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第十六話

 九月に入って数日。私は道の駅、風の丘へと原付でやって来ていた。店内には物産品が並ぶコーナーや飲食できるフードコートなどがある。外に保護されている雛が蠢く燕の巣の写真を撮ったり、物産品を見て回り酒やお菓子などを買った袋を持ち、フードコートでジェラートを食べて体を冷やしていた。


 原付に乗った所で体に浴びる風はドライヤーの様な熱風だ。涼しくなる筈も無く、ただ単に自分が事故にあって死ぬ確率が自動車よりも上がるくらいで、数回乗った程度の慣れない運転なのもあり緊張するドライブだった。ガラス越しのテラス席にはジンギスカンを食べる客も見え、暑い中ご苦労様です。と心中で拝む。


 暑い熱いジンギスカンの後にソフトクリームやジェラートも最高だろうが、日を遮るものもないテラス席は夏には灼熱地獄に思える。市街地から離れている立地上、酒を飲んで帰ると言うのも難しく、バイパス沿いに点在するジンギスカン屋に行った方が楽しめると思うのだが。風景は良いのもあり、それ込みで楽しんでいるのだろう。土日ならば汽車も通る事もあり、出入り自由なテラスは撮り鉄が居る時もあるらしい。


 わさびジェラートうめ〜と舌鼓を打っていると、スマホに着信が入った。表示を確認すると母で、ライフラインの停止の確認だろうかと通話に出た。


「はい、どうしたの母さん」

「あんた今どこ」

「風の丘〜、ジェラート食ってる」


 美味いよ〜と呑気に母に話題を向けると無言が返ってくる。


「水道とか電気とかガス全部止まったよ。もう少し滞在したら帰るから」

「うん……ありがとう」

「何、どうしたよ」


 母の反応が悪い。ライフライン停止の件での電話では無いのだろう。柑南の事で何か起こったのだろうかと不安が生まれる。


 DNA検査の事で……、と歯切れの悪い母に、弟の所業が遂にバレたのだろうと察する。


「柑南の父親分かった感じ?」

「うん……」

「康之?」

「え? 違うけど……」


 え? と私は何故か嫌な予感がした。康之ってどう言う事、と母が私に聞いた事もあり、弟の奴はどうやら父親でも無く、母に姉と体の関係であった事も言っていないのだと察する。誤魔化す様に父親の検討が付いたのかと話を戻す。


「あのね、その……」

「うん」

「柑南からは、父さんのDNAは一切検出されなかった」

「よかったねえ」

「でも問題が起こったの」

「うん」

「柑南の父親、兄さんの可能性が浮上した」

「…………あ?」


 兄さん? 兄さんって、伯父の事か? 予想だにしない回答に、私の頭はすぐさま混乱状態に陥る。


「結果はね。私の血は確かにある。けれど、父方のDNAとして、私の兄弟の可能性が高いって……」


 私のDNAとの類似性がかなり高いって、書いてあって。との母の言葉に周りの騒音が遠くに聞こえる。何だそれは。あの姉貴伯父貴とも体のご関係を? と気持ち悪い想像図が出てきてすぐさまそれを振り払う。やけに自分の鼓動の音が大きく聞こえる。周りの環境音の方が大きい筈なのに。


 それLINEで写真送って、と母に告げて通話を切る。少し待つと写真でDNA鑑定書だろうものが送られてきた。鑑定文を読むと、祖父のDNAは一切検出されず、血縁関係は皆無。しかし母方のDNAと合致するDNAが強く見られる。父親は祖母である母方の近親者、近しい関係、兄弟である可能性が強い。と大まかに書いてある。


 私は頭を抱えた。人目を憚らず唸り声も上げた。頭が痛い。何も考えたくない。しかしそう言う訳にもいかなかったのだ。


 母に電話をするとひとコールする前に母が通話に出る。


「これ……兄さんに問い詰めた方がいいのかな……」

「待て母さん。絶対特攻はしないでほしい。聞くにしても私から聞く。それとこの件はおばちゃんにもばあちゃんにも絶対に言うなよ」

「それくらい正気は保ててるよ」

「いやー、何これ複雑すぎる。何だこの家系は馬鹿しか居ねえのか」

「ねえさっき康之の名前出たけどどう言う事」

「それは父さん問い詰めればわかるから、もう家庭内ゴタゴタパラダイスしていいよ。母さん怒ってもいい立場だから」

「その話聞くと康之と関係あったって聞き取れるんだけど」

「うん」

「うちの家系馬鹿しか居ないね」

「そうなんだよ。もっと早く気付いて欲しいよ」

「父さん殴っても許されると思う?」

「許す。私が許す」


 とりあえず私から伯父に探りを入れる。と母に告げる。暴走状態には至っては居ないが、母は姉の失踪で心労で寝込む人間だ。下手に伯父に関係を聞いた暁にはまた寝込む可能性が高い。


「あのさあ。やったとしてもよ? おっちゃんと姉ちゃんって妊娠する様な期間に会ってたっけ?」

「……ちあきまだこっちに居た時、おじちゃん達遊びに来た事あったでしょ。あんた従兄弟の翔ちゃん達とだけで街巡って、ちあきとおじちゃんは逸れて別行動してたって言ってたよね」


 ああ〜、と情けない声を出して机に頭を埋める。確かにその時に行為をしていたのならば、妊娠周期的にはほぼ合う気がする。家系的にも母方の人間には過去に鳥人が居たと以前祖母から聞いた。父方の血で無くとも柑南の様な鳥人が産まれてもおかしい事では無かった。


「しんどいしんどい待って〜情緒滅茶苦茶〜」

「私だって滅茶苦茶だよ。ときわあんた聞くにしても殺されない様にね」

「母さん実の兄貴に対してそんな危なっかしい人間だと思ってんの」

「あの人結婚してから厳しくなったでしょ。世間体守ろうとして情報持ってる人間殺すくらいやりそう」

「信用してやりなよ。いや信用もう地を這ってるか……」

「マントルまで真っ逆さまだよ!」


 人の娘に何手出してんのよ。と電話の向こうの母は息巻いている。それは当然の怒りだろう。娘に手を出した人間が自分の兄とか、私だったら吐く。姉弟の時点でも吐きそうだったのだから。


 絶対に母さんからは接触はしない事。と再三言いくるめて通話を切り、これから、どうしようか……と遠くを見つめた。溶け始めたジェラートに意識を戻して食べきり、私は兼親に電話をした。今の時間だったのなら昼休憩ではないかと思い、もう散々世話になっているのだし今更だ仕事の都合なぞ知るかと半ばやけくそになりながらスマホを耳に当ててコール音を聞く。


「よー、どした」


 数コール待つと呑気な兼親の声が聞こえ、電話越しなのに縋りついて泣いてしまいたくなった。


「お悩み相談室」

「あー? またなんかあったの?」

「大問題が発生しました」


 今夜ご予約を入れたいのですが……と兼親に恭しく言えば、夜七時縁側でお待ちします。と予約を取り付ける。休憩中失礼しました。と告げてフードコートの席を立ち、紙ナプキンとスプーンをゴミ箱に乱暴に放り込んだ。


 喫煙所に向かって煙草に火を付けて深く吸うと、何もかもが馬鹿らしくなってくる。はー、あほくさ。と呟き、伯父にどう話を切り出すかを考えた。まず前提として伯父と二人きりになるしかないが、祖母の家だと難しいだろう。そうすると何かしら理由をつけて二人で出かけるしかない。しかしそれだと私の安全性がどうなのか。と言う話になる。流石に母が言う様に殺しにかかってくる可能性は無いとは思うのだが、何かしら危害を加えられる可能性が完全に無いとは言い切れないだろう。男と女の力の差はどうやっても覆せない。とすると事情をほぼ知っている兼親を同行させるしか無いのだろうか。だがそれはそれで警戒される筈だ。


 難しい。考えるのは得意じゃねえんだよ〜なんて泣きたくなってくるが、もっと泣きたいのは母の方だ。電話越しではまだ気丈に振る舞っていたが、衝撃は計り知れない。自分の兄弟が孫の父親とか、最悪すぎである。


 食事会と称して伯父を連れ出す……と言うのも違和感がありまくる。普通に伯父と話したい事がある。と連れ出す方がまだ自然かもしれない。


 とりあえず、走るか。と煙草を灰皿に押しつけて捨てて原付の元へと向かった。帰りたくはないのだが、今から不自然な行動を取るのは後々響くかもしれない。これから伯父の嫌な面を知ったまま普通に接する事が出来るだろうか。


 バッグに買ったものを詰め、原付を走らせ、卯子酉神社に辿り着く。やっぱりもう少し心の準備をさせてください。と駐車場に原付を止めて鳥居を潜る。赤い布で覆い尽くされた異質感のある光景は夜に来たのならば不気味ひと言だろう。確かここは縁結びの神様だったよな……と思い至ったが今は藁にも縋りたい気分だったので、二百円賽銭を入れて置いてあった赤い布の切れ端にマジックで、生きて帰れます様に。と書き、左手で縄に布を結ぶ。


 この卯子酉神社は吊るされた縄に、好意を持つ人の名前を赤い布切れに書いて左手だけで結ぶと縁結びのご利益があるのだ。残念ながら私には縁を結びたいと言う人間は今後現れる事は無いだろう。


 賽銭箱の横に腰掛ける。なんだか和風の異世界にでも入った気分になった。ずっとこうしていたい。つまり帰りたくない。


 祖母は兎も角、伯母にどんな顔で会えばいいのだ。伯母には絶対に口を滑らせる訳にはいかない。父や康之が結果を知る事になるだろうが、あいつらは自分達のやって来た所業を棚上げして伯父に問い詰められる立場ではない。母が上手いこと口を塞いでくれる事を願う。


 じわじわみんみんと蝉の鳴き声だけが響くこの場所は、日差しも避けられ考え事をするには居心地が良かった。


 一時間程考えたり放心したり繰り返し座り込んでいたが、参拝客は一人も来なかった。重い腰を上げて駐車場まで歩く。日陰から出れば暑い日差しが肌を焼いた。


 現実逃避は辞めにして、帰るかあ。と原付に跨った。バイパスに向かう道路へと出て一旦ガソリンスタンドへと入る。セルフでガソリンを入れてから、祖母の家へと帰り着くと、祖母が居間でタブレットを手にYouTubeを見ていた様だ。


「ただいま」

「ん、おかえり」

「風の丘行ってきたんだけど、あっちいねえ」

「九月って言ってもまだ夏だがらな」

「実家帰ったらこっちより暑いとか嫌なんだけど」

「そろそろ帰るって言っでも、まだ何日がは居んだべ?」

「そうだけどさ、今日はお土産買ってきた」


 重いバッグをどさ、と下ろして手を洗いに洗面台へと向かう。居間に帰ろうとすると台所で祖母がアイスコーヒーのボトルとコップを手にしていた。コーヒー飲むべ? との言葉に是と返事をして居間で待つと氷が入れられたアイスコーヒーを二つ手に祖母が戻ってきた。目の前に置かれたアイスコーヒーに礼を言ってひと口飲む。


 すう、と胃から体が冷えていくのを感じながら、今は何を見ていたのかと祖母に聞けば、ジャニーズの動画らしい。祖母は嵐が好きだ。CDやライブのDVDなども持っていた筈だし、クリスマスプレゼントに推しのポスターを贈った事もあった。


「ニノ元気でいいね〜」

「赤ちゃんも産まれるしね。二人目」


 めんこいべな。とにこにこと微笑む祖母に、きっと孫の様に思っているのだろうとは分かったが、引っかかる事があった。柑南の事だ。


 突然現れた柑南に対して世話を焼いていてくれたのは一ヶ月間の生活でよく分かる。きっと可愛いとも思ってくれていた事だろうとも。しかし、実感はやはり薄かったのではとは思うのだ。今現在柑南の父親に伯父が候補、というか確定している事実。孫でありひ孫でもあるなんて知ったら祖母は悲しむだろうか。


 聞ける訳が無い。ず、とコーヒーを啜る。遠くで蝉の声に混じってつくつくぼうしの声が乗ってきた。風鈴の音色が耳に心地いい。しかし私自身はこの家は居心地が悪くて仕方がないと思い始めていた。今日の夜に兼親を訪ね相談するとは言え、あの伯父とあと数日間も共に寝食共にするのだ。不気味だ。


 外からの風に窓の方を向く。朝顔の繁茂したひさしから夏の光が緑色を纏って溢れている。暑いながらも八月当初よりも風は少しずつだが温度が下がってきているのではと感じた。隙間から覗く青空には雲は見えなかった。


「田舎って暇ねえ」

「だべが」

「暇だからばあちゃんYouTubeにハマってんじゃん」

「テレビつまんねえんだもの」


 嵐復活しねがな。と祖母は笑いながら画面から顔を上げた。生きている内に復活してくれるといいんだけれどね〜、なんて軽口を叩くと長生きしねばな。と呟く。祖母も八十後半の年齢だ。難しい事かもしれないとは思いつつ、そのうち復活すんでしょ。と投げやり気味に答えた。


 ダラダラとスマホを弄りながら過ごしていると日が傾いてきた。強い日差しが居間に入り込んでくる。米を研いでおこう。と席を立ち台所で米櫃を開いてボウルに米を計り入れ、水道の下で米をざくざくと研ぐ。研ぎ終え水を釜に計り入れていると伯母のただいまとの声が聞こえてきた。


 様子を見ようと台所から廊下に顔を出すと伯母がエコバッグを置いて靴を脱いでいた。引っ込んでから釜を炊飯器にセットしてしばらく浸水させる。


「ただいま〜」

「おかえりなさい」

「今日は焼き魚に小鉢と、八杯汁作ろっか」

「あー、八杯汁いいね。あっちだとカラフルな豆麩中々売ってないんだよね」


 お盆に食べた時も美味しかった。と盆になると実家でも作っている八杯汁と煮しめを思い出す。


 八杯汁は岩手近辺の郷土料理らしい。精進料理としての側面もあり、盆以外に葬式などでも出されるそうだ。肉は使わず、野菜や糸こん、豆腐、油揚げや椎茸や豆麩などが入った汁物だ。この家庭では緑や桃色など色鮮やかな色付けをされた豆麩を使っている。確か関東に移り住んでからは近場のスーパーに色付けされた豆麩が無かった事から私は色付きがいいと駄々をこねた記憶があり、遠出する際に見つけると母が買いだめをし備蓄しておくのだ。そうして実家で作る際にも八杯汁は可愛らしい色を纏った汁物として出てくる。


 八杯汁作っちゃうね。と材料を受け取り、まずは豆麩をボウルに移し水で戻す。干し椎茸はどうやら仕事に出る前に水に浸けていたらしく冷蔵庫から伯母が取り出した。


 じゃがいもと人参を洗う。じゃがいもの皮を剥いた後拍子切りにし、人参や豆腐も拍子切り。うちでは人参の皮は剥かない。油揚げを細く切り、糸こんもひと口サイズに切る。干し椎茸の水を切ってそれも細切りだ。片手鍋に具材と干し椎茸の戻し汁と水を入れて煮込む。具材に火が通っただろうくらいにめんつゆを入れ、他にほんだしや醤油、砂糖、塩で味を調節する。


 最後に水溶き片栗粉を入れてとろみが出るまで煮込めば完成だ。伯母に味見を頼み許可をいただく。


 料理は苦手だが無駄な事を考えずに済んでいい。伯父の事とか今は考えたくない。と言いつつ兼親へのお悩み相談室で考えざるを得ないのだが。


 横では伯母が小鉢に使うだろうほうれん草を鍋からザルに移して冷水で冷やしている。胡麻和えを作るらしく、ほうれん草をひと口大に切った後醤油と砂糖と胡麻で味付けをしている。


 炊飯器のスイッチを入れ、おじちゃんが帰ってくるくらいになったら魚焼こうね。と伯母が言う。伯父が帰ってくると言ってもまだ後一時間はあるだろう。伯母が風呂の掃除に行こうとしていた所を、昼間私がしておいたと引き止め麦茶と共に居間で休憩する。


「なんか日に焼けた? ときちゃん」

「日焼け止め塗ったけど焼けたかな。汗で流れちゃったかも」

「暑いと汗がね〜」

「制汗剤塗ったけど汗臭いかもしれん」

「ご飯食べたらお風呂入りなよ。今でもいいだろうけど」

「んー、入って来ようかな」


 お湯張ろうか? との言葉にシャワーだけで良いと返して着替えを取りに行き風呂場へと向かう。身をさっと清めて風呂場を出る。夏こそ湯船に浸かった方がいいとも言うが、確かに湯船に浸かった後に冷水シャワーを浴びると気持ちは良い。入浴施設であるサウナと水風呂の様な心地よさがある。


 Tシャツとハーフパンツに着替えて居間に戻ると二人はテレビのニュースを観ていた。そろそろ魚焼いておこうかな。と伯母が席を立ち台所へ行った。煙草でも吸うか。と煙草類を持ち祖母にひと声かけて玄関に出た。しゃがみ込みながら煙草に火を付けて深く吸い、煙を吐き出すと共に空を見上げた。


 夕空は赤く赤く、端の方は夜が顔を出していた。ぼけっとそれを眺めながら煙草を咥えて上下に動かし遊んでいると、おーい。と向かいから声がした。生垣の上から真っ黒な体毛に覆われた猫顔が見えた。


「よう」

「あらおかえりィ〜」

「たでーま。七時にな」

「うぃーす」


 兼親は確認しただけに様でひと言だけ言うと生垣の奥へ姿を消した。


 煙草からポロと灰が落ち、それを携帯灰皿に押しつけて二本目に火を付けた。もうそろそろ帰ってくる頃かと思っていると駐車場からドアを閉めるばん、と言う音が聞こえた。砂利を踏みしめながら伯父が玄関に向かって来た。


「お、ただいま」

「あ〜……おかえりなさい」


 へへ、とへらへら笑ったが顔が引き攣っているのが自分でも分かる。伯父は特に気にする事も無く家の中に入って行った。家の中から祖母や伯母の出迎える声が聞こえてくる。


 とりあえず不自然にならないくらいに関わって、飯を食って兼親んちに直行しようと決める。煙草を吸い終えて家の中に入れば焼き魚の匂いが漂っていた。


 台所に行くとダイニングテーブルにはもう料理が並べられていた。コンロの方ではじゅうじゅうと音を出しながらフライパンで伯母が魚を焼いている。後は焼き魚さえ焼ければ食べれる状態だ。伯父が荷物を置いて二階から降りてくると冷蔵庫からビールを取り出し椅子に座って飲み始めた。


「ばあちゃん呼んで来い」

「うん」

「あー焼けたよ。暑いわ〜」

「ばあちゃ〜ん。ご飯出来た〜」


 扉を開けてから呼べば祖母はテレビを消して台所へとやって来る。四人揃って席に着いていただきます。と食事を始める。


「ときわお前今日どこに行ったったの」


 伯父の問いに面倒と感じながらも答える。


「んえ? 風の丘と、卯子酉神社」

「お前好きな人いんのか?」

「居ないし今後も居ないだろうねえ」

「何しさ言ったんだか」


 伯父の問いに答えると祖母が笑い、冗談だろう言葉を言い始める。


「兼親くんはどうなの」

「兼親は友達だろ〜」

「仲いいのに勿体ねえな」

「別に……どうせ実家帰るしここに戻るつもりも無いし」

「いつまでふらふらしてんだ」

「はい出た〜結婚してないだけでふらふらしてるって言うの〜。そっちだって好き勝手やった結果が結婚なだけなのに独身をふらふら扱いすんなよ」


 結婚だけが生きるゴールでは無いのだ。というか寧ろ始まりでしか無く、人生の区切りとしての意味合いしか持たない。産まれた時代が結婚が絶対の時代で無く本当に良かったと思う。私は家族以外の誰かと共に暮らすとか絶対に無理だ。と以前付き合っていた男との関係で身に染みて分かった。ベタベタされ過ぎてノイローゼになるかと思ったものだ。


「古臭え田舎の常識を私には求めないでほしい」

「今の時代色んな形があってもいいよね」


 伯母が助け船を出してくれて従兄弟の話題へと転換してくれた。ありがとうおばちゃん。と考えながら急いで食事を食べ終える。


「ごめん兼親んち行くから洗い物自分のだけでも良い?」

「いいよー」

「ありがてえありがてえ」


 ちゃちゃっと洗い物を済ませスマホと煙草を持って兼親宅へと向かう。今は大体六時半程だ。玄関のインターホンを押すと大して時間もかからず兼親の母が出て来た。


「あらあ、ときちゃん。兼親今風呂に入ってっから、縁側待ってて。ビール要る?」

「こんばんは〜ビールは遠慮しておきます」

「じゃあ麦茶持ってってあげるからねえ」

「すみません、ありがとうございます」


 兼親宅の縁側にお邪魔して空を見ると月が出ている。庭からはコオロギが煩いくらい鳴いている。縁側の戸が開き、兼親の母が麦茶と菓子の入った盆を置いて行った。礼を言い見送って煙草に火を付ける。


 たたた、とスマホで近親相姦について調べる。散々以前から調べていた為、閲覧済みのページの色が変わっている。姪と伯父の関係だと叔姪婚と言うものがあるそうだが、日本では認められてはいない。ふう、と煙を吐き出す。これだったのなら、まだ姉弟間の近親相姦だった方がマシだったと今は思う。その方がうちの家庭内だけで完結したものを、伯父が参戦する事態によってややこしい事になった。すいすい、と検索ページを指で操作していると、後ろからからから、と音がした。甚兵衛姿の兼親が外に出て来た。


「よー、お悩み相談室開くぞ」

「飯食った?」

「酒飲むからささっと」


 どっこいしょういち、とじじ臭く縁側に座り込んだ兼親はかしゅ、と缶ビールを開けた。


「で、今度は何だよ」

「柑南の父親なんだけどさー」

「康之くんじゃなかった感じ?」

「伯父貴が確定したっぽい」

「はあ!?」


 ちいねえ節操なさ過ぎじゃ無い? との兼親の言葉に呆れながら同意する。


「で、どうやって話を聞き出そうかと」

「話聞き出すの必須なの? もう知らん体貫いて距離開けるでも良くない?」

「多分それだと母さんが納得せんのよ」


 親だったら子供に手出した奴に文句言いたいでしょ。と言えば兼親は気持ちは分かるけれども……、と言い淀む。


「でもおじさん、そんな事しそうなタイプじゃ無いよなあ」

「堅物な訳だし信じたくは無いんだけど、DNAは真実を語っちまったのさ」

「おばさんには絶対言うなよ」

「言えるかこんな事」


 で、呼び出す方法と同行を頼みに来ました。と頭を下げる。


「兼親頼む! 一人だと殺される!」

「そこまでせんだろ」

「田舎の糞爺ってのは世間体とかプライドとか高すぎるんだよ。分かんだろ」

「分かっけどよ〜」


 じゃあ俺と釣り行かないかって誘ってみな〜。と同行はしてくれるらしい。鮎釣りの鮎は美味かったのもあり、誘えば来てくれるかもしれない。倉庫にある釣竿を思い出し釣りは好きだろうと結論付けた。


「私、鍋倉展望台にでも呼び出そうかと思ってた」

「それくっそ危ないからやめとけよ。川も危ないっちゃ危ないけれど、俺居れば大丈夫でしょ多分」

「持つべきものは幼馴染だあ〜」

「正直幼馴染じゃなかったら放置してたよ俺」

「色々忘れていて申し訳ありません」

「そこまで根には持ってないから」


 ビールを煽っている兼親を見て放置していた麦茶のグラスを持つ。から、と溶けかけの氷が音を立てた。


「帰る前にどうにか決着だけは付けたいんだよね」

「いつ帰るんだっけ」

「日曜」

「じゃあ土曜に釣り行くぞ」


 絶対約束取り付けろよ。と兼親に凄まれる。ぶんぶん頭を振って頷くと、はあ〜と言いながら缶ビールを縁側に置いた。


「お前んち大変過ぎるな」

「そうだよ。母さん達も今頃弟の所業バレてごちゃごちゃしてる筈だしな」

「これ一番の被害者柑南だよな。歪みそう知ったら」

「柑南だけは守るよ」

「そうしてやれよ」


 絶対だからな。約束だからな。と指を刺しながら兼親が私に言い募る。


「これは絶対柑南には死ぬまで言わないって家庭内での約束事にする」

「当たり前だっての。現時点では柑南が父親の存在に固執してないのは良いけど、歳食うと分かんねえからな? 絶対何言われても言うなよ」

「言えるかー!!!」


 菓子の入った盆からチョコクッキーを乱暴に取り、包装を開けてこれまた乱暴に口に放る。ぼりぼりと音を立てながら食べると喉に詰まったので麦茶を一気飲みする。


「とりあえず約束取り付けたら、早瀬川に行くぞ。そんでその時俺は遠くから見てるから話切り出してみろ」

「ゔん」

「絶対に煽る様な事言うなよ。お前論破オタクみたいな時あるから絶対辞めろよ」

「そんな風に見ていたのか……私の事を」

「後先考えて無い時はあるだろ?」

「まあありますけど」


 馬鹿なのは自覚しているが、こう言われると結構命知らずな人間なのかもしれない。私と言う人間は。


「はい行ってきなさい」

「はいよおやすみ〜」

「死ぬなよ〜」

「勝手に殺すなよ。今から」


 じゃあな! と生垣の入り口から手を挙げて兼親宅を去る。祖母の家の玄関に向かうと網戸だけなのもあり、テレビの音と祖母達の笑い声が響いてきた。


「はいただいま」

「あーおかえりなさい」

「おじちゃん」

「ん、なした」

「土曜日兼親が鮎釣り行かね? って。おじちゃんと私と兼親で」

「あー釣りか。いいなあ」


 久々に釣竿出すか〜。と伯父は案外乗り気であった。


「鮎ご飯食べたいよね〜。それをするには人数居た方がいいだろうって」

「分かった。明日帰ってから色々用意しておく」

「ほーい、んでば私寝ます」


 もう寝るの? と伯母が私に聞いたが、ちょっと音楽聴きたいから、部屋に行ってそのまま寝る。と返す。特に引き止められる事もなく居間を後にした。


 寝泊まりしている部屋で布団を敷いて寝転んだ。伯父に問い詰めるのが怖くなってきたが、母を思うと特攻する可能性を考えやはり私が聞くしかないだろうと結論付けた。気が重くなりつつ、イヤホンを耳に挿して目を瞑った。

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