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第十三話

 上郷小学校が始まってから一日経った。柑南と昼間から居間でゲームをしていると、祖母が咳き込む声が聞こえてきた。


「ばあちゃん大丈夫?」

「んー風邪引いだがもしれね。ちょっと部屋で寝でくる」

「スポドリとか買ってこようか?」

「いい、いい、寝でれば治んべし」


 祖母が部屋へと引っ込んで行ったのを見た柑南は、大丈夫かなあ? と不安げだった。


「お粥でも作る? まだ昼前だし、お腹空いたって起きてくるかもしれないし」

「作る!」


 柑南がゲームを辞めて台所に向かっていくのを見て、私は別室にいるであろう弟の元へと向かう。床に寝そべりながら康之はスマホを覗き込んでいる。


「おい暇人」

「んー? 何」

「ばあちゃん風邪っぽいからスポドリ買って来い。私は柑南と粥を作る」

「え、ばあちゃん大丈夫なの?」

「分かんねえから買って来いって言ってんのよ。薬は多分どっかにあると思うから探すけど、冷えピタとかも買って来て」

「分かった」


 行ってくるわ〜と財布を持って玄関に向かう弟を見送り、台所へと向かう。柑南は小さめの片手鍋を棚から出している所だった。


「柑南はお粥作ったことある?」

「雑炊なら……」

「雑炊はあんまし消化に良くないんだよね。生米から煮た方が消化には良いんだ」


 今家に居るのは祖母と私と柑南だけだ。母は転校書類と柑南の転出届の他に、姉の遺骨と位牌を持ち実家へと向かったし、伯父は仕事で伯母は買い物だ。


 お米二分の一合お願いします。と柑南にボウルを渡して米櫃から米を量らせる。水道で軽く洗い、鍋に生米を入れる。柑南に水を六百ミリリットル程量らせ、鍋にその水も入れてコンロの火をつけた。


「最初はあんましいじらない方が良いんだって」

「へー」

「煮立ってきたら焦げ付かない様に混ぜ合わせます。まあそれまでなんもする事ないです」

「じゃあ躍る?」

「躍るか〜」


 柑南と二人でどたどたと踊り始めると古い家故に音も響けば床や棚も揺れる。うわ! と声がしたと思えば買い物に行っていたであろう伯母が台所の入り口に立っていた。


「何々、どうしたの」

「お粥煮えるまで踊ってた」

「あっはっは! 踊ってたの! 何か儀式でもしてるのかと思った!」


 サバトでも開かれているのかと思った。との伯母の言葉に少々恥ずかしくなる。どうしてお粥作ってるの? と伯母が尋ね、祖母の具合が良くないと柑南が答える。風邪薬はあるかと聞くとちょっと待っててね。と台所を出て行った。


「この家で踊るのはやめよう。崩壊する」

「壊れたら大変だね」


 踊りを辞めて二人で鍋を見つめて沸騰してきた所を混ぜていると、あったよ〜と伯母が薬を持ってきた。


「今康之に飲み物買いに行かせてるから、お粥出来たら一緒にばあちゃんに持ってくわ」

「柑南くん作ってくれたって知ったらきっと喜ぶよ」

「そっかな?」


 だってひ孫が可愛くない訳ないもん。と伯母が言えば柑南は俯く。


「殆ど知らないひ孫でも?」

「うん。だってちあきちゃんの子供なんだから」

「んー、そっかあ」

「そうだぞ柑南。孫が可愛けりゃひ孫だって可愛いもんなんだよ」

「ふうん」


 じゃあそう言う事にしておきます。と柑南が大人びた口調で言えば、私と伯母で笑い声を上げる。


 お粥を弱火の火にかけ隙間を開けて蓋をする。三、四十分ばかり煮えるのを待ちながら台所のダイニングテーブルの椅子に腰掛けて康之を待っていた。


「今日の夕飯の買い物行ったんだよね」

「うん、茄子安かったから挟み揚げでも作ろうかと思って」

「大伯母ちゃんの料理美味しいから好きだよ」

「そ? ありがとうね柑南くん」

「お母さんの料理は美味かったか?」


 お母さんの料理も美味しかったよ。と柑南がオレンジジュース片手に話す。何が好きだったかと聞けばオムライスだそうだ。


「オムライスは美味えよなあ」

「あのね、ふわとろのやつだったよ」

「私は料理下手くそだと言うのに、あの姉ちゃんがそんな洒落たものを作れたとは」

「まあ子供の食育にはある程度力量無いとね」


 多少の努力は必要です。と言い切る伯母に流石二人を育て切った親だと感心する。言うてうちの親は三人育てているが腕は普通だと思う。


 ただいま〜。と台所の入り口から康之が入って来た。スポドリとアイスを買って来たらしく、昼食が終わったら皆で食べたいらしい。


「スポドリ冷やしとくね〜。お粥出来た?」

「まだまだ」

「ちょっと見学〜」


 コンロの方に向かって片手鍋の蓋を開けて見学し始めた弟に柑南も気になったのか向かって行った。


「康之くんも居るし、あっち行っても大丈夫そうだね」


 伯母のその言葉に、私は何とも言えない。康之が柑南の父親の可能性が高い事が存在している事に頭を抱えたくなる。というか抱えた。


 私を見て伯母は不安な事があるのかと聞いてきた。本心を言う訳にもいかず、別の不安をこぼす事にした。


「学校馴染めるかなってさ」

「やっぱり異種族って言うのがネックなのかな」


 嘘は言っていない。不安は本当の事だ。康之と鍋を見ながら話している柑南をちら、と盗み見てから向かいに座る伯母に顔を戻す。


「学校内の事あんまし介入出来ないだろうし、いじめとかあったらどうしようとか不安がねえ」

「ときちゃん小学校の時って異種族居なかったの?」

「居ないね。おばちゃんの学校には居たの?」

「一人居たよ」

「え、マジで?」

「うん、兎の獣人だったけど。やっぱり目立ってはいたね〜」


 伯母は隣の市の釜石出身だった筈だ。いじめとかよりは、物珍しさみたいな感じで最初は見ていたそうだが、学年が上がるにつれ殆ど人間相手と変わらない空気になっていたそうだ。柑南もそうなれば良いが、周りの生徒の性格やコミュニティにも寄るだろう。正直運が絡んでくる。


「あんまり気負わずに居た方がいいよ。あっちだったら多少離れてても、転校とかまだ出来るだろうし」

「あー、まあ確かに。私姉ちゃんと同じ学校ではあったけれど、割と近場にも他に学校あったしな」

「ね? 不安は分かるけれど、多分柑南くんなら大丈夫だよ」

「だといいんですけどねえ」


 そろそろ混ぜてみてもいい? と柑南が声をかけてきた。伯母が立ち上がり鍋の様子を見に向かう。


 柑南と康之の背を見る。お互い笑い合っている姿はまるで兄弟の様にも見えた。親子だなんて信じたくない。未だにそう思っている。結果はまだ分かってはいないと言うのに、だ。柑南が人間だったのなら見目で弟の子だとひと目で分かったかもしれない。それはそれで複雑だな。と思いつつ、煙草を吸ってくる。と声をかけて玄関先に出た。煙草の他にスマホを持って。


 スマホのロックを解除してLINEから父のスマホに着信をかける。六コール程で父が出た。


「ときわどうした?」

「……聞きたい事あってさ。母さん居る?」

「いや、今小学校に行ってる」

「あのさあ」

「なんだ?」

「柑南って康之の子供なの。本当に」

「…………康之が言ったのか?」

「うん」


 やっぱりどうしたって弟に聞く勇気は出なかった。だったらいっそ父に聞いてしまえ。と電話をしたのだ。父は全て知っているのではと、姉が死んだ理由も知っているのではと。


 電話口の父は少しばかり黙り込み、恐らくそうだ。と重く口を開いた。その言葉に弟の虚言の可能性は消え失せた。それに腹の底が鉛でも落ちたかの様に重く冷えてゆく。目を瞑りながら父の声を聞いた。


「ちあきが他で作ってきた可能性は無くはない。けれど、二人して言うもんだからな……。多分、そうだと思うぞ」

「父さん、姉ちゃんを遠野に送った後、電話とかする事なかったの」

「あったよ。柑南が小学校に上がった時とか」

「それ以外では!」


 強い口調で父に問い詰めると父は再びだんまりになる。


「あるって事ね」

「それは……」

「父さん、本当は姉ちゃん死んだ理由知ってるんじゃないの!?」

「…………はあ、……ちあきが亡くなる数日前」

「なんて言ってたの」

「柑南に、会わせたいって」

「康之に、でしょ」

「いや、お前にだ。ときわ」

「は? な、なんで私なの?」


 自分の名前が出てきた事に動揺してしまう。父は言葉を続ける。


「分からん。けれどときわに理由を言う訳にもいかないと伝えた。……ちあきが死んだ時にでもならなければ、ときわには会わせられないだろうと」

「え……? じゃあ何か、姉ちゃん、そんな事のために死んだって事、なの。なんで警察はスマホ調べなかったの! それで理由分かってっ」

「……いつも、公衆電話からかけてくる。だから、警察も分からなかったんだろう」


 姉が私に柑南を会わせたいから? そんな事の為に死を選んだ? そんな馬鹿な話があってたまるか。


 私の心の内に、姉は私の事を忘れては居なかったのだと言う安堵と、くだらない理由で死を選んだ事への憤りが湧き上がっていた。


「なんで私なんかの為にっ」

「なんか、とか、言うんじゃない」

「だって!」

「ちあきにとっては、康之は兄弟じゃなく男だった。けれどお前は姉妹(きょうだい)だった。ちあきにとって、お前は大切だったんだ。きっと」

「姉妹の為に子供を置いて逝く奴があるか馬鹿野郎!」


 そう言い捨てて父との通話を切った。しゃがみ込み膝に顔を埋めた。頭の中が整理できない。考えが纏まらない。だって子供を置いて自分の妹を優先? 馬鹿らしい馬鹿らしい馬鹿だ馬鹿だ馬鹿だ。そんな事があってたまるものか。なんで死んだの。弟はどうでも良くなった? 母さんや父さんは? なんで私なんかを。なんでどうして。


 目を思い切り瞑る。涙は出ては来なかった。只管に何故、どうしてと繰り返す。


 じわじわと油蝉の声が辺りを満たしている。家の中から柑南の笑い声が聞こえてくる。あの子を置いて、なんで死んだんだ。可愛がっていただろう息子を置いて、どうして。


「どうしてっ……」


 答えてくれる人はもう居ない。柑南の笑い声が家の中から響いていた。

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