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第十話

「釣り日和ですなあ」


 さんさんと暑い日差しが降り注ぐ中、私達は早瀬川に来ていた。伯母から借りた麦わら帽子を被っているが頭が熱くて仕方がない。ウェーダーを着用して兼親が用意してくれた釣竿片手に河原に集っていた。


「はい、これから川に入りますが、水分補給はこまめにお願いします。分かったか柑南に康之くん」

「はい先生」

「なるべく気を付けて柑南の事を見ておく事。大人陣お願いします」

「サワガニ居る?」

「橋の下の浅瀬辺りに居るかも。あんまり深いところは入るなよ柑南」

「はあい」


 柑南と康之は水着姿であった。康之は釣りよりも川遊びの方がしたいらしく、柑南のメインの目付けは康之が行う事になった。兼親の言葉に従いなるべく柑南を目の届く場所に居させる事になる。康之が居るし大丈夫だろうとは思うが、もしもがあったのなら姉に申し訳が立たない。いや、姉の本性を知った今申し訳ないなんて感情は無いに等しいが、柑南は別だ。


 鮎釣りは友釣りを行うらしく仕組みの説明をされたが、釣りゲームで謎の知識を得ている為に私の理解は早かった。釣りを開始する為に川に入る。深くはないが足を取られたらすっ転びそうだ。


 兼親と話をしながらの釣りを始める。


「ここら辺って鮎だけしか居ないの?」

「カジカとかも居る。渓流の方とか行くとヤマメとかも居るし」

「渓流釣りとか熊出そうで怖いな」

「だから今回は鮎釣りなんだよ。友達にも熊見たって奴居るし」


 学校でも熊出たりしてたぞ。と言う兼親の言葉に田舎って結構危険度高いのだな。釣竿はまだ反応はしていないが、鮎が釣れたらやはり塩焼きが良いのだろうか。


「塩焼きは鉄板だけれど、甘露煮とか鮎ご飯とかかな」

「あー鮎ご飯いいね。ありつけるかは謎だけど」

「釣りって運みたいな所もあるからなあ」


 首に巻いたタオルで汗を拭いながら、日焼け止めも適宜塗り直した方が良さそうだ。川下で柑南と康之のはしゃぎ声が聞こえてくる。


 蝉の鳴き声に川の流れる音、いかにも長閑な田舎だ。橋の下に燕が巣を作っているのか、燕らしき鳥が何羽も行き来している。そろそろ蜻蛉なども餌に捕まえてくる燕も居るだろうと兼親が教えてくれた。


「子育てって大変なのねえ」

「柑南の子育てってどうだったんだろうな」


 鳥人は母乳で育つのか? と兼親に聞けば乳首が食いちぎられる可能性があるので基本粉ミルクが一般的なのだそうだ。健介の幼児期の話を聞いたらしいが、鳥人も獣人も子育ては大変だったとお袋が言っていた。と兼親が答えた。


「お爺さんが獣人だったと言え鳥人は大変そうだな……」

「生まれてくるとしても獣人だろうと思ってたらしいからな。一人目で鳥人が来るとは思わないと思う、普通は」

「色物兄弟だなあ」

「それなりに有名だったからな……。色々苦労したよ。お」


 兼親の竿が引いたらしく竿を引けば鮎が二尾。片方は友釣りの鮎だが、結構大ぶりの鮎が釣れた様だ。針を外して魚籠代わりの引き舟に鮎を入れていると私の竿も引いた。力強く引っ張ると鮎が宙を飛んだ。結構癖になるなと兼親に言うと、だろう? と笑っている。


「海釣りもいいけれど、川も中々良いだろ?」

「面白いねー。あ、釣り繋がりなんだけれど、わかさぎ釣りも興味あるよ」

「わかさぎか。あれも結構楽しいぞ」

「やった事あるんだ」


 昔友人に連れて行ってもらった事があるらしい。岩手でもやっている場所はあるそうだ。冬の岩手は寒いので正直勘弁だ。除雪の行き届いていない場所があると車は足を取られる事もあるらしく最悪数時間足止め、寒さ以外にも事故の可能性を考えると雪の降りにくい千葉は冬場は便利だろう。


 夏といえば蒸し暑い地獄に思えたが、遠野はあちらよりも幾分マシだ。遠野の夏は好きな分類に入るかもしれないと強い日差しの中考える。コンクリートが都会よりも少ないのも暑さの違いの一つだろう。


 遠くからときわおばちゃーん、と柑南の声が聞こえた。橋の下から陸をサンダルを履いてやって来た柑南にどうしたのかと聞けばサワガニを見つけたらしく手に小さなカニを摘んでいた。


「サワガニ本当に居るんだ」

「格好いいでしょ!」

「この川、俺らの親世代が子供の頃は蛍居たらしいからな。サワガニも数は少なくなって来てるんだろうが、まだ綺麗な川なんだろう」


 昔よりは汚れただろうけれど。その言葉に両親や伯父や伯母の子供時代を考えるが、そういえば伯父に鼻に豆を突っ込まれたとか母が言っていたな。今では想像出来ないが、伯父も母の兄として生きていた時代もあっただろう。誰にだって想像し得ない過去はあるものだ。一面だけしか持ち得ない人間なんてどんな国にも居やしない。皆多面的で色んな側面があるものだ。


 数日前伯父に憤りを感じていた事に子供っぽかったなと自分を恥いる。


 柑南が橋の下に戻って行くのを確認した後、兼親に尋ねた。


「兼親って苦手な親戚とかって居る?」

「居るちゃ居るけど、なんで」

「いや、伯父貴の事ちょっとね」

「まあ自分の父親とかじゃない限り、接触とか別に必要最小限で良いだろう、親戚なんてそんなもんだよ」

「だよね〜」


 ある程度の人間には親戚は居るし問題だって起きるのは日常茶飯事なのだから、あまり気負いすぎるのもどうかと思う。兼親の言う事は最もだ。


 鮎釣りに興じながら橋の上に目をやると、欄干に腕を置いて川を望んでいる人が見える。しばらくするとバイパスの方面へと歩いて行った。少し前は私もあちら側だった。鮎釣りなんて珍しいと川や釣り人を観察する側。


 川に目線を落とすと、魚影がちらと見えた。近くに居なければ見えないものもあるのだろう。遠すぎても近すぎても見えない。人だって正確に見るには少しばかり距離があった方が分かる事も多かろう。


 伯父が浮かんだ後康之の顔が浮かぶ。もう少し、康之の話を聞くべきだろうかと考えていると釣竿が引いた。


「お! 二匹目!」


 釣竿を引くと水面から鮎が現れ宙でばたばたと身をくねらせている。針から外して引き舟に入れる。


「夕飯分取れるかな」

「どうかな〜。今は食いつき良いけれど、縄張りとかもあるからな。乱獲するのも良くないし」


 夏から秋にかけて鮎釣りは盛んらしいが、田舎故にそこまで人が居る訳でも無いそうだ。他愛無い会話をしていれば兼親の釣竿が引いた。食いついていたのは鮎ではなかった。


「うわ! 何それ!」

「あー、カジカだわ」


 友釣りに引っかかるなんて珍しい事もあるな〜とのんびりした口調で針から外して引き舟に入れる兼親。


「カジカってどんな調理法があるの?」

「鮎みたいに塩焼きだったり、あー、フライもいけるかな。あと汁物とか」

「結構あるな〜」

「早瀬川だと割とメジャーな魚だよカジカ。狙って釣る人はあまり居ないと思うけれど、たまにかかるんだよな」


 川の中に立ちつつ場所を移したり話をしたり、柑南達の様子を遠目で観察したりしていると日も傾き始めた。川遊びに飽きたのだろう柑南と康之が私達の近くの河原で座りながら話をしていた。着替えたらしく上にTシャツを着ている。柑南は祖母の傘で日を避け、康之も帽子で日除けをしていた。


「そっち人数分釣れたよな?」

「釣れたよ〜大量ですね。ぼうずにならなくてよかったよ」

「そろそろ上がるか」


 ざばざばと水をかき分けながら河原へと上がると柑南がもう終わりかと聞いてきた。兼親が終わりだと言えば、帰りにコンビニでアイスを食べたいらしい。私達も日に長時間当たっていた事もあり内側から冷やしたいとウェーダーを脱いで車に乗り込む。帰り道でアイスを買ってコンビニの横で四人揃ってアイスを食べる。


「かー! うっめえ」

「酒飲みのおっさんかよ」

「うめえ!」

「柑南くん真似しちゃってんじゃん。やめろよときねえ」

「柑南だっていつかおっさんになるのだから予行練習ですよ」

「おれ、おっさんになっちゃうんだ……」

「いや、何十年先の話してんの」


 柑南がおっさんになった所で見た目で年齢なんぞほぼわからないのだから構わないだろう。未来で教師になっていたとしてもギャップで人気の先生になれる事だ。


 アイスを食べ終えてほど近い家に帰り着く。兼親と別れて引き舟片手に三人で家の中に入ると祖母が迎えてくれた。


「ばあちゃんいっぱい取れたよ」

「あら、いがったね」

「これ今日何して食べようか。やっぱ塩焼き?」

「塩焼きと鮎ご飯にすっぺが」

「あーいいね」


 捌き方教えて〜と台所に祖母と共に向かう。柑南は康之に任せて風呂に向かわせ、台所で祖母から鮎の捌き方を教わる。黙々と習った事を思い出しながら捌いていると、祖母がぽつりと呟く。


「おめ、兼親くんと仲良いなあ」

「あー、まあ友達みたいな感じになってきたかな」

「ちっさい頃おめはら仲いがったもんなあ。元通りになっでいがったね」

「何? 私兼親と喧嘩でもした事ある?」

「いんや、おめようぐお姉さんしてらったよ」

「ふーん」


 全く覚えていない。薄情な奴だよ、と自分でも思う。母はどこか出掛けているのかと聞くと夕飯の買い出しに行っているらしい。


「今日は夕飯豪華になるね〜」

「まだ釣りさ行っでこ」

「あっちーから曇りの時だったらいいよ」


 これ捌いたら風呂入るか〜なんて言っていると母が帰ってきたらしく玄関が開く音が遠くで聞こえた。廊下から台所に入ってきた母は私と祖母を見て何をしているのかと問うてきた。鮎を捌いていると言えば、母は珍しい事もあるものね。と呟く。


「何? 貶されてる?」

「いや、あんた魚捌くのやった事殆ど無いでしょ」

「良い機会を頂きまして」

「魚料理帰ったら作って。なめろうとか」

「初心者に三枚おろしは難しいよ〜」


 鯵とか一尾で売っている事が殆どだと思っているので、三枚おろしをしなければならないのは正直苦痛だ。料理はそこまで得意ではないのだ。実家では母に頼りきりである。


 その後柑南と康之が風呂から上がってきたタイミングで私も鮎を捌き終えて母と祖母に託して風呂へと着替えを持って向かった。シャワーで汗を流し、汗のべたつきが消えてすっきりとしてくる。頭を洗い体を洗った後、ぬるめの湯船に浸かる。


 風呂場の古い壁を見つめながら、今後どうなるのだろうと、ふと考えが浮かんできた。柑南の事も康之の事も、父の事も、母はきっと傷つくだろう。私に出来るのは傍観する事しかない。殆ど蚊帳の外の話になるだろう。姉の妹、弟の姉であっても、母以上に傷つく事はきっとない。


 湯船にタオルを付けてぶくぶくとくらげを作り遊ぶ。数分遊んでそろそろ出るかと勢いを付けて湯船から上がり、軽くシャワーで流した後脱衣所に出る。着替えて台所に行くと祖母が米を研いでいる。母は居間かと向かうと康之一人がスマホを弄っていた。


「母さんは?」

「柑南呼んで寝泊まりしてる部屋行った」


 その言葉に部屋に向かうと、母が柑南の口に綿棒を突っ込んでいた。DNA採取キットが届いたのだろう。はい、いいよー。との声に柑南の口から綿棒を母が引き抜き細いボトルにそれを入れる。


「採取キット届いたんだね」

「うん、今日ね」

「これ何するの? 種族の検査なら昔やったよ?」

「種族検査?」

「うん」


 柑南の話だと、獣人、鳥人、爬虫類人は自分の種族種類を検査する為に五歳ほどになると検査キットが送られて来るのだと。そうして検査をして正確な種族を知る事が出来るらしい。柑南は鷹だが、正確にはクマタカと言う種類なのだそうだ。


 スマホを取り出してクマタカと検索してみると、確かに柑南とそっくりの鷹が出てきた。


「へー、種族検査ってあるんだ。そう言うの見た目で判断するものかと思ってた」

「柑南、これはね。柑南のルーツを知る為に調べるの。どこにご先祖様が居たのか、とかそう言うの」

「ふうん?」


 おれ別に知らなくても良いけどな〜。と柑南は母の嘘を疑わずに信じている。騙している事に罪悪感は抱くが、正直に言う事が出来る理由でも無い。


 ちょっとこれ出してくるね。と母は部屋を出て行った。残された柑南に、あれって本当なの? と問われる。


「嘘ではないね」

「そっか」


 ゲームやろ! と柑南は話題を終わらせて私に笑顔を向ける。夕飯までゲームをした後、祖母と母が作った鮎料理にありついた。

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