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豆州から飛び立つ  作者: 練習中
1480年〜
3/58

足場固め



◾︎伊豆国田方郡江梨村


 今日は駿河湾に面した江梨へやって来た。この地を治めるのは鈴木家だ。この地は伊豆半島のにしの付け根近くになる。


 父に海を見たいと伝えたところ最初は渋られたが、在地国人の普段の生活を見ることがより優れた公方となるために必須だと答えたところ認めてくれた。

 それに外山豊前守を護衛として付けてくれた。僥倖僥倖。


 屋敷の者に案内されて部屋に入ると鈴木兵庫助繁宗と富永四郎左衛門政直が既に待っていた。


「待たせてすまぬ。四郎左衛門もわざわざ呼び出してすまぬな」


「茶々丸様のお呼びとあらばどこへでも馳せ参じる次第にございます」


 この四郎左衛門。後に北条五色備えに名を連ねることになる富永某の血縁者だと思う。それに金山のある土肥を治めている。大事にしなければ。


「して、此度呼び出しも面白いことがあるので?」


 顔に笑みを浮かべながら問いかけてきたのは兵庫助。この地の領主である。


「人払いを、豊前守はそのままで」


 人払いを告げると横に控えていた豊前守が腰を浮かせたのでそのまま控えているように伝え座らせた。

 人払いもすぐに済んだようだ。


「今日は要件があって集まってもらった。まずは船の進捗はどうか?」


 2人の顔を見ると少し誇らしげだ。


「竜骨船になりますがまもなく完成いたします。兵庫助殿の船と併せて来月頭には調練を始められましょう」


「おお、よくやってくれた!」


 思わず手を叩いて喜んでしまった。依頼したのが昨年。1から作ってこんな短期間で完成するとはよく頑張ったものだと思う。正直、もう少し時間がかかるものかと考えていた。


「これも全て茶々丸様が与えてくださった知識があってこそのもの」

 

「では販路の構築も順調か?」


「は。西は伊勢国、東は武蔵国まで、守護や国人に身分を隠して売り付けておりますわ」


 と兵庫介。順調そうだな。ここでの売り物とは石鹸と清酒だ。

 清酒はともかく石鹸は作り方を詳しく知らなかった。5年前に作成を開始して2年かけて完成、そこから安易な量産方法探しに1年、世に安定して出せるようになったのが2年前となる。

 それからは清酒と石鹸を使ってこの2人と誼を結び、竜骨船の造船や統治について頻繁に意見を交わしてきた。製作の結果としては十分だ。



「船については後で見せてもらうとしよう。さて、ここからが本題だ」


 この言葉に空気が変わる。兵庫介と四郎左衛門がかしこまった。


「例の件だが考えてくれたか?」


 あえて高圧的に。足利の血筋による威光ではなく、俺個人に元にひれ伏せ、と。


「鈴木家、茶々丸様に臣従いたします」


「富永家も同じく茶々丸に臣従いたします」


「そうか、臣従してくれるか!」


 隣で豊前守が2人の宣言に変な声を出して驚いている。例の件とはある条件を呑んだ上での二家の臣従についてだ。


 そもそも堀越公方と伊豆の国衆は微妙な関係にある。


 元々伊豆国の守護は約2.30年前までは関東管領を継承する山内上杉家だった。しかし、山内上杉家内部の権力争いや堀越公方の成立等によりいつの間にか山内上杉家と伊豆国衆の間の帰属関係が曖昧になっていた。

 そこに堀越公方が入ってきたからといって新たな主従関係ができたわけではない。畿内からやって来た堀越公方側は国衆を当然のように配下と見なしているが、国衆側は御所は自分の土地を納めるための権威であり緩やかな従属関係としか認識していなかった。


 そんな関係であったはずの国衆が俺個人とはいえ足利の人間に臣従するというのだ。豊前守も今は堀越公方の重臣と言えど元は伊豆韮山の一国衆。この2人の判断に何を思うのか。


「では5年だ。5年で伊豆を俺のものとする。小言が煩いお方もいらっしゃるがそんなものは無視だ。伊豆国から天下を取る!」


「「はっ!」」


「豊前守に話していなかったがこういうことだ。父上も知っておらぬがな」


 兵庫介と四郎左衛門が勢い良く平伏する横で豊前守がほうけている。これまでの時代なら仕方ないが、これからは違う。時は既に戦国時代なのだ。何れは去就を明らかにしてもらわなければ。



○ ○ ○



◾︎伊豆国田方郡江梨村


 幾つか今後について話し合い、兵庫介と四郎左衛門が下がるとしばらく放心状態であった豊前守が再起動した。


「わ、若様は、一体何をされるつもりですか?」


 その声には怒りが感じられる。足利の者が権威を振り翳すことに怒ったか、幕府による秩序を乱すこと嫌ったか、もっと小さく現状が崩れることを嫌がったか。


「足利の世はまさに争いの世だ。先年は畿内で将軍家や管領家の跡目争いを元にした応仁の乱、関東ではそれ以前から鎌倉公方を中心とした戦が今も尚続いている。俺はその全てを武と文を持って治め、二度と戦国の世に戻さぬ政をしたいと考えている」


 ここで一旦区切る。建前としてはこれで十分だろう。実際はお城建てたいなんて言えないし。


「それは京の大樹や公方様のなされることでは?」


「できると思うか?日の本の全土で争っていたのを止められなかったのだぞ」


 元々守護大名の家督相続に口を出してきた足利将軍家。俺の曽祖父にあたる3代義満の頃までは力で押し切れていたが、代を経るごとに、特に祖父義教が嘉吉の変で殺されたことが幕府の権威を揺るがしたのか。次第に抑えきれなくなり今の時代では将軍家すら家督争いをするようになってしまった。


「最近はお変わりになられたが父上も以前は己が血の定めに固執しておられた。そなたなら知っておろう」


 豊前守の瞳が揺れた。父が伊豆国へやって来て約20年だ。それだけの時を共にすれば思い当たる節があるだろう。


「そういった因縁を無くしていかなければならない。それが足利家に生まれた者の使命だ」


 

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