血筋の業
今回は少し文章が散らかってます。
◾︎駿河国吉原城
季節は冬。
北国であれば全てが深い雪に閉ざされる季節。しかし、ここは未来の静岡県。北の方は積もっているようだが平野部は雪が降ることさえ珍しい。
そんな土地柄のため、三島城からここ吉原城までの移動は楽だった。
「治部少輔、四郎左衛門、兵庫助。先の戦での働き、大儀であった。兵庫助には代わりの者が入るまで今しばらく任を続けてもらう予定だが構わぬか?」
「はっ。承知いたしました」
兵庫助が頭を下げた。寒い冬の3ヶ月ほど薩埵峠砦の守備を任せていたが特に不満はないようだ。こちらから常備兵を送って将や兵達に交代で一時帰国させていたのが効いているのだろうか。
「頼むぞ」の一言も忘れない。日頃から部下を労うのも上司の務めだ。習慣にしないと忘れてしまいそうだが。
「さて、本題だ。既に文で伝えている通り、京の御所の仲介で今川家と和睦を結ぶこととなった。条件も当初の想定通りだ」
「それは誠におめでとうございます」
治部少輔の言葉を四郎左衛門と兵庫助の二人が復唱する。
此の度の河東侵攻には主に3つの目的があった。
まず、俺が戦というものを知ることだ。
今は戦国の世に生きているとはいえ、魂は未来の平和な時代に生きていた軟弱者。実戦に身を置くことで戦の恐ろしさを肌で感じる必要があったのだ。
次に、俺の戦略と実戦の乖離を明らかにすることだ。
俺が戦略を考える都合上、武士の常識など無視したこの時代にとっては異質な作戦が出来上がる。それがどの程度通用するのか、これもまた確認する必要があった。
最後に、京の御所を引っ張り出すためだ。
話は俺が元服した頃に遡る。父が俺のために左馬頭の官職と義氏の諱を確保してくれていた裏でもう1つ動いていたことがある。
そう、嫁取りだ。言い方は汚いが元服の数年前から相手の家には唾を付けており、承諾も得ていた。しかし、将軍家ひいては日野家の邪魔により成立にまで至らなかった。
ひとえに相手の家格が将軍家や日野家より高かったからだ。
この過程を思い出すと思わずため息が出る。相変わらず面倒な奴らだと思う。京のお相手の家もさぞお困りのことだろう。
元服した時もこの話を聞いて飽き飽きとしていた気がするな。
「和睦は3月に入ってからとなる。今川から仕掛けてくることはなかろうが、警戒を怠らないように」
そういえば、今川家当主龍王丸の元服後の諱は氏親だった気がするけど、堀越御所の父から偏諱を与えたらどうなってしまうのだろうか。
史実から1文字引っ張ってきて“知親”?絶対違う。いや、それなら先代までの“範”の字を使わない理由が見当たらない。
果たして、どうなるのだろうか。
〇 〇 〇
◾︎伊豆国堀越御所
「京からの使者への対応及び今川家との和睦の成立、誠にありがとうございました、父上」
「本来あれは儂の役目なのだ。気にするでない」
使者を追い払い続け、何の進展もなかった今川家との和睦交渉。そこに足利将軍家が首を突っ込んできたので俺は身を引き交渉の全て父に任せた。
和睦自体は以前新九郎が言っていた条件さえ満たせばOKなので楽だろう。
問題は京からの使者。仲介を装って必ずこちらを貶めてくることは必定。そんな場に駿河侵攻を行った俺がいてはまとまる話もまとまらなくなってしまう。故に身を引いたのだが。
大樹の意思なのか、または大御所の意思なのか、はたまた幕臣の意思なのか。ひたすら堀越御所の駿河侵攻を批判してきたそうだ。
行為を批判してくるのは当然なのだが、何か別の理由を持って粘着してきているのは明白だ。
やはり、足利一門に力を持って欲しくはないのだろう。正確には足利の名を持つものか。
将軍家は斯波や今川といった足利一門が力を持ったとしても何とも思わないと思う。それは彼ら一門が源氏嫡流の庶流に過ぎないから。しかし、足利の名を持つ者達は未だ源氏嫡流を捨てていないと判断されるのだと思う。だから一定以上の力を持たないようにテコ入れする。
そしてそれを室町幕府成立当初から繰り返してきた。初代将軍の弟然り、同庶長子然り、鎌倉公方然り。ここに現大御所の弟義視も含まれるだろうか。
史実ならば、この後も義材(義稙)と義澄、義晴と義維、義昭と義栄と今後80年近く続いていく足利将軍家の伝統芸だ。
そんな執念とも呼べるものを相手にしてしっかりと条件を守り切った父上も大したものだ。実に頼もしい。
「父上、国衆らの反応は如何でしたか?」
以前の俺の国衆への挑発から時間が経ち、そろそろ立ち場が決まった頃だろう。
堀越御所は奉公衆を大勢排除したせいで絶賛人不足中。そこで国衆出身の者を今まで以上に増やしており、自ずとその者達から各国人衆の堀越御所への感情が透けて見えるのだ。
小太郎からあらかた報告は受けているが、 当事者から聞かなければならない。
「態度からして不承不承従うといった者も多いのだが、ある程度の身代の家の者からは反抗的な感情は感じられなかったぞ」
なるほど。御所である父と対面してもその様子なら即座に裏切ることはないだろうし。決めかねてると言った方が正しいだろう。
どでかい衝撃を1発与えた方がスムーズに事が進むかもしれないな。
「だが同時に、武家の上に立つ難しさを初めて分かった気がした。足利の血筋に生かされてきた儂が鎌倉御所になるなど夢のまた夢であったとな」
その様はどこか寂しげであった。
2シーン目で和睦は成立しております。
成果は次回から小出しになるかと思います。




