第36話 依頼達成おめでとう?
「なんとかしてくださったんですね!」
「い、いやあ。僕は何もしてませんよ」
僕は今、感動した様子のお姉さんに手を握られていた。
照れて頭をかくことしかできない。
現在、僕がいるのは村の冒険者ギルド。
受付のお姉さんに依頼の報告を済ませたところだ。ざわざわとしていた空気がよりどよめいている。
「謙遜なさらないでください。ドラゴンが空を飛んでいった姿はここからでも確認されています」
「間違ってはいないんですけど」
「ならライト様のお手柄じゃないですか」
「お手柄ですかね?」
「そうですよ!」
そうこうしている内に、気づけば僕の周りには人垣ができていた。
やばい。こんなことになるはずじゃなかったのに……。
困惑混じりでそう思っていると、「どきな、どきな」という荒々しい声が人垣をかき分けて接近してきていた。
「おいおい。まさか本当にやっちまったのかい。私は止めたんだけどね。学者さんは腕も立つみたいじゃないか」
「お姉さん」
「ねえねえ、私たちのパーティに入らない? うちの村戦士しかいないから、あなたみたいな人をずっと探していたのよ」
「ちょっと待てって。あねさんはあたしたちが引き抜くんだ。こういうのは実力が高いところに入れた方がいいだろう」
「何よ。あんただって私たちとどっこいどっこいじゃない」
「あの。やめてください。腕を引っ張らないでください」
そして、ベテラン冒険者のお姉さんにひっついてきた二人に気づくと腕を引っ張られていた。
イリヤさんのピンチ。ということで、可能ならすぐに捜索したいところだったが、あいにく僕らに高等な捜索能力はない。
ファルナルさんもドラゴンとしてとても優秀な方みたいだが、どちらかといえば直接戦闘型らしかった。
まあ、精神操作魔法使いとの戦いを聞く限り、そんな考え方をしていたようださ指して意外でもない。
そんなこともあり、情報収集のために再度村に戻ってきたのだが、依頼書を破って形だけでも依頼を受けてしまったばっかりに、そして、ノルンちゃんに僕が小屋に戻っていないことがバレてしまったばっかりに、一昼夜ドラゴンと戦っていた英雄みたいにもてはやされていた。
ちなみに、飛んでいったドラゴンというのはファルナルさんのものだ。一度試しに運動してもらっただけなのだが、どうやら帰ったように見えたらしい。
「私の」
「あたしの」
「おい。やめな。まだライトの報告は終わってないんだろう」
「「すいませんでした!」」
「いや、いいんだけどね?」
ベテランお姉さんのおかげで二人の冒険者から解放される。といっても、これでほっと一息とはいかない。
「さ。これでいいだろう?」
「ありがとうございます!」
「いつも世話になっているからね」
「いえいえ。ごひいきに」
何やら受付のお姉さんとの会話があってから、今度は受付のお姉さんが腕を絡ませてきた。
同性だと思っているからだろうが、距離が近い……。
「ささ、こちらへどうぞ。お話をお聞かせください」
僕はお姉さんの隣へ座るような形で席へと促された。
おとなしく着席する。
「ささ。何があったんですか?」
僕の細い太ももに手を乗せながら、息もかかる距離にまで顔を近づけてお姉さんは話を聞いてくる。
「いや、何があったも何も、報告はもう終わりですよ。見えた通りです。ドラゴンはもう暴れません。それだけです」
「だけということはないでしょう。こうして一昼夜帰ってこなかったということは、さぞ素晴らしい戦果があったのではないですか?」
「ないですよ。みなさんご存知の通り、僕は魔法の方が得意なので、いわゆるドラゴンスレイヤーみたいな、竜殺しはできませんって」
さっきからこうしてごまかしているのだが、ギルドにいるみなさんから期待に染まった瞳の輝きが消える気配がない。
面白い話があまりないからこその興味、というのももちろんあるんだろうけど、実際に被害が出ているからこそ、話を聞きたいという側面もあるはずだ。
ただ、今は詳細を語れる状況にない。
そんな僕の気持ちがようやく通じたのか、受付のお姉さんも息を吐いて、乗り出していた体を後ろに下げた。
「わかりました。ライトさんがそんなに言うならそうなのでしょう」
「そうなんです」
「ですが、今回の依頼は討伐ではなく情報収集ですからね。それにもかかわらず撃退までしてくださったライトさんには報酬をたんまりと、と言いたいところですが……」
そこでお姉さんがガックリと肩を落とした。
言いにくそうにしながら、チラチラとこちらの様子をうかがってきている。
「あいにく、この村のギルドは王都と違い予算がすっごく限られていまして……報酬をすぐにお支払いというわけにはいかないんですよ。本来、攻略されると思っていたわけでもなく、嬉しい誤算というわけでして……」
「わかっています。お金は確かに大事ですが、すぐにとは言いません」
「本当ですか! でも、一部だけでも……」
「その代わり、して欲しいことがあります」
僕はお姉さんの言葉を遮って言った。
「なんなりと!」
交換条件が何か、まだ言っていないにも関わらず、お姉さんは元気よく宣言した。
どうやら、支払いの遅れを悪いと思っていたらしい。反応がわかりやすいお姉さんだ。
しかし、わかりやすいのはいいのだが、調子を取り戻したみたいに再び身を乗り出してきた。もうハグでもしてきたんじゃないかという距離で鼻息荒く椅子をくっつけてきている。
僕は思わずその勢いに少し身を引いてしまうが、追随するようにお姉さんはさらににじり寄ってきた。
「この間はこんな距離じゃありませんでしたよね」
「近くで見ると格別ですから」
「なんですか格別って」
「こちらの話です」
なんだかすんすん鳴っている鼻の音はまるで僕の体臭を嗅がれているような錯覚を覚えるが、流石にそれは気のせいだろう。
気を取り直して、お姉さんの肩を掴んで押し返しながら、僕も姿勢を正す。
「あのですね、この村周辺の森で、女の子を見たって話があれば聞きたいんです」
「女の子ですか? それは、ライトさんのことではなく?」
「僕のことじゃないです」
「それなら、ライトさんがよく遊んでいらっしゃるノルンちゃんではなく?」
「はい。ノルンちゃんでもないです。そして、他の女の子でもないです」
「村にいる女の子じゃない。それは、知り合いですか? たしか、ライトさんのところにお一人綺麗な女性が来られていましたよね」
「いえまた別の人です」
「ふぅむ……」
困ったように考え込むお姉さん。
ギルドならばうわさも集まってくるだろうと思っての質問だったのだが、ざっくりとした質問すぎたか。そして、横着しすぎってやつか。
ファルナルさんが言っていたイリヤちゃんの特徴を出したら正確な情報が得られるかもしれないが、ここでまた混乱を招いていても仕方がない。
これは、本物の冒険者らしく足で情報を集めるしかないかな。そう考えていたら「あっ」とお姉さんは何かを思い出したように声を上げた。
そして、「ちょっと待っていてくださいね」と、言い残して依頼が張られている掲示板の方へ向かった。
何かと思って見ていると、掲示板を指さしながら何かを探すようにして、、そのうち一枚の依頼書をはがして僕のところまで持ってきてくれた。
「ありました。ありましたよ! おそらくこれじゃないですか!」
髪を揺らして嬉しそうに駆けてくるお姉さん。
そう言って見せてくれたのは、昨日目に入ってきていた森で揺れる女の子の依頼だった。
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