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第八話

「二時間説教とか酷くない? おいおい姉ちゃんよお」

「お前が悪いんだろ」


 翌日早朝、河原にてベンチに座り込み机越しに康之と話をする。昨夜二階のベランダで眠りこけていた康之は、私の告げ口から酒混じりの伯父にくどくどと二時間も正座で説教をさせられていたのだ。ぶつくさと文句を言う康之に、康之の隣に座っていた兼親が宥める。


「酒なんて成人したら幾らでも飲める様になるんだし、後一年我慢しようか」

「兼親さんは成人まで守ったわけえ?」

「……職場の上司に飲まされてたよ」

「ほらー!」

「ほらー! じゃないんだよ馬鹿」


 私に向けた人差し指を叩き下ろす。兼親の場合アルハラに含まれる事なのだから自主的に飲む事とはまた話が違うだろう。


「じゃあときねえはその煙草は二十歳まで守ったわけ!?」

「私吸い出したの二十三くらいだし、それまで興味も無かったよ」


 私がふかしている煙草にいちゃもんをつけ始める弟に、虫の居所が悪すぎる、と相手をするのが面倒になり始めていた。


 早朝から河原に居るのは昨日健介に柑南が誘われ、付き添いとして来たからだ。しっかり柑南に起こされ、康之は酒が切れたのかすっきりと起き出して着いてきた邪魔者である。上空では柑南と健介が空を羽ばたいて飛んでいた。見上げて手を振ると柑南が手を振りかえしてくれる。煙草を携帯灰皿に押しつけてコンビニで買ってきたコーヒーを飲む。


「俺も飛びたいな〜」

「康之もワンチャン飛べる可能性あったんだろうね。遺伝子的には。父さん兼親んちの遠縁だった訳だし」

「それもはや別人だけどな」


 兼親の言う様にそれは康之と名がついていた所で別人だ。こんな性格にはならなかった可能性の方が高かろう。


 橋を挟んだ向こう側の河原を見ると小豆色のジャージを着た中学生が昨日の花火大会の清掃活動をしている。兼親によれば遠野中学校の学生は毎年花火大会の次の日は清掃活動に駆り出されるらしく、自分も犠牲になっていたと遠い目をしていた。朝早くから慈善活動の犠牲になっている中学生を哀れに思いながら、ビニール袋から納豆巻きを取り出した。


「こう河原で水音聴きながら食う朝食もいいね」

「たまにはね」


 ぺりぺりと包装を剥がし海苔を巻いた納豆巻きを頬張る。柑南は既に朝食を摂らせていたので、私と康之と兼親で三人での朝食である。今日河原に行く事は伯父たちには前もって言ってあったので、朝早くに出た事もあり朝食はコンビニ調達だ。


 段々と気温も上昇してきたのを肌に感じる。日も登り始め時間も経っている。河原の中洲に着陸した柑南と健介を見て柑南は大分息が上がっている様に見受けられた。休憩の為か軽く飛んでこちらへと二人がやって来た。


「柑南水飲みなあ」

「ありがと」


 礼を言い私から緑茶のペットボトルを受け取るとごくごくと飲み始める。


「柑南くん結構筋良いねえ」

「そうなんですか。よかったね柑南」

「うん!」


 目を細め笑う柑南に祖母の家から持ってきた保冷剤をタオルに包んだものを渡す。首に巻いて涼を取りながら私の隣に座った。帽子も被せる。


「健介さんて消防士って言うけど、飛行のインストラクターとかも出来んじゃないの?」


 康之の問いに、健介は否定しながら話し出す。


「いや〜康之くん、インストラクター系は鳥人の人口割合とか含めて飽和状態なのよ。ここみたいな田舎で一人だけ相手にしても金にはならないし、都会でも鳥人それなりに居ても一極集中しがちなんだ」

「そうなんだ。まあ確かに健介さんくらいしか昔は遠野に居なかったんだろうし、柑南くん増えたところでか〜」

「子供の頃、飛行練習って事で仙台の方に一回インストラクター頼って行ったんだけど、そこでもそんなに生徒は居ないって言ってたよ」


 商売できるのはほぼひと握りだろうね〜。との健介の言葉にふうん、と康之が溢す。


「柑南くん、たまに僕が教えた事思い出しながら飛んでみてね」

「ありがとう健介にいちゃん」

「うー歳下の鳥人に尊敬の念を向けられる尊さ」

「兄貴オタク出てる」


 兼親が白けた目をしながら健介を見ている。オタクらしいが見た目からは正直想像し難い趣味だ。私もオタクに属する人間だが、健介は陽キャ味が強いしあまり隠しては居ないのだろう。お茶を飲んでいると健介は柑南の隣に座り込み朝食だろうサンドウィッチをビニール袋から取り出した。


「今日で帰っちゃうの? 健介にいちゃんは」

「帰るって言うか旅行だよ旅行。盆開けたら仕事の予定だったんだけれどね。消防士の中で僕特殊な立場に居るから有給許されたのさ」

「特殊、ですか」


 健介が言うには鳥人故の役職があるらしく、それに該当している健介は救助活動の為に多方面に繰り出す事が多いのだと言う。高所救助、山岳救助、海難救助と多岐に渡るらしい。それ故鳥人の間でも休める時は交代制で休むらしいが、通常の隊員よりも長く休暇を取っても許されるのだそうだ。


 康之が質問を繰り返しているが、嫌そうなそぶりも見せずに健介は答えてくれる。私も初めて知る事ばかりだ。


「柑南くん結構救助隊とか向いてると思うんだけど、どうよ将来」

「んー、学校の先生がいいなあ」

「意志が揺るがないねえ」


 叶えられるといいね。と健介が見上げる柑南の頭を撫でた。


 兼親のそろそろ戻るか? との言葉に同意したが、康之が鍋倉展望台へ行きたい。と言い出した。市内の図書館近くにある鍋倉山の頂上にある展望台の事だ。神社もあるのだが、幼い頃の記憶だが、神社まで石段を登った後山道を通って行った事がある筈だ。康之は行った事が無い様で行ってみたいと言い出したのだろう。飛行を終えたばかりの柑南と健介には酷では無いかと進言したが、柑南が行きたいと言い出した為に向かう事になった。


 五人で兼親が運転する車で鍋倉神社まで向かう。石段を登るのは辛かろうと石段横にある車道を登り石段を省く。車から降りて軽く坂道を登れば鍋倉神社だ。


「ここ昨日だったら結構人居ただろうけど、今日は寂しいな」

「失礼ながら寂れてんな」


 手水舎で手を洗おうとしたが水は止まっているようだ。本堂へと向かう階段を上がる。賽銭を入れて何を拝もうかと考えたが、とりあえず柑南の健康でも祈っておこうと礼をして手を合わせる。


 康之が登るぞ〜! と山道に走って向かい、その後を柑南が走って追いかける。


「なんかすみません弟が」

「いやいや、懐かしいからいいよ。昔兼親とちあきちゃんとときわちゃんで登った事あるんだよ。兼親とときわちゃんはまだ小さかったから覚えて居ないだろうけど」


 親父達と登ったのか? と兼親が聞けばお袋達とだと健介が答える。鍋倉神社での花見のついでに登ったそうだが、さぞ景色もよかった事だろう。先に向かった二人を追うように三人揃って山道へと向かう。


「私が登った時の記憶は母と姉とだけでしたね。もっと小さい頃にも登って居たんですね」

「一緒に行った時は本当に小さかったからね。ちあきちゃん。ときわちゃんの四つ上だったっけ?」


 健介の問いにそうだと答える。私が三歳、兼親がまだ一歳の頃の話だそうだ。姉の手を握りながら、母と兼親達の母親と登ったそうだ。子供の身軽さには追いつけない様で、親達はへばっていたと健介が懐かしむ様に話す。山道は人の手は入っているがコンクリート舗装されていない場所も多い。確かに子供と大人では感じ方は違いそうだ。


 私は息を上げながらも山道を登る。大分蒸し暑くなってきた。帽子は被っているが首筋を汗が伝う。健介と兼親はやはり体力があるのかそこまで息は上がってはいない様だ。


「あいつら早いな〜見えなくなった」

「まあ康之くんいるし柑南は大丈夫だろ。兄貴いっそ俺たち抱えて飛んでくれ」

「ときわちゃんはいいがお前みたいなデカブツまで抱えて飛ぶのは勘弁だ」


 そこは挑戦してみろよ〜と兼親が健介に発破をかけるが健介は乗らない。前の様子見てくるとだけ言うとばさ、と音を立てて飛んでいってしまった。


「うわ〜兄貴ずっり〜」

「でも健介さん疲れてるでしょ。朝っぱらから柑南見てたんだし」

「だからって置いてくなよな」


 兼親と二人になる。息が上がってしょうがないが、あと少しだから気張れ、と兼親が私の背を叩く。その言葉通り頂上には数分で辿り着いた。柑南と康之、健介が展望台の前で待っていた。


「お疲れい」

「ずりーぞ兄貴」

「まあまあ、展望台入ろうよ」

「あ、ごめん俺ちょっとときねえに話あるから先行ってて」

「え? なんだよ」

「じゃあ僕らで入ってるよ。先行って待ってるね〜」


 柑南を連れ健介と兼親が展望台へと入って行った。康之と私は残り、康之の話を聞く事とした。


「なんだよ話って」

「ん〜」


 展望台の横からでも遠野の街並みは一望できる。私は木陰にしゃがみ込むと康之は私の隣に立ちながら何か言い淀んでいた。あのさあ、と口を開いた康之の言葉に、私は凍りつく。


「柑南、俺とちいねえの子供」

「…………は?」


 いきなり氷水でも被ったかの様に動けなくなる。何を言っているのかとぎこちなくと首を動かし康之を見上げると、康之は遠野の街並みを見下ろしながら色の抜けた表情をしていた。


「俺ちいねえとセックスした事あんの。時期的に多分柑南俺の子供」

「お前何言って……」

「近親相姦っての当時わかんなかったし、ちいねえに最初に誘われたの八歳の頃。何回かやって、九歳くらいの時居なくなったっしょ。そんでここで柑南産んだなら多分その時かなって」


 事もなげに話を進める康之に少し待てと静止をかける。理解が追いつかない。姉と弟が体の関係? 姉から弟を誘った? 意味を、理解したくない。


 昨日、花火大会の会場から帰った際、父と母の部屋の前で父を問い詰める母の言葉を聞いたのだそうだ。そうして父に疑いをかけられている事に罪悪感を覚え、ここでこうして吐露したのだと言う。恐らく私も知っているのだろうと。


「父さんの家系、鳥人居たなら多分俺の可能性高いんじゃね? 外で誰かとやってた可能性も無くは無いとは思うけれど、血筋的には俺の可能性の方が高い」

「……お前、当時父さんに言ったのか?」

「ちあきから言った。俺の子供出来たって」


 姉は妊娠を自覚した際、母では無く父に話したらしい。そうして二人呼び出され、姉はどうしても子供を産みたいと言って聞かなかったそうだ。父は堕ろせと難色を示したそうだが、言って聞く姉では無かったのだろう。考え抜いた末、父はこの遠野から出るなと姉をここへ送り、柑南を産んだのだと言う。


「……お前ら、本当、何やってんだ……」


 頭が痛くなってくる。正直弟とも姉とも思いたくは無くなってくる程に。呆れてしょうがないしゾッとした。


「俺ちあきの事愛してたんだよ」

「子供なんぞに愛が分かってたまるかバーカ」

「本当だよ〜。なんだよときねえいじけんなよ」


 す、と立ち上がり康之の方を向く。康之の顔がこちらを向いたのを確認した後、大きく手を振りかぶった。


 ばちん、と頬を張った音が辺りに響く。


「ガキがガキ作ってんじゃねえよ! 馬鹿ガキが!!!」


 腹の底から沸々と憤りが湧いてくる。康之は呆然とした顔で頬を片手で抑えていた。自分の中の怒りを自覚した後、もうこれ以上康之とは関わりたくないと展望台の中へと足早に入った。階段を登ればガラス張りの展望デッキに三人の姿があった。


「内緒話終わったかい?」

「……ええ」

「どうかした?」

「ちょっと、あまりいい内容では無かったので」

「喧嘩したの?」

「喧嘩、つーか、何というか。まあまあ、今は遠野の街並みでも拝みましょう!」


 両手を合わせ、無理に笑顔を作る。三人とも不信そうに私を見ていたが、結構景色いいですね〜。なんて空元気で三人に話しかける。兼親と健介は顔を見合わせたが、私の意を汲んでくれたのか話を街の方に移してくれた。柑南は理由は分からずとも触れない方がいいと判断してくれた様で展望デッキにあった何かしらのボタンを押した。展望デッキ内で遠野についての解説が流れ始め、ナレーターが遠野の歴史について語り始めた。


「このボタン絶対押したくなるよな〜。まあうるさいんだけど」

「昔からあったんですか?」


 ちあきちゃんが押しまくってたんだよ〜、と今は聞きたくない姉の名が出てきて内心反吐が出そうだった。


 私が信じていた姉の清純性はもう何処へやら。十歳以上歳下の弟を性行為に誘い、繰り返し、あまつさえ愛でも囁いていたのだろうか。気味が悪いとしか思えない。康之が九歳の頃、姉はもう成人していた身だった筈だ。小児性愛者の気でもあったのか、はたまた兄弟に欲情する変態だったのか。知りたくもない。


 ああ、死にたい。愛の形は人それぞれとは言いたいが、犯罪を犯した姉が居る事に対して死にたい。いつもは自分の無能さで死にたくなるが、今だけは家族のせいにしてきっぱり首でも括ってやろうかと兼親達の会話の隅で思う。


 康之が来ない事を気にした柑南に、そろそろ下に降りようか、と健介の言葉に展望台から出た。康之は先程の場所で俯いて突っ立っていた。柑南が駆け寄る事に、その手を引いて康之から引き離したいと思えど、上げかけた腕は空を切った。


 康之を心配する柑南の声を聞きながら、もし死ぬのならばこの場所にしようかと沈む思考で考えた。


 ぽん、と肩に誰かの手が乗った。振り向けば兼親が心配そうな目をしていた。


「大丈夫か?」

「いや、うん、大丈夫だよ」


 そろそろ降りるぞ〜、と前で柑南達に向かって声を上げる健介を見て、健介が柑南の父親だったのならどれ程良かっただろうか。ここ、熊が普通に出るから競争だ! と健介が康之と柑南達を誘って先に進んで行った。


「おぶってやろうか」

「本当大丈夫だからさ」

「……康之くんに何言われたんだよ」

「家庭内のゴタゴタには巻き込みたくない」

「ちーねえの事か?」


 その言葉に肩が小さく跳ねた。それを見逃さなかったであろう兼親は、何かを言おうと口を開けたが、言葉を発する事は無く閉口した。


「お悩み相談承るので、抱えきれなくなったらどうぞ」

「……ありがとう」


 下までの道では二人して蝉の声だけを聞きながら降りて行った。車まで行けば三人は既に中でクーラーで涼んでおり、車内も冷えている。


「んでば、帰りますよっと」


 健介の言葉に祖母の家にクーラーが無いからもっとここで涼んでいたい。と康之がいつも通りのふざけた声を上げた。私は車内ではひと言も発する事なく健介の運転で家まで送り返された。帰り着いた家でも、康之からは距離を置いた。居間で柑南と遊ぶ康之の声を離れた別室で聞きながら、何もする気も起きず膝を抱え箪笥を背にぼうっとしていた。


 ときわ、と母の声に現実に戻された。母の顔を見上げると、何かあったのかと笑顔を乗せて平静を装う。


「お父さん帰ったんだけど、DNA検査する事になった」

「え……」

「柑南とお父さんの事調べる。採取キットもそのうち届くと思うから、その時は柑南に種族の検査って言って取る。……二週間程度で分かるらしいから。お父さんと私のと柑南ので調べる」

「そ、そう……」


 母は康之の話は当然知らないのだろう。父は自分に疑いが向く時が来ると分かっていたと思う。母に隠して、姉をここへ送ったのだから。父は結果がなんであれ、嘘を付いている後ろめたさをどこまでも認めたくはないらしい。父も姉と弟達の共犯者だ。信じられるのはもう母だけかもしれない。と顔を膝に埋めた。


「どうしたの? 気分悪い?」

「ちょっと。ごめん一人にしてもらってもいいかな」

「うん。薬はちゃんと飲んでるのよね?」

「毎日」

「分かった。お昼になったら呼ぶからね」


 母に一人にしてもらい考える。柑南は、結果が分かったとしたらどうなるのだろう。引き取るにしても近親相姦の末の子供だなんて誰にも言えやしないだろう。ただのシングルマザーだった娘のどこかしらの種を貰った子供。世間体はそれでいい。結果は柑南にはきっと隠すだろう。一生かもしれない。しかし弟が口を滑らす可能性もある。その結果柑南は歪むかもしれない。それだけは避けたい。


 母は、父とどうなるのだろう。最悪離婚もあり得る。そうなるとあちらで過ごすか。こちらへ帰ってくるか。柑南の負担が少ないならばこちらへと引っ越すのもありだろう。


 父と弟、そうして姉を許す事が出来そうにもない。家庭が崩壊するのは目に見えている。


 ああ、頭の中に幾つもの問題が渦巻いている。ぐちゃぐちゃだ。ああ、死にたいなあ。


 そう思いながら布団に横たわる。不安感が押し寄せてもう何もかもから逃げ出したくなった。誰にも言えない。けれど近々結果が分かった時、私はまだ人間で居られるだろうか。

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