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豆州から飛び立つ  作者: 練習中
1494年〜
23/58

待ちの時



◾︎駿河国駿東郡葛山館


「よくぞ我が館へお越しくださいました、()()()


「内示だけで任官されると決まったわけではないぞ、備中守」


 そんなくだらないやり取りをしているこの場所は、葛山備中守を長とする葛山氏の館である。

 

 目と鼻の先には葛山城がある。

 

 葛山城は南北に細長い平野西部の小高い山に築かれた山城で、支城と連携した防衛を行うそうだ。

 しかし、後の時代に今川北条武田の間で何度も所属が変わることを考えると、物理的にも心理的にも堅牢だとはとてもではないが思えない。

 

 とは言っても、三島城から北におよそ三里の距離にあり、敵に攻め込まれた時には最終防衛ラインとなる。

 

 将来的に本拠地を移動させるにしろ箱根の西側を固める存在は必要だ。


 今回の訪問も、御所という武家の貴種が、わざわざ側室候補との顔合わせを相手の生家で行うことで、両家の結束を内外へ見せ付ける政治的パフォーマンスの一種である。


 しかし、今回の訪問の本命は別にあるのだ。

 

 それにしても、この時代の夏は未来の地球に比べればかなり涼しい。

 馬に揺られこの城に辿り着くまでに、アスファルトで舗装された道路がないおかげか、とても快適だった。


 あの不快な暑さを感じないだけでも儲けものだ。

 

 部屋に通され備中守から葛山領内のあれこれを聞いていると、本命が案内されてきた。


「おもてをあげよ。直答を許す」


「はっ。都留郡谷村を治める小山田耕雲と申します」


 そう言って頭を上げたのは甲斐国都留郡に所領を持つ小山田氏の当主小山田耕雲。元の名を小山田“信長”という。


 初めてその名を聞いた時は思わずドキッとしてしまった。“織田信長”のフルネームよりも“信長”という名の方が恐怖が過ぎるというか。


 まあ、気にしても仕方ないことではある。“信”を通字にした家が多い甲斐国でたまに発生し、武田氏2代当主の次男や我が高祖父上杉禅秀の正室(10代当主武田信満の娘)の甥も信長だったわけで。


「此度は如何したのかな?」


 事前に文のやり取りで知っているが形式的に問いかけを行う。


「しからば、小山田家の臣従をお願いいたしたく参りました」


 ここまでは予定調和。

 事前のやり取り然り、小山田を兵を使わずに降らせたこと然り。


「都留郡で最も有力な小山田家の臣従はありがたい。小山田家の臣従を認めよう」


「有り難き幸せに存じます」


 小山田家が治める都留郡は駿東郡の北、国境の峠を超えた先に広がっている。

 その立地から小山田の存在は戦略上の鬼門となっていた。


 東は箱根の山、西は富士川に薩埵峠、南は海に囲まれた広域で見れば天然の要害三島城だが、北は峠を超えられてしまえば防衛に適した地形は存在しない。


 臣従に至る背景には堀越御所方が甲斐国への塩の流れを故意に止めたことが影響している。それを小山田方は知らない。


 後の時代に興隆する商人も未だ零細。良くて寺社に縛られた座の者くらいしかいない。

 

 俺は寺社の特権を否定している。

 守護ではないから守護不入など認めないし、兵を持つ寺社など神仏に仕える寺社にあらず。

 

 これまで神仏の名を驕る寺社を散々に潰し、燃やしてきた。おかげで、伊豆国や河東など長く治める土地には健全な寺社しか残っていない。


 寺社さえ封じてしまえば全てはこちらの思うがままに盤面を動かせる。


「ところで、周辺の国衆や地侍の反応は如何かな?」


「凡そ好意的にございますな。当家がどう扱われるかを様子見しておるようです」


 なるほど、瀬踏みの段階か。

 案外、他の都留郡の国人地侍や河内の穴山を降らせるのも簡単かもしれないな。


「武田の件にございますが……」


 耕雲の姉妹が武田家先代当主信昌に嫁いでおり、次男油川信恵を儲けている。

 その信恵を旗頭に先代信昌派と現当主信縄派が争っているのが甲斐武田家の現状だ。


 小山田家は当然前者に属していたのだが、現当主派の関東管領山内上杉家と盟約を結んでいる堀越御所への臣従にあたりその関係を解消している。

 とは言え、両者の婚姻関係が消えるわけもなく、先代派と堀越御所のホットラインとして残ることになるだろう。


「つまり、落合殿は諦める気はないのだな」


「はっ」


 諦めない、か。


 親として、次男甲斐国主にしたいのか、または気に入らない長男を排除したいのか。

 もしくは元国主として長男の政治方針に危機感を覚えたのか。


 甲斐国は貧しい土地だと誰しも聞いたことがあると思う。

 実際に風魔や商人伝いに聞く話でも、民は等しく貧しく、飢饉や洪水、長引く戦の影響で土地のポテンシャルを半分近く失っているようだ。

 

 前世で甲相駿三国同盟間の優劣に興味を持ち、資料が多く残る江戸時代の石高で比較したことがある。

 すると、甲斐国は駿河国と伊豆国を足した石高とほぼ同じでとても驚いたことを覚えている。


 三国同盟はその同盟締結まで約70年にわたり河東で争い、武田家の駿河侵攻により再度争った。

 そこへ迅速に送ることができる戦力だけで考えると、およその数値で北条家が相模国と伊豆国で約25万石、武田家が甲斐国22万石、今川家が駿河国で15万石となっている。


 北条が河東に攻め込んだ第1次河東の乱は相模・伊豆(約25万石)対駿河国(河東失陥済み10万石前後)で前者の勝ち。

 今川が武田の援軍と共に河東を攻めた第2次河東の乱は駿河・甲斐(甲斐を少なめに見積もり20~25万石)対伊豆(6~8万石)で前者の勝ち。


 どちらも奇襲であったことや他方面に敵を抱えていた等の要素があるが、もし甲斐武田が今川に付くようなことがあればたちまち堀越御所は駿河の領土の大半を失うことになるだろう。


 だから俺は中央集権体制で国人や寺社の権益を否定するし、同盟従属関係であってもこちらの考えを理解できない相手は信用しないつもりだ。


 

迷走してました。

次回ぶっ飛びます。

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