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第十一話

「種族検査? 俺もやったよ」


 鮎釣りから数日後の夜、黄朽葉宅の縁側に座りながら兼親と話をしていた。柑南から聞いた種族検査の事を聞くとそう返ってきた。


「兄貴もやった筈だし、俺の爺さんの時はそう言うの無かったとは思うから多分自己申告。で、爺さんに似てるし俺が黒豹って分かって爺さんも黒豹だろうって事で」

「あー、お爺さんの時代は確かに無いか、検査とか。お爺さんってもうお亡くなりに?」


 そう聞くと、兼親が生まれる少し前に兼親の祖父は亡くなったそうだ。そうして何故今更検査の話になったのか。と兼親が私に聞く。


「柑南検査やってなかったのか?」

「いや、やったらしいんだけど、ちょっと訳ありってか。端的に言うとただのDNA検査なんよ」

「ちいねえの子供で間違いないんだろ?」

「父親の特定にね……」

「父親?」

「……お悩み相談権使っていい?」

「いいぞ」


 一瞬言うべきか否か躊躇う。しかし言ってしまおう。と腹を決める。もう結果は分かりきっていると兼親だけに教える事にした。以前花火大会の翌日に鍋倉展望台に赴いた際、弟から聞かされた内容を兼親に伝える。柑南の父親が弟の康之の可能性が高いと言う事を。


「………………」

「分かる。絶句する気持ち分かるよ兼親」

「う、ん。いやそれは確かに複雑な気持ちになるな……」

「結果次第では家庭崩壊免れられなさそうなこの状況、どうしたらいいんだ本当」


 膝に肘を乗せて顔を覆う。ついでに重いため息も出る。


「なる様にしかならんわなあそりゃ」

「もう姉貴がビッチで手当たり次第に男食ってて、父親が行きずりの男である事を願う事しか出来ねえんだわ」

「これに関しては俺なんも言えねえわ。申し訳ないが」


 家庭内ごたごたパラダイスが後十日程で訪れるのを考えて益々気が重くなる。


「それおばさんが一番ダメージでかいんじゃないか?」

「だと思うよ。姉ちゃん居なくなって寝込んでた訳だし」

「柑南には隠してはおくんだろう?」

「弟との子供だったとしても一生隠すよ。自分が近親相姦の末に生まれた子供とか知ったら思春期絶対ぐれるでしょ」

「俺だったらそうなる」

「でしょー?」


 仮に自身が近親相姦の末の子供だと親から告げられたのなら人間不信になる事間違いない。子供が背負う業としては最悪すぎる。


 子供は親を選んで産まれてくると言う人間がいるが、そんなものはない。子供を産むと言うのは親となる男女の最大のエゴだ。だからこそ、子供が幸せに生きる事が出来るよう親は最大限の補償をしなければならない。親のエゴで産んでおきながら、勝手に産まれてきたなんて言っている奴が居るのならば私はそいつを殴ってやりたい。自分のエゴで産み落とした一人の人間を蔑ろにし捨てる様な人間は私は大嫌いだし軽蔑する。人として最低な人間以下だと。


 そしてそれはきっと姉にも弟にも当てはまるのだ。だからこそ許す事が出来る気がしない。そう独り言の様に吐き捨てた私に兼親は、俺も同意だ。と呟く。


「子供だって一人の人間なんだよな。家族であっても他人なんだ。自分とは全く違う思考を持って違う姿をしていて、でもそれでも愛して尊重する事を出来る人間が初めて親を名乗れるんだ」


 兼親は獣人だ。人間と姿形が違い、時に血の繋がりだって怪しまれる事もあっただろう。それでもこう言えると言う事は、兼親は確かに親に愛され尊ばれたヒトだったのだろう。


 羨ましいよ。と消え入りそうな声で溢すと、兼親がお前はそうじゃなかったのか? と疑問を投げかけてきた。


「うーん、きっと愛されてるとは思うよ。少なくとも母親からはね」

「親父さんは、義理だもんなあ」

「親父だって良くしてくれてたけれどさ〜、親父が遠野に姉ちゃん送った張本人だからさ〜」

「うわ、まだ隠し事あったのか」

「姉ちゃんの妊娠分かってから、姉ちゃんが絶対産むって聞かなかったからここに送ったんだと」

「島流しじゃんそれ」


 そりゃ親不信にもなるわな〜。と兼親がかしゅ、と缶ビールを開けた。酒の肴にするな。


「でもよ、おばさん本当にちいねえが遠野に居る事知らなかったのかな」

「なんで」

「いや、仕事とかしっかりやってた訳でしょちいねえ。柑南も居るし、親だったら住民票が移動したとか見れたんじゃない? 知ってる可能性あるだろ」

「あー、住民票か。ワンチャンありそうだな。あの人姉ちゃんから失踪理由聞くの怖いからって知らんふりしてそう」

「聞いてみるといいよ。もう今更だし腹割って話してみろって」

「そうするか〜」


 兼親にビール少しくれ、と缶ビールを奪って飲む。飲まなきゃやってらんねえよな。


「そういや、あずまくんだっけ? 前釣りの時聞いた柑南の友達」

「ん? うん」


 思い出したが釣り中の雑談であずまの事を話していたのだった。


「そろそろ小学校夏休み終わるだろうし、会わせるなら今のうちだと思うぞ」

「そういやこっち三十日までじゃないんだったな、夏休み」

「俺は関東の方の夏休み明けが九月一日だって言うのが羨ましかったが、その分冬休みは長いからな。しかしまあ冬休みってやる事無いんだけど」

「雪に閉ざされてる訳だしな……」


 精々友達の家に篭ってゲームが関の山だ。と兼親が取り返したビールを飲みながら告げる。


「柑南に電話させてみるか」

「それがいい。家庭崩壊前に会わせておけ」

「他人事だと思って……」

「実際他人事だし」


 俺には残念ながら力にはなれそうにない。と呟く兼親。真顔の兼親の横顔を見て、縁側の後ろから漏れる光を頼りに庭木に目を移す。


「帰りたくね〜気が重すぎる」

「いつでもお悩み相談賜りますので、ご利用お待ちしております」

「それを酒の肴にすんだろーが」

「酒でも飲まねえとやってらんねえよ聞かされる方も」

「それはすまん。もっと楽しい話題提供出来たらよかったんだけれど、そう上手くはいかないものなあ」


 空を見上げると月が浮かんでいる。星は背中から溢れる光で見え難いが一等星は確認できた。


「ちゃんと向き合うしかないんだよな」

「……逃げたいからって自殺とか考えんなよ」

「状況による」

「お前の葬式嫌なんだけど行くの」

「うう〜嫌われてるよお」

「嫌ってねえし」


 友達死んだら悲しいの当たり前だろう。その言葉にあいつを思い出す。


 悲しかったし、憎いと思ったし、嘘だと思いたかった。でも死んだらもう一生戻る事はない。生き返るなんて空想上のものだけだ。あいつはどこに行ったんだろう。地獄か、天国か。姉だってどこに行ったかもわからない。そもそも今生きるこの世こそが地獄で、死んだならば苦も楽も無いどこか別の次元へと行けるのではと思う事すらある。


 私にとってこの世こそが地獄だった。人々は躍起になって生きる意味を探しながら生きて、自分には生きる意味を探す気力も何も無い。生きる意味なんて後付けでしかなく、殆どの人間は何の意味も無く生きている。ただ腹が減るから、眠いから、死ぬのが怖いから、死ぬなんて考えたこともないから。そんな本能に従った生き方しか出来ない人間の方が多いのではないだろうか。


 親が居れば親の為と思って人生を生きる。子供が居ればきっと子供の為にと人生を捧げて生きる。そういう普通、ありふれている理由がある人間が私は羨ましい。


 あいつは何の為に生きていただろうか。姉は柑南の為に生きていた筈なのに、何故死を選んだのか。何もかも分からなかった。


 結局他人でしかない。血の繋がりがあった所で頭の内を理解出来る人間は居ない。足元に目を移して呆けていると、小さな子供の足が視界に入った。


「柑南どうした?」

「そろそろときわおばちゃんお風呂に入りなさいって」

「あー、ごめん呼びに来させて。そろそろ帰るわ兼親」

「おー、でばね〜おやすみ」

「おやすみ〜」


 縁側から立ち上がり兼親に手を振って挨拶を交わしてから、柑南に手を引かれて生垣の通り道に向かう。祖母の家の玄関前でそういえば、と兼親に話された事を思い出した。


「ねえ柑南。小学校ってそろそろ夏休み終わる?」

「うん、二十五まで」

「あー、じゃあその前に一回あずまくんに会う?」

「いいの?」

「まあ私暇だし、あの家で待つし。遊べるなら遊んでおいでよ」

「うん!」

「あと、小学校で一回おばあちゃんと私とで先生とお話しなきゃいけないし、その時上郷連れて行ってあげられると思うけど、……ごめん、多分小学校はもう行かせてあげられないかも」

「そっかあ……」

「ごめんね柑南」

「んーん、仕方ないよ」


 お母さん、死んじゃったんだもん。その言葉に腹の底が重くなる。子供に言わせるには残酷すぎる言葉だ。話題を変えようと夏休みに付き物の宿題の事を切り出す。


「あれだな。夏休みの宿題は免除かな」

「え!」

「あれ、やっちゃってた?」

「夏休み初日で全部やっちゃった……」

「おお……初日に終わらせるタイプだったか。姉ちゃんとは大違いだ」


 柑南のお母さんは最終日に泣きながら片付けるタイプだったぞ。と言うと、だからあんなに褒めてくれたのかな? と姉は宿題をしっかりとやる柑南を褒めちぎって居たらしい。鳶が鷹を産むとはこう言う事。


 弟も私も最終日前まで溜め込んでいたのを思い出しながら家の中に入った。

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