元聖女、天才魔法使いに拾われる ①
母親と平凡に暮らしていたある日、"聖女"だと呼ばれ無理矢理引き離された6歳の頃。国の中でも五つの指に入るくらいの有名な伯爵の屋敷でよく分からないまま聖女として教育された私はただひたすら苦痛にしか感じなかった。
大好きな母親と引き離され、見知らぬ土地で、馴染まない屋敷で、好きでもない聖女としてと在り方を叩き込まれる時間。
何度屋敷から逃げ出しても連れ戻され、その度に教育係から叩かれたのは今でも記憶に新しい。
引き込んだのは其方なのに見向きもされない環境の元、与えられるのは粗末な食事と殺風景なお部屋。義妹には綺麗で華やかなドレス、美味しい食事、広々としたお部屋。
あまりの落差。けれどそれすらも気にならないくらいに私の心はひどく枯れていてただひたすら部屋の隅で泣いていた。
帰りたい、もう何もしたくない、母に会いたい。
聖女なんて知らないし母の元に返してほしいと何度も願った私のささやかな小さな望みは、一年後の寒い年に見事に砕かれた。
──母の訃報、土砂崩れに巻き込まれ、そのまま帰らぬ人となったと淡々と伯爵夫妻から告げられた。
いつか、もう少し大きくなったら母とまた暮らせるんじゃないか、母に会ってまた優しく頭を撫でてもらったりお手製の大好きな料理を作ってくれるんじゃないか、そう思っていた私の淡い願いも望みも粉々に破壊され、私の唯一縋っていた希望がなくなってしまった。
それから10年、私はただ聖女としての知識を叩き込まれ国の第二王子の婚約者候補として育てられる。
国の為に身を捧げ、聖女として役に立てと、そういうことだろうに。
けれど私の残された唯一の"聖女"としての生き方も呼ばれたパーティにて見事に砕かれることになる。
「この女は卑しく穢らわしい、偽りの聖女だ。今すぐに国から追放し断罪しろ」
何処にも私の安寧はないのか、告げられた第二王子の言葉に私はなんて言っていいのか分からず、ただ涙も出ない冷淡な表情のまま周りの格好の視線の餌食になるしとしか出来ない。
此処まで希望の持てない生き方に何の意味があるのか、注目の的になればなるほど私がどんどんの惨めになる。
──いっそ、このパーティを誰か壊してくれないだろうか。
「………壊れてしまえばいいのに」
ざわつくフロア内と強く刺さる視線の数々、もうずっと耐えてきたのにそれ以上に耐えなければいけないのか。小さな私の呟きは拾われることなんてない、とそう思っていた。
「そう思うなら俺が貰ってやるよ、あんたのこと」
「……………え?」
頭上から聞こえる鼓膜に届く声に思わず顔をあげれば勢いよく目の前に降り立つ見知らぬ男性。一体誰、と身体が少し背後に下がればその距離を埋めてくるように身を乗り出せばエメラルドグリーンの瞳が真っ直ぐに私は向かってる。
「どうせ壊れちまうなら俺が拾ってやる。来い、ティア」
「な、んで名前……っ!!」
警備をしていた騎士団の人達が次々に入ってくる中、目の前の人は有無を言わせる隙間もなくそのまま担ぎ上げられる。抵抗しても良かった、でもそれ以上に母以外に久しぶりに名前を呼ばれたことが嬉しくてそんなことすら忘れてしまった。
彼が小さくカウントを唱えると一気に視界が歪み渦巻く。
──強く閉じていた瞳が次に映したのは、居心地の悪い屋敷のパーティでも、見たくないと思っていた婚約者でも、見せ物の様に集まり視線を向けてくる貴族達でもなく。
──綺麗な湖が広がる、森の中だった。