元聖女、天才魔法使いに拾われる ②
「………此処、は」
「おい下ろすぞ」
「え?……わっ、ちょ……いっ、たぁ…」
幻想的とも言える綺麗な湖を前に見惚れていれば勢いよく視界と重心が動いてそのまま強く尻餅をつく。
じぃん、と響く痛みに思わず腰とお尻を摩りながらもあまりの対応に思わず目の前の彼に文句を言おうとするもそういえば何故彼は私を連れ出したのか、と其方に疑問が向いてしまう。
「……あの、何で私を連れ出したの?」
「気まぐれ」
「…………そう」
「……帰してー、とか文句言わねーんだな。人攫いとかきゃんきゃん騒がれると思ってたけど」
連れ出した張本人は特に悪びれもない、でも連れ出された所で聖女としては認められていないあの現状の中、私に帰る場所なんてあるのだろうか。
母もいない、あの家にももう居られない筈、そうなると私はどこに帰ればいいのか。
「……帰る場所、はもうなくなったから。そうやって騒いだりする必要も、ない」
「………は?」
「連れ出してくれてありがとう。あそこは居心地が悪かったから…貴方のおかげで助かった」
服に付いた土埃を払いつつ怪訝そうな顔を向けてくる彼に説明をするべきか悩む。
聖女で、無理矢理屋敷に引き取られて、母親が死んで、帰る場所も行きたい場所もなく、そしてたった今聖女でもなくなった。
正直説明した所で何だそれは、と言われてしまうのがオチな気がする。
やめておこう、うん。
「あ。……そういえば貴方私の名前知ってたけど、小さい頃何処かで会ったりしてた?」
「……なんで」
「最近は名前で呼ばれずに聖女って呼ばれる事が多かったから。私の名前知ってるなら昔に会ったのかな、て」
「………………」
「?」
どこかむっすりと明らかに不機嫌そうな顔になる姿に何か気に触る事を言っただろうか。
それとも聖女が嫌いなのかもしれない、私も好きじゃないけど好きで聖女として育てられたわけじゃないし、さっき元聖女になったわけなので今は実質聖女じゃない。
「聖女だけど、今さっき元聖女になったので聖女じゃなくなったの」
「…………」
「だから、私、聖女じゃないの」
自分でも何を言ってるのかよく分からなくなってきた、それでも不機嫌そうな顔は変わらず大きな溜息が目の前で吐かれる。
「………覚えてねーのかよ」
「もしかしてどこかで会ってたの…?ごめんなさい、記憶に無くて」
「あ、そう」
どうやら聖女嫌いな訳じゃなさそう。でもどこかで会ったことがあるみたいだけど生憎記憶にまったくない。
エメラルドグリーンの瞳、銀髪の髪、整った顔立ち、眺めても眺めてもこんなかっこいい人会っていれば覚えてると思うけど。
屋敷に来たばかりの頃に会っていたのなら覚えていないのも仕方ないかもしれない。
あの頃は余裕が全然無くて周りに気を遣うことも出来なかったから。
「でも久しぶりに名前で呼ばれて嬉しかった、ありがとう。……えっと、お名前は?」
「……ジーク。ジークレイン」
「ジークレイン、さん」
「さん付けやめろ」
「え、でも」
「……ジーク、でいい」
ジーク、ジークレイン。この名前を聞いてもピン、とこないのでやっぱり私の記憶に残ってないみたい。
さん付け、嫌がられたけど歳上そうだしいいのだろうかと躊躇すればぴしゃりと遮られる。
そこまで言うならジーク、と呼ぶけど。
「んで?あんた帰る場所ないって言ってたけど本当にねーの」
「え?あ…………うん、多分、ない、です。聖女じゃなくなったから、追い出される可能性もあるし」
「じゃあ俺があんたのこと貰っても問題ねーってのだよな」
「…………え?」
そういえばさっきも同じようなことを言われた気がする。貰うとはどういった意味なのかよく分からないけど、でも居心地の悪い屋敷に戻るよりもずっと此処の方が居心地が良さそう。
それにジークは私を連れ出してくれた、まるで王子様みたいに。
「まぁ拒否しても帰す気ないけど」
「あ、帰す気はないんだ」
強引だけど、でもそれが嫌に感じないのはジークだからなのか。きっと第二王子に同じことを言われたら嫌な気しかしなかったはず。
ジークの傍はなぜかすごく、居心地がよくて落ち着く。