほどほどにな。で、もう1匹の方は?」
「わりぃ皆! 遅れちまった! 実は──」
「お前はアウトだな」
「いやなんでだよオイ! スカーレットみたいに事情くらい聞いてくれよ!」
汗だくで必死にそう訴えるドンファン。何をしていたのかは知らないし興味も無いが、俺が言っているのはそういう事ではない。
俺たちの前に現れたドンファンは、何故か知らんが全裸だったのだ。
「事情なら署で聞いてもらえ」
「何が署だよ! ただ筋トレしてただけなのに! どうしてだよおおおおおッ!!」
どうしてなのかは俺が聞きたい。一体何をどうやったら筋トレしているだけで全裸になってしまうのだろうか。まぁ幸い、ドンファンはポカリ街随一の変人で有名だ。今更全裸でほっつき歩いてるくらいじゃ街の連中も通報したりなどしない。街の外でも同じ事をしたら余裕でアウトだが。
「取り敢えず何か服を着たらどうだ?」
「あぁそうだな。わりぃわりぃ」
へらへら笑うと、ドンファンは手に持っていたブーメランパンツをのんびりと履き始めた。持ってたなら最初から履いておけよ……とか思わなくもないが、よくよく考えたら(考えなくても)コイツが服を着ているか否かなど最高にどうでもいい為、これ以上言及するのは止める事にした。
「てかご飯にしない? お腹空いたー」
俺と同様このくだりに飽きたのか、ジャスパーが気怠そうな様子でそう言った。遅刻したコイツが昼食を催促してくるのは釈然としないが、面倒なのでこれも特に言及しない。
さっさと昼食を済ませて、今日のクエストに向かう事にしよう。
■午後13時半:アホ共と昼飯
「お待たせしました。ご注文は何になさいますか?」
「いつもの(キリッ)……ぶふっ!」
これは俺たちの卓に来た店員(受付嬢)とのやり取り……ではない。店員への注文は少し前に済ませている。これはステラが店員役、ジャスパーが俺役になりきって、先程の注文のやり取りを再現している所だ。どうやら俺の注文の仕方がコイツ等のツボに入ってしまったらしい。本当アホ丸出しだな。
「ふふっw アンタって本当にスカしてるわよね~。何がいつもの(キリッ)よ。あんなのリアルで言うヤツ初めて見たわ」
「あれで通じるんだから別にいいだろ。それに、あのメニュー名はいちいち口に出すのが面倒なんだよ」
「いやあれはアンタが魔改造したせいで面倒臭くなってるだけでしょ。普通なら秒で言い終わるわよ」
「何が魔改造だ。あれはあのメニューの持ち味を最高点まで昇華させる為に俺が導き出した最適解だ。あの絶妙な──」
「お待たせしました。『デビルバーガーセット。ハバネロソース増し』です」
俺が語り始めた所で、店員がタイミング悪く料理を運んできた。その横でジャスパーが、俺から目を逸らして小さく吹き出しているのが見えた。これは多分……後でまた真似されるな。
「うっひょぉ待ってましたよ! はいはい! それ私のです!」
ラリった薬物中毒者のように踊り狂うステラ。コイツが好きなデビルバーガーとは、イカ墨と香辛料が練り込まれた黒いバンズに、レタス、辛味チーズ、ハバネロと赤パプリカをベースに作られた真っ赤な激辛ソース、脂身の強いパティ、マスタードに漬けたオニオンピクルスを挟んだハンバーガーの事だ。乱暴に言うと黒くて無茶苦茶辛い、その名の通り悪魔の様なハンバーガーなのだが、ステラはそこにさらにハバネロソースを多めに追加しているのである。
「そんなに騒がなくても、こんなイカれたハンバーガーを食う奴はお前しかいない」
「ふふんっ! なんとでも言って下さい! デビルバーガーの良さは分かる人にしか分からないんですよ! いただきまぁす!」
憎たらしいドヤ顔を浮かべ、ステラはデビルバーガーにかぶりついた。それを皮切りに、俺たちが頼んだ料理が次々とテーブルに運ばれてきた。
「お待たせしました。兎の丸焼きでございます」
「はーい私。ありがとー」
「炒飯大盛り餃子セットです」
「あ、それ私。まぁ本当は違うけど~」
「雲丹の冷製パスタです」
「私だ。どうもありがとう」
「筋肉ランチです」
「おぉ! きたぜきたぜ!」
「トロピカルカレーライス甘口。ハニーソース添え、ハニーバターチキントッピング。それと蜂蜜になります」
「「 きっっっも 」」
「いやなんでだよ」
俺の元に運ばれてきたカレーを見た全員が、声を揃えてドン引きしていた。一体何故だろうか。大変不思議でならない。
「やっぱいつ見てもキモいわね……。トロピカルカレーがそもそも結構甘口のカレーなのに……それをさらに甘口にした上であっちもこっちも蜂蜜、蜂蜜……。アンタ蜂蜜で溺死しようとしてる?」
「そんなつもりはない。さっきも言っただろ。これがトロピカルカレーを食す上での最適解なんだ。ほら、一口食べてみろ」
「御粗末」
「まだ食ってないだろ。あとそれ食べる奴じゃなくて料理出した奴が言う台詞だからな。食べる側のお前が言ったらただ失礼なだけだろ」
「あぁもううるさいわね! 分かったわよ食べればいいんでしょ!」
やけくそ気味に叫ぶと、ジャスパーはスプーンで俺の究極のカレーを一口すくって口に運んだ。……ジャスパーではなく、隣のリンリンの口に。
「リンリンはいあーんどう美味しい?(超絶早口)」
「うぶっ!!? がぇっげう゛う゛っ!!」
俺の究極のカレーを口にしたリンリンが、聞いた事のないような声でむせ始めた。どうやら美味過ぎて感極まっているようだな。
「どうだリンリン。お前にも聞こえただろ? 究極のカレーが織りなす絶妙なハーモニーが」
「う゛ぅ何この舌と脳が溶解していくような不協和音……。本当に気持ち悪い。う゛ぇ……。水……だけじゃなくて……何か、何か別の味がほしい」
グロッキーに青ざめた表情で、独り言を呪言のようにぶつぶつと唱え続けるリンリン。すると何をとち狂ったのか。リンリンは餃子に使う醤油、酢、ラー油を大量に皿に入れ、それを一気に飲み始めた。
「まったく。このパーティには味覚音痴しかいないのか?」
「黙りなさいバケモノ」
間髪入れずにピシャリと言い放つジャスパー。随分ひどい言われようだが、まぁ味の好みは人それぞれ。こういう意見があってもいいだろう。そんな事を考えながら、俺は究極のカレーに舌鼓を打つのだった。
■午後14時20分:出発
「行きたくありません」
「黙れ行くぞ」
駄々をこねるステラを引っ張る俺。昼食を済ませた後、受注したクエストへ向かおうとしていたのだが、どうやらステラはクエストの内容に不満がある様子。
「遅刻したお前の意見は認めない。さっさと行くぞ」
「今回ばかりは絶対に嫌です! なんですか『百岐大蛇(Sオーバー級クエスト)』って! 首何個あるんですか!」
「まぁ100だろうな」
「止めましょうよそんなバケモノと戦うの! だって首が100ですよ!? 勝てる訳ないじゃないですか!」
「別に首の多さと強さは関係無いと思うが。それにお前のその首理論で言うなら、何度首を切られても死なない俺は実質無限の首を持つ男と言っても過言ではない。無限の前ではたかだか100の首など塵芥に過ぎん。そうだろ?」
「何言ってるんですかテッドさん……」
「俺も全然分からないが、お前にそれを言う資格はないな」
「なにカスみたいにじゃれ合ってんの。さっさと行くわよ」
呆れた様子でそう口にするジャスパー。というかカスって……言葉遣い悪いなこの女。
「で、実際どうするんだテッド。今回のターゲットは数多の冒険者たちを葬ってきたモンスターらしいが……」
「心配するな。さっきの究極のカレーで糖分を十分に補給したからな。策は既に考えてある」
「おぉ流石だな。じゃあその策とやらを教えてくれ」
「俺がバケモノの首をまとめて斬り落とす。お前たちは周りの雑魚モンスターの掃除でもしてろ」
「どうやら摂取した糖分は全て吐き捨てたようだな」
冷たい真顔でそう切り返してきたスカーレット。酷く辛辣だが、このパーティの大半は俺に対してこんな感じなので、然して気にならない。
「まったくもう……。本当はそんな事思ってないけどさぁ、テッド君って大分脳筋だよねぇ。まぁあれだけ強かったら仕方ないのかもしれないけど」
「わははっ! いいじゃねぇか脳筋! 俺と一緒だなテッド!」
「ふん下らん。さっさと行くぞアホ共」
「わっ! 待って下さいよテッドさん!」
俺が足早にギルドから出ると、ステラたちは笑いながらそれに付いてきた。
毎日下らない話をして、クエストに向かって、戦って、終わったら酒を飲む。これがいつも通りの、俺の日常だ。
騒がしくて、馬鹿馬鹿しい。だが、退屈はしない。そんな日々がいつまでも続けばいいなんて、柄にもない事を考える俺なのだった。
お読みいただきありがとうございました!
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