打ち上がる
遅くなりました。
表現のネタ切れで執筆が停滞気味でした。
◾︎相模国玉縄城
全てが闇に包み隠される深夜。
それは謀を巡らすには相応しい時だ。
「敵連合軍の兵が大庭城近くに着陣、包囲するようにございます」
「それぞれの本陣は?」
「兵の動きからして、古河公方が早川城、山内は城の北東、扇谷は城の西に。詳しくはこちらをご覧くださいませ」
小太郎より手渡された紙には大まかな敵軍の配置が描かれていた。
連合軍の本陣は大庭城の北。
その周囲を古河公方傘下の国衆が固め、城の東を山内、西を扇谷、残る南を離反した相模の国人地侍とそれらをまとめる山内家の人間で包囲をするようだ。
各家の本陣が大庭城の西から北東にかけて敷かれたことから察するに、一応俺に背中を見せない程度には警戒されているらしい。
「古河公方が陣を前に出す気配はあるか?」
「今のところございませぬ。しかし、これまで敵対してきた両上杉と古河公方傘下国衆だけではただの烏合の衆。いずれ古河公方も出てきましょう」
そうなんだよな。古河御所と両上杉の関係を考えれば、古河公方が包囲に加わらねば連合軍がまとまらないのは自明の理。
それなのに何故か、古河公方が相模国に入った時点で2つの謀の開始を指示してしまった。
「少し逸ったかな。昨日は左衛門尉の蜂起、今頃は鉢形城・川越城・古河御所の炎上。これでは、古河公方を引き付けるどころか撤退させてしまう」
反省を口にすると小太郎がくすくすと笑うので、訝しげな視線を送ってやれば仕方ないといった様子で小太郎が答える。
「御所様は謀を好まれますが、一度に複数の謀を仕掛けると1つの謀が予想を超えた効果を発揮し、当初の計算が狂ってばかりですな」
「言ってくれるな。複数の物事を同時に行うのは苦手なのだ」
「これは御無礼を……」
笑いながら言われても説得力はないぞ、小太郎。
俺の欠点。それはマルチタスクができないこと。
瞬間的に行わなければならないマルチタスク程苦手なものはない。
精度が低くても構わないのならば、マルチタスクもできないことはない。
同じ論理で、長期的なマルチタスクは得意である。長期ならばタスク1つ1つの精度が低くとも幾らでも修正できる機会は訪れるわけで。
まあ、前世からの性分なもんで中々直せなくて困っている。
「謀多きは勝ち、少なきは負ける」
「孫子ですな」
正確には、『算多きは勝ち、算少なきは勝たず』。
未来では、謀神毛利元就の言葉として前者の方が馴染み深いかもしれない。
その場合、出典が元就が嫡子隆元に宛てた書状、当主教育か説教に用いられた文言というのが個人的にはツボだ。
「1つの謀では達成できないことは他の謀で補えばよい。謀に謀を重ね、勝機を見出した時、戦を始める。それこそが孫子の兵法だと俺は思う」
孫子はできうる限り戦をするなと言っているので、今の状況はあまり良くないんだろうな。
孫子にとって戦わずして勝つことが最上。戦とは外交の最後の手段なのだ。
それには全くもって同意する。
これまで俺が起こした戦も、合戦とはならず奇襲で方を付けるものが多かった。
それは、戦という最終手段の行使の中でも、様々な資源を喪失させる合戦こそが戦を最終手段たらしめる原因であるからだ。
そして今。俺のすぐ近くで大きな合戦が発生しようとしている。いや、発生させた。
「さて、今宵、謀は成った。これより関東に楔を打つ」
〇 〇 〇
◾︎相模国高座郡?鎌倉郡?
「敵は動揺しているようだな」
「各勢力の本拠地が何故か揃って燃えたのです。動揺するのも仕方なきことかと」
共に敵陣の様子を眺めに来た四郎左衛門は、言われなくても分かっているぞ、と胡散臭いものを見るような目を俺に向けてくる。
「ささ、用が済んだなら戻りますぞ」
四郎左衛門は俺を早く本陣に帰したいのだろう。一言交わしただけで帰陣を促してきた。
逆らう必要はないので大人しく従っておく。
本陣、馬廻りしかいないので本陣とは呼べない集団の元に戻ると、各隊に策の最終段階への移行を指示する伝令を放つ。
「明日の早朝仕掛ける。皆もそう心得よ」
〇 〇 〇
◾︎相模国高座郡
未だ視界に闇だけが広がる翌日早朝。
湿った空気を目一杯吸い込んでは吐き出す行為をを何度も繰り返し、ようやく心を落ち着かせる。
「弓と矢を」
手を出せば用意されていた弓矢が手渡される。
しばらく空が明らむのを待ち、機を見て弓に鏑矢を番える。
そして放った。
鏑矢の音は連鎖するかのように続け様に打ち上がり、次第にこの時代には馴染みのない爆発音に塗り替えられていった。
ご都合物語なので定番の物は作品内時間軸で5年前には出来上がってます。




