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第七話

 花火大会の日の夕方、祖母の家の庭ではジンギスカンの準備が行われていた。八人の人数故に、炭火で焼くバーベキューコンロとバケツジンギスカンの二刀流である。ローテーブルの上に新聞紙を敷いてバケツを置く。アウトドアチェアが並べられ、切った野菜や肉などが乗ったトレーが置いてある。もう後は固形燃料に火を付けるだけだったが、追加でおにぎりを作っている伯母の手伝いを私はしていた。


「おにぎり握るとか久々だわ」

「おばちゃんお米食べたくなっちゃうんだよね」

「焼肉には白飯必須だし分かるな〜」


 世間話をしながらおにぎりを握っていく。具は昆布、伯母の漬けた梅干しなど。スタンダードなおにぎりを握り、海苔を巻きながら台所の窓から庭を見る。


「ばあちゃんもう座ってら」

「だってときちゃんにやすくんが居るんだもん。柑南くんだって居るし楽しみなんだよ」

「だといいけどね〜」


 伯母と十個ほどおにぎりを握り終え、手を洗った後、皿を盆に乗せて庭へと持っていく。父も昨日やって来てからと言うもの、夜はずっと伯父と酒を飲んでいる。伯父と父が設営や炭の準備などをしてくれたが、もう既に酒が入っている様であった。


「お待たせ〜」

「ときねえ〜俺も酒飲みたあい」

「おめーはジュースだ馬鹿」


 盆を置いた後コーラでも飲んでおけと弟にペットボトルを渡すとひいん、と泣きまねをする。弟に隣に座る柑南にも注いでやれと言えば紙コップになみなみとコーラを注ぎ泡を溢れさせていた。


「泡の存在を忘れていた」

「馬鹿すぎるでしょ」


 お前何年生きてるの? と聞けばまだ十九歳児です! とぶりっこポーズを取るので頭を余っていた新聞紙で思い切り叩いた。


 家族が集まり固形燃料に火を付けると野外バケツジンギスカンの始まりだ。牛脂で鍋にコーティングした後肉や野菜を乗せてゆく。じゅうじゅうと焼ける音を聞きながら父から奪った日本酒を飲む。焼き場は二つあるが、八人の大所帯になると肉を焼くスピードも上がる。鍋が空かない様にと伯父や母が肉を育てている。康之は焼けた肉を柑南のタレの入った紙皿にぽいぽいと入れている。あまりあげすぎても子供の胃袋を肉が占める事になるだろうと、もう片手に居る私は焼けた野菜を柑南の紙皿に入れていた。


「ちょっとお! 子供に野菜なんか食わせんじゃないわよお馬鹿!」

「あ〜? 野菜の素晴らしさ知らんのかタコ。野菜だって美味えぞ」

「おれナスが好き」

「ほら」

「裏切りだあ!」


 ぎゃあぎゃあ喚く弟を無視しつつ自分の分も確保する。ついでに片手におにぎりを持ち、米と肉とを交互に食べ進めていた。永久機関が完成してしまったな、なんて馬鹿げた事を思いながらも肉は減ってゆき、少しばかり残った辺りで家族の腹は満腹を迎えていた。


「父さん酒ちょうだい」

「俺にもください父上」

「ときわほれ」

「ありがとう」

「ねえ、俺は? 俺の分は? ねえちょっと、ねえ」


 ジンギスカンにはビールだと思うのだが、あまり炭酸が得意でない為日本酒を飲み進める。酔いが回り始めているのか少しばかりふわふわとしてきた。


「花火って七時だよね」

「まだ一時間はあるなあ〜。柑南くん俺と会場行かね?」

「おれはいいや」

「じゃあ俺ぼっちで行くか……寂しいわ」

「悲しい男だな……ナンパでもして来いよ。浴衣のお姉さんが一杯だぞ」

「きゃっほう! わたあめ買って来てあげるね〜」


 片付けからの逃避だろう。弟は家に入って財布とスマホを持つと歩道に出て会場へと向かって行った。それを見ていた伯父はなんだか心配そうな声色で父と話をしていた。


「何というか、元気だが軽い男に育ったな康之」

「あいつも良いところあるんですよ。ムードメーカーってやつです」

「確かに人当たりは良さそうだからな」


 康之を除く家族で片付けを始める。固形燃料に蓋をして火を止めると伯父が軍手をしながら鍋を外付けの水道へと持って行った。バケツを下ろして紙皿や敷いていた新聞紙を纏める。炭火はまだしばらく消えないだろうとの事で庭に放置するらしい。

 片付けと言っても大体捨てるものか残ったものの冷蔵などだけなので総出でやればすぐに終わった。


 祖母や伯父や伯母は居間に集まって花火が始まるまで食休みするべくテレビを見ている。父と母は別室に向かい、姉の家で見つけた契約書の話でもするのだろう。私はアウトドアチェアを二つ持ち、柑南と共に二回のベランダへと向かった。


「下からでも見えるんだけど、ここからの方が花火見やすいんだ」

「おれ昔は花火大会怖くて嫌いだったんだ」

「音大きいから怖いって人は居るからね。そう言う人も居るよ」


 今は平気だよ。と柑南が二つ並べたアウトドアチェアに座りながら話す。後三十分ほどで始まるだろう。ゲームで対戦をしながら待っていれば、どんどんどん、と空砲の音がしてきた。花火大会の日は昼間から空砲の音がするが、そろそろ始まりそうだ。空も大分暗くなっていた。


 打ち上がった一発目の光を全身で浴びながら、柑南と携帯ゲーム機を膝に乗せたまま花火を見つめた。


「あのさあ」

「何? 柑南」


 花火の打ち上がる音の合間に話す柑南の声に集中する。


「お母さんも見てるかな」


 そんな訳無いだろう。もう、死んでいるのだから。一瞬その言葉が突いて出そうになったが飲み込み、別の言葉を紡ぐ。


「……見てるよきっと」

「おれ、もうお母さんには会えないんだね」

「会えないね」


 柑南がこちらを見ながら話す。瞳に花火の色鮮やかな光が反射している。人間の物とは違うその瞳、明るくなり、暗くなりを繰り返すガラス玉の様なそれに、目を奪われる。


「世界の端っこに行っても会えない?」

「……例え、端っこに、最果てに行ったとしても、お母さんには会えないんだよ……」


 もう二度と会えないんだ。呟く様に告げたその声が聞こえたのか。柑南は顔を覆って俯いた。引き攣る様に肩が揺れる。嗚咽を漏らしながら柑南は泣いていた。花火の音の合間に、柑南の幼いそれが聞こえてきた。


 空を見上げて、小さな肩を抱いた。


 どれだけそうしていただろう。柑南が落ち着いてきたのを見て、何か飲み物を取ってくると家の中に入り階段を降りた。台所に入ろうとして、父と母の居るであろう部屋からの声に聞き耳を立てた。母が父に問い詰める声が聞こえてくる。父は無言で、後から母に話を聞こうとその場は離れた。冷蔵庫を開けてオレンジジュースを取ってコップに注いで二階に再び上がった。ベランダに居る柑南は俯いて花火を見てはいなかった。


「柑南、ジュース持ってきたよ」

「…………ありがとう」


 ジュースを渡してアウトドアチェアに腰掛け、誰にも言うつもりの無かった、自分だけの中に留めておこうと思っていた事を柑南に告げた。


「私、死ぬつもりで遠野に来たんだ」

「……え」

「私ね。ずっと昔から鬱病って言うのにかかってて、元気が無くなっちゃう病気なんだけれど。柑南のおばあちゃんにここでお休みしてきなさいって送り出されたんだ。そうして、二度と家に戻るつもりも無かったんだ。死のうと思って」

「なんで、死ぬの?」

「なんか、自分なんて存在するべきじゃないって思っちゃうんだ。死のうと思ってたら、姉ちゃんが死んじゃってさ。それどころじゃ無くなったよ」

「死なないでよ。ときわおばちゃん」

「柑南が居るから、死ぬのはやめるよ」


 誰にも言わないでね。と柑南に笑顔を向けてしい、と人差し指を口の前に添えた。


 しばらく二人無言で花火を見上げていればどこかから私の名を呼ぶ声が聞こえてきた。兼親の家の方から聞こえるな。と思いベランダから下を見れば暗いが花火の光から兼親の姿を確認出来た。金の目がきらりと花火が打ち上がる合間の暗闇に浮かび上がっていた。花火の光がなければ猫だと思うかもしれない。隣に来ていた柑南に下に降りようと告げ二人揃って下に向かって玄関へと出た。生垣の向こうに兼親が居る。


「おばんです〜」

「兼親どうしたの?」

「兄貴帰って来たから呼びに。うちの庭に来いよ」

「あ、健介さん?」

「鳥人の人だよね」

「そーそ。兄貴も会いたがってたから、ときわと柑南に」


 兼親の家の方へと移動する。兼親の家の庭はかなり開けているので花火がよく見える。縁側で、うちわを片手にしてる派手な赤色の鳥人が目に入った。


「こんばんは」

「あー! ときわちゃん!? 黄朽葉健介ですどうもこんばんは〜、あ、隣に居る子が柑南くんか」


 柑南がこんばんはと告げると、隣座ってよ。と縁側をとんとんと叩いた。柑南を健介の隣に座らせて、私も縁側に座った。


「鷹かな〜かっこいいね!」

「健介さんもかっこいいね」

「ありがとう! まさかこの遠野に僕以外の鳥人が居るとはなあ!」


 わしゃわしゃと柑南の頭を撫でる健介に、柑南は少したじろいでいた。兼親から聞いては居たが、コンゴウインコの顔に似合う様に見た目も性格も派手そうだ。兼親と同じく体も大きい。


 ときわちゃん大きくなったね〜との健介の言葉に曖昧に笑った。


「すみません、私、健介さんの事あまり覚えていなかったもので」

「聞いた聞いた! いや仕方ないよ〜、僕全寮制の高校上がった時、ときわちゃんまだ五歳だったもん」

「そうなんですか。姉は覚えていたんですかね」

「小学生くらいだし覚えててくれたら会いたかったけど、残念だったね……」

「……そうですね。姉もきっと会いたかったと思います」


 健介は兼親から姉の事を聞いているのだろう。目を伏せ姉を思い起こす。


「ちあきちゃんは元気な子だったからね。僕も構うの楽しかったな。ときわちゃんも後ついてきてくれて可愛かったんだよね〜」

「お母さんの小さい頃知ってるの?」

「ちあきちゃん、随分お転婆だったよ〜」


 蛙とか素手で捕まえて来るし、蛇で遊んでたし。と私のイメージに無い姉の事を話してくれた。


 健介が柑南の父親説も以前はあったが、姉の失踪に父の介入が分かった今の時点では健介が父親なのは可能性としては低いだろう。単に血筋からの先祖返りが柑南に起こった事だろうと私は結論付けていた。


「柑南くんは空を飛ぶの好きかい?」

「好きだけどすごく疲れる」

「僕でも疲れるんだから当たり前だって! でもやっぱり空飛べると色々仕事の選択肢広がるよ」

「健介さんってお仕事何なさってるんですか?」

「消防士だよ。飛べると梯子車の届かない高所に取り残された人の救出とか出来るからね」


 確かに鳥人ならば難しい救助活動は頼りになりそうだ。ヘリコプターでも難しい事だって多くあるだろうし、高層マンションなど求められる現場は多いのかもしれない。


「僕見た目派手だから自衛隊とかは無理なんだけど、柑南くん興味あったら調べてみたら?」

「おれ学校の先生になりたいよ」

「もう夢あるのか。良い事だね〜」


 初めて聞く柑南の夢に教師の柑南を想像してみた。結構人気の先生になるのではなかろうか。鷹の顔は凛々しい格好良さがあるし、女子生徒に人気が出そうだ。想像してこっそりと笑った。


「明日河原に行って飛んでみないかい? 柑南くん」

「いいの!?」

「僕居れるの今日明日だけだからね〜。そしたらちょっと旅行〜」

「行ってみなよ柑南」

「ときわおばちゃんは来ないの?」


 柑南の少し不満げな顔にぐ、と心臓を撃ち抜かれた。子供からの純粋な好意を貰えるとは思っていなかったので咳払いをしながら、起こしてくれたら一緒に行こう。と柑南にお願いする。花火の灯りを受けながら明日よろしくお願いします。と健介に告げ、兼親にもおやすみの挨拶をして黄朽葉宅を後にする。


 花火大会ももう終わりが近づいていた。ベランダに柑南と共に戻ると何故か康之がアウトドアチェアに座っていた。


「あれ、お前狩り終わったの?」


 返事がない康之の顔を覗き込むと寝ている。しかも酒臭い。


「うわこいつ酒飲んできやがったぞ。おじちゃんと親父にチクろう」

「ふがっ、あ、ときねえ……? わたあめ買ってきた……」


 康之が片手を上げるとわたあめの袋を持っている。戦隊モノの写真が印刷されたそれを受け取ると康之は再び眠りについてしまった。


「……わたあめ食べよっか」

「うん」


 柑南と共にしゃがみ込みながらわたあめの袋を開けて食べる。しゅわ、と溶けていくわたあめにどうにも懐かしさを感じてしまった。姉と共にお祭りに行った時に母に買ってもらった事を思い出す。


「美味しいね」

「ね」


 何故か笑いが込み上げてきて、くすくすと笑い始めると柑南も笑い出した。わたあめ片手に下の階に降りて伯父に康之が飲酒して帰ってきた事を告げ口した。

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