風魔小太郎
◾︎帰宅中
江梨から帰る間、豊前守は考えて込んでいるようだった。
堀越御所近くに所領を持つ豊前守は是非とも味方に加えておきたい存在だが敵対の道を選ぶのなら仕方ない。その時は潰すまでだ。
肝心な支度も済んでいないのでしばらく先になるが。
無事に御所に帰ると父から海はどうだったかと聞かれたので、土地は有限だが海は無限に広がっていると思ったと伝えたら、頻りに頷いていた。何をそんなに納得しているのだろうか。
○ ○ ○
◾︎堀越御所
翌日、祖父が尋ねてきた。
「若様、三島城の御殿が完成いたしました。すぐにでもお入りになれますぞ」
三島城は伊豆国の国府を取り込む形で築城している駿河伊豆国境沿いの城だ。未来の三島駅周辺で西は境川を天然の堀に、東には伊豆国の一宮を城下町に納める大きな城だ。
時代柄、石垣技術が発展しきれていないので天守や外堀にまで石垣を積む余裕はなかったが、二重の堀を持つこの時代にしては堅固な城になったと思う。
この辺りを押えながら西を睨む分には十分だろう。
たまに様子を見に行ってはいたが仕来りやら勉強やらでほとんど祖父に任せっきりになってしまっていた。武士の子供は辛い。
「直々の報告感謝する。それとお爺様。そんなに堅苦しい言葉を使わずとも良いのですよ」
そんな祖父は俺に対して一線を引いて接してくる。
いくら俺が足利の世継ぎとしても祖父も関東管領を務めたことのある犬懸上杉家の出身。そして現在は堀越公方の執事を務めている。俺の母方の曽祖父の上杉禅秀の乱で地盤が無くなったと言えど関東では貴種だろうに。だからこそかもしれないけど、この時代ならもう少し野心があるべきだ(偏見)。
「ご勘弁を。我が孫とはいえ若様は堀越公方のお世継ぎ。これが限界でございます」
とにこやかに返してくる。これでも最初よりは柔らかくなった方だ。
「仕方ありませんな、お爺様は。では父上に許可を頂け次第三島城の御殿に移ることとする。手筈を頼む」
築城許可をもらった段階で了承は得ているので大丈夫だろう。執事に仕事を押し付けているのは怒られるかもしれないが。おっと忘れていた。
「ところで風魔の件はどうなった?」
そう告げると祖父が大きくため息を吐いた。
「若様は本当にあの者共を召し抱えるおつもりですか?調べましたが素性の分からない者共ですぞ」
「もちろん。これからの俺に必要な者たちだ」
祖父はやれやれといった感じで首を振っている。
風魔とは北条5代に使えたとされる風魔小太郎のことだ。足柄のどこかにという話を聞いたので祖父に探してもらっていた。俺が何度も頼んでようやくであった。
「――仕方ありませぬな。使者を遣わしましょう」
その時だった。
「その必要はごさいません」
どこかから声が聞こえた。
咄嗟に脇差に手を構え声のした方向を向く。
部屋の隅に不思議な雰囲気を纏った男がいた。
鍛えられた大きな体格を持ちながら、1度目を離したら忘れてしまいそうなほど平凡な見た目をしている。
「お主が風魔小太郎か――」
「いかにも」
ここ御所なんだけど。よくここまで当然のように入ってこれたな。
「どこから聞いていたのだ?」
「最初からに」
思わず失笑が漏れてしまった。最初から聞かれていたということは前々から見張られていたわけだ。
「お爺様、つけられていたようではないか」
「申し訳ごさいません」
頭を下げる祖父によいと手で制した。あとで励ましておこう。そして風魔小太郎に改めて向き直る。
「素直に姿を現したということは話を聞きに来てくれたのかな?」
「は。我らを召し抱えようとする御方なぞ古今東西を探しても貴方様だけでしょう。ならば、その御姿を拝まねばなりますまい」
「それはあまりにも不敬ぞ!」
「お爺様。お静かに」
おお、お爺様が元気を取り戻した。叱ったら少し萎んだけど。風魔小太郎の表情に変化は――いや少し笑ってるな。
「それで何を聞きたいのだ?」
「我らをどう扱うのかをお聞きしたい」
扱いを聞いてくるのは当然だな。風魔が一体どれほどの規模の集団なのかは分からないが、第一は集団の存続だろう。
それにしても登場から思っていたが感触は悪くないな。
「基本的には情報の収集と操作をお願いしたい。破壊工作を頼むこともあるかもしれないが、命を最優先で動いてもらおうと考えている」
「命、にございますか?」
言葉にした風魔小太郎もそうだが祖父も不思議そうな表情をしている。
「ああ。兵法には『彼を知り己を知れば百戦危うからず』と言う言葉がある。敵にしろ味方にしろまずは知らなければ兵をどう動かすのかも決められないのだ。知るためには情報を持った者がその情報を届けなければならない。だから死んではならぬのだ」
伝わったかな。武功は分かりやすい功ではあるが、功をあげるにも相手の情報が必要だ。情報の伝達には人の手を手が必要なのだが、武士はその辺を軽視するのだ。軽視というよりは受け身と言うべきか。
「民も武士も公家も、そして素破も。皆が畳の上で死ねる世を目指すのだからな」




