冤罪、そして断罪
「アタシ、ナタリー様に苛められてるんです!」
昼休み――昼食を摂りにサロンへと向かおうとする私の下に、女生徒が突撃して来た。そして、開口一番コレである。
ナタリーは私と同じクラスであるが、昼休み前の授業は男子は外で剣術の授業で、女子は裁縫の授業を受けているので、今は別行動だった。
「下位クラスのマドレーヌという生徒です」
見たことがない女生徒だと思っていると、側近の一人であるアレクシが耳打ちしてくれる。
苗字も無いということは平民なのだろう。可愛らしい顔立ちをしているが、それ以外に何の感想も浮かばなかった。いくら美しくとも私のナタリーの方がずっと美しく、ずっとずっと可愛らしいからだ。
無視しても良かったのだが場所が悪い。生徒達が行き交う中庭で場違いなまでに大きな声で叫べば、注目を集めるに決まっている。戯言だと安易に有耶無耶にすれば、いらぬ疑心を抱く者も現れるだろう。
下がらせようとレオポルドが動くが、それを制して私自身が声を掛けた。
「苛められてる、とは穏やかな話ではないね」
「でも本当なんです!アタシが平民だからって場違いだ、相応しくないって言うんです!!」
女生徒は、キンキンキャンキャンと騒がしい。
「ナタリーがそのような浅慮な発言をするとは到底思えないが……」
「でも!教科書やノートが破られたり、物を隠されてアタシ困ってるんです!!」
おいおいと悲しげに泣いているようだが、何というか不自然に見えた。涙を自在に出せるというのは中々難しいことではあるが、それを得意とする女性がいることも私は知っている。王宮という大勢の人間が働く場所で、しかも歯に衣着せぬ物言いのリゼットが傍らにいれば見抜く力が身に付いてくるというもの。
『こんな人の多い場所で泣き喚くなんてみっともないわね』
案の定、リゼットが容赦の無く扱き下ろした。
『まず王子に直談判するより教師に言いなさいよ』
「被害を受けたことを先生方に報告したのかい?」
「いいえ!大事にしたくなくて、殿下に直接お話しているんです!」
『このバカ女は周りが見えないの?何が大事にしたくないよ。これだけ注目を集めておいて、内密にしたかったなんて戯言が通じる訳ないでしょ!』
やはりリゼットの小言が聞こえて来る。その真意を問う必要もなく、私にだってナタリーへの嫌がらせだと分かった。
「ナタリーがそのように酷薄なことをするとは到底信じられない」
「でも!!」
『そうそう。愛しのナタリーがそんなバカげたことはしないって言ってやんなさいよ』
「納得しない君の気持も分かる。君がそこまで言うのなら、私も正式に調査しよう。しかし、もしも虚偽であった場合は相応の処分が下されることになるだろう」
「しょ、処罰って……」
「将来王子妃になる侯爵令嬢へ悪意を向けたのだ。裁判に掛けられ、鞭打ち……」
私の言葉を想像したのか、血の気の失せた顔をしてマドレーヌという女生徒は転がるように私の前から去って行った。
『頭の悪い女……』
リゼットが鼻に皺を寄せて吐き捨てたのだった。
その後、正式に調査を入れることになった。マドレーヌの戯言を信じる者など誰もいなかったのだが、衆目の面前で起きたということでナタリーの名誉回復の意味合いが強い調査であった。周囲の想定通り、ナタリーは無実であった。むしろ礼儀正しく勤勉な学生であると証明された。未来の王子妃として図らずも箔が付くことになって、嬉しい誤算となった。
反対にナタリーを陥れようとしたマドレーヌへの苛めは全て自作自演だった為、王立学院を退学することになった。
彼女は地方の領主から推薦されて入学試験を受けた奨学生であった。退学が決まった時点で、マドレーヌを推薦した領主が王都に召喚された。不適当な人間を推薦し、学院の風紀を乱したことを追及する為だ。
調査の責任者である私とナタリーの義父であるブランシュ侯爵、他数名が査問に立ち会った。
だが、ここで不思議なことが起こったのだ。
「え?彼女がマドレーヌ、ですか?」
領主とマドレーヌを対面させると、彼は困惑したように周囲を見回したのだった。
「そうだ。そなたが王都に送って来た不埒な女だ」
「いいえ!!私の知るマドレーヌという少女は、真面目で働き者の賢い娘です」
「別人だというのか?」
「いいえ!いいえ!髪の色も目の色も、顔の造形もマドレーヌと同じです。ですが表情が、身なりが私が知る者とは違うのです!」
恐ろしいものでも見るように領主はマドレーヌを見るが、反対にマドレーヌは殺気さえ伴った視線を寄越すのみ。そこには推薦してくれた領主に迷惑を掛けたことへの謝罪など殊勝な感情は見えない。
「今の方が可愛くて良いじゃない!あんなダサい芋女じゃ、ヒロインに相応しくないもの」
「ヒロインだと?」
ヒロインというと演劇でいうところの女主人公のことだろうか?
「そうよ。せっかく異世界に転生したんだから、王子様とか高位貴族とかと恋愛しなきゃ面白くないじゃん」
キャハハと甲高く笑うマドレーヌの言葉の意味が一つも理解できず、領主だけでなく査問に携わる私達も困惑するしかなかった。
「気が触れてしまったのだろうか?」
「どの時点で?」
「信じてください!マドレーヌが街を出立するまでは心の優しい少女だったのです。証言する者なら大勢います!!」
必死な領主の言葉を切り捨てるわけもいかず調査は継続され、マドレーヌの同郷の者達の証言を集めたところ、ナタリーを陥れようとした悪女とは似ても似つかなかった。
結局、マドレーヌは脳の病を得たのだと言う結論に至り、辺境の修道院に入れられることになった。
この修道院は病気によって余命幾ばくもない者達が集まる場所で、静かな場所で療養すれば元の彼女に戻るかもしれないという望みをかけて。
本来は厳罰が適当であるのだが、話を聞いたナタリーが、病気であるのなら妄言や奇行も仕方のないことだからと罪に問わないで欲しいと訴えたのだ。本当にナタリーは慈悲深い。
『……本当、みっともない』