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第十五話

「本当に一人で大丈夫なの?」


 八月ももう終わろうと言う日。私は遠野駅に康之と柑南の見送りに来ていた。


 柑南に必要だろう荷物は粗方実家に送り、私はガスだったり電気水道のライフラインの停止の立ち会いに遠野に残る事になった。それくらい一人で可能だと母にも伝え、母の遠野への帰省は無しになった。柑南が通う事になる小学校での学校の手続きは終えたらしい。夏休み明けの始業式から一週間程は準備に充て、その後通う事になるそうだ。姉や私、弟が通った学校なのもあり、母が知っている先生が数人残っていたと聞いた。


 柑南はいつものショルダーバッグ一つに、康之はキャリーバッグとリュックを持って遠野駅構内のベンチに座っている。


「大丈夫、一人でも原付使えば姉ちゃんち向かえるし、それに本来の目的、私の療養が残っている」

「そういやそうだった。ばたばたしてたから忘れてた」

「今までばあちゃんち居るか姉ちゃんち居るかとかで全然どこも行ってないんだよ〜。二人送ったら市内歩いて回る」

「柑南の面倒もあった訳だしね〜お疲れ〜。まあ俺は金稼げなかったけれど結構楽しかったよ」

「お前は一人で結構色々巡ってたしな」


 そうだ。康之は柑南の世話を私に押しつけてどこかへ出掛けることが多かった。呑気に観光してんじゃないよ。と思いつつ本来沖縄で金を稼ぎたかった筈なのだから、と多少の我儘は許した。


「風の丘のアイス美味いから行ってみなよ。自ビールとか地酒も売ってるし、おじちゃんの原付あれば暑いの抜きにしても色々回れるでしょ」

「色々見て回りますよ〜」

「とぴあのゲーセン好きだよおれ」

「三十路にゲーセンは……」


 とぴあとは駅近くの商業施設だ。スーパーだったり服屋や靴屋など様々入っている。行くとそれなりに楽しめるのは理解できるのだが、ゲーセンは金が消えゆくのが目に見えているので行かない事にしよう。あれも一種のギャンブルなので。店員さんの温情はパチ屋よりあれども。


「はいこれ切符ね。新幹線と込みだから失くさない様に」

「ありがとうございます姉上」

「降車駅まで母さん迎えに来てくれるらしいから、それまで柑南の事お願いね」


 列車の到着まで後少しだ。駅構内にも人が少ないながらも増えてきた。飲み物買ったし、トイレも大丈夫だよね。と柑南に確認する。


「おれ列車乗るの初めてだなあ」

「まあ岩手はほぼ車移動だしな。あっち行ったら電車を飽きる程乗る事になるから」


 そういえば姉の車の処分はどうするのか。と康之に聞かれる。仙台に住む従兄弟が足が欲しいらしいと以前言っていたのもあり、伯母経由でそのうち譲る事になっている。多少は金が入ってくるだろうし、母にその管理は任せるつもりだ。


「まあ売るなり廃車するよりはいいよな」

「残したいってのもあるしね〜。あの家だって母さんが父さん脅して取っとく事になったでしょ」


 康之は父が姉を遠野送りにした件を知っている。康之は複雑そうな笑みを浮かべた。


「あれだな。色々ご迷惑を」

「それ母さんに一番に言う事だからそれまで取っとけよばーか」

「列車そろそろ来るよ」


 ちらほらホームに向かう人が現れ、柑南と康之もベンチから立ち上がった。


「じゃあそろそろ行くよ。見送りありがとね、ときねえ」

「ありがとう、ときわおばちゃん」

「おーおー、弟と違って可愛いなあ柑南よ」

「何この差は」

「お前のやらかしによる差だよ」


 改札に向かい、切符にスタンプを押してホームに出た二人。こちらを振り返って手を振ると同時にゆっくりと新花巻へ向かう列車が入ってきた。乗り込んだのか見えなくなり、しばらくして列車が動き出す。これで康之と柑南の見送りは完了した。


 私は駅から出て祖母から借りた日傘を差す。どこに行こうか。と思いながら図書館へ向かう道を歩き出す。以前健介が居た時に鍋倉展望台へ向かう際に通ったのは覚えている。閑散とはしていたが、観光客らしき人とすれ違ったりもした。遠くに道の隅に置き看板が見えた。なにがし雑貨店と書かれており、入ってみる事にした。


 からからと引き戸を開けて中に入ると、いらっしゃいませ。とカウンターの向こうに女性が座っている。こんにちは、と会釈をして店内を見ると、ハンドメイド品などを扱っている雑貨店らしい。ピアスやTシャツ、陶器に手編みだろう籠バッグなども置かれている。物珍しいもので溢れている事もありゆっくりとこじんまりとした店内を回る。


 ふと、柔らかな絵が描かれているポストカードが目に入った。一枚手に取ってみる。


「そちら、市内に住む作家さんの作品なんですよ」

「あ、そうなんですか」


 母に送ってみようか。と一枚買ってみる事にした。会計を済ませて店を出る。バッグにポストカードをしまい、どこか観光出来る場所はあるかと歩き出す。そういえば図書館に博物館が併設されていたな。とそちらに向かうと事にした。


 図書館と併設されている博物館の受付で料金を払い館内を見て回る。まだ幼い頃遠野に居た時に一度母と姉とで来た記憶がある。と言っても子供には退屈な空間だった。館内は幼い頃訪れた時より綺麗になっておりリニューアルされた様で遠野物語に関する展示や、城下町であった時分のミニチュア展示などもあった。お面がずらりと飾られたスペースや、古い時代に使われていた小物や道具などの展示を見て回る。こう言った田舎町に触れる機会も関東に引っ越してからは全く無かったのもあり、それなりに物珍しく見て回れた。


 と言っても一時間かそこらで軽く見れば充分に感じて博物館を出た。飯屋でも探すかとスマホを開いて検索する。やまごや。と言う名を見て親子で行った事を思い出して地図を頼りに東へ向かって歩き出す。


 街中はあまり徒歩の人間は見ない。車社会なのもある。閑散とした商店街を抜けた先に店を見つけて立ち止まる。ボードにメニューなど書かれており、おすすめなのだろうか。と一考したのち、店内に入る。それなりに賑わっていたが、一人の客は私だけの様で奥まった席に通される。メニューを見ると、ジョッキパフェと言うメニューを見つける。定食目的でやって来たが、ジョッキパフェ、正直言って興味がそそられそれを頼んだ。


 お冷を飲みながらスマホを弄って次はどこに行こうかと考えを巡らせる。市内と言ってもそこまで広くはない。歩いて巡れる範囲には目ぼしい場所も特にはなく、散歩するだけでもいいか。と結論づけた。


 お待たせしました。とジョッキパフェを運んでくれた店員に礼を言い、スマホで食べる前に撮影する。母にLINEで写真を送ると、やまごやでしょ。とすぐに返事が返ってきた。どうやら幼い頃私は姉と共にジョッキパフェを食べていたらしい。見た目のインパクトで覚えていそうなものを覚えていないとか、と自分の記憶力を呪いたくなる。


 ひと口口にすれば、母の話もきっかけだろうが、なんとなしに幼い頃の姉が向かいの席に座っている様な錯覚に陥った。あーん、と私に生クリームとアイスを掬って食べさせてくれた事を思い出す。


「……あーん」


 ぼそ、と呟きながら口にパフェを運ぶ。一人で何をしているのだろうか。と笑いたくなった。


 何故一人でこんなカロリー爆弾を食べているのだろう。姉と、もう一度来たかったな。


 姉に会いたかった。生きて会いたかった。柑南を選んだ姉を呪いたくなった。私を好いていたのならば、共に居る道はなかったのだろうか。弟の子だったとしても、私はそれを受け入れていたと思う。姉にとって後ろめたい存在だったのだろうか、柑南の存在は。私が男だったのなら、姉の情を受け入れただろうか。姉が男だったのなら……いや、それだけはきっと無理だったと思う。私にとって姉は姉でしかなく、同性でも異性でも、姉を拒絶していたと思う。


 ならば何故私は泣きそうになっているのだろう。今更、どうしてこんなに今更。


 この街には姉との思い出はさして無い。関東に移り住んでからの方が圧倒的に多い。けれど、幼い頃の郷愁に浸るには充分過ぎる量だった。今更姉がもう居ない現実を突きつけられている。


 黙々とジョッキパフェを食べ進める。もう何処にも居やしない姉が憎たらしくて堪らない。会いたかったと、死ぬ前に私に電話をくれるくらい良かったのではないか。と。


 苛立ちをぶつける相手はもうこの世には居ない。何処にもいない。悲しんで戻ってくるなら幾らでも悲しむ。姉の死体と対面した時や葬式の時だって戻ってくるのなら無理矢理にでも泣いた。でもそんな事はあり得ない。


 馬鹿らしい。


 死んだ人間を罵倒するくらいならば、何の行動も起こさなかった自分を呪うべきなのだ。


 ジョッキパフェを食べ終わった後、ポストカードを取り出して、メモ帳に挟んであったボールペンを取る。実家の住所を書き殴って、イラストが描かれていない空白に「姉ちゃんの馬鹿。死ぬなよ馬鹿。そう思わない母さん!」と母宛なんだか姉宛なんだかよくわからないものが出来上がった。


 書き殴った後、会計と礼をして店を後にした。近場の郵便局でポストカードを出した後は、市内をぶらつきつつも考えるのは姉の死ばかりで、祖母の家に帰ってからは布団に潜り込んでただ幼い頃の姉の面影を夢見ていた。

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