無作法な女、再び
それから三年が経ち、16歳になった私とナタリーは共に王国の貴族が集う王立学院の門をくぐった。
今日は学院の入学式。私達はこれから二年間、王国内から集められた者達と同じ学び舎で勉学に励むことになる。学生は全て試験を突破した者に限られる為、平民も在籍している。
「学院での生活、楽しみですわね」
愛らしい微笑みを湛えるナタリー。
この三年の間、彼女はすっかり変わっていた。
叔父夫婦や従兄である義兄達に可愛がられたお陰で、表情も明るくなり自分に自信を持つようになった。家族に恵まれなかった経験からか、自分と同じとは言わないものの不遇な人々が集う救貧院や孤児院への奉仕活動に積極的に参加しているようだった。福祉の見直しについて意見を交わすことも多く、彼女との会話に充実感を得ることが出来た。
それもこれもリゼットが私に忠告してくれたからだ。あの毒舌があったからこそ、私は変わることが出来たのだ。
私の変化は周囲にも良い影響を与えたようだった。これまでは婚約者達に対して、自分本位な対応しかしてこなかった私の側近達も、まずは相手の行動を優先するようになったり、自分の行動を理解してもらう為に丁寧な説明をしたりと気遣いを見せるようになったのだとか。
これは本人達から聞いたものではなく、ナタリーが側近達の婚約者からそれぞれ聞いた話だ。ナタリーとの真剣な討論も面白いが、他愛の会話も楽しい。彼女との肩の力を抜いた会話は気持ちが和む。
「殿下!」
「キャッ!」
突然側近の一人であるレオポルドが私達の前に立ち塞がった。植え込みの陰から誰かが飛び出して来たのだ。制止の声が聞こえた私もまたナタリーを庇うように立ち、何事かと状況を確認してみれば、レオポルドに誰かが勢い良くぶつかって転がったようだった。
転がっているのは学院の制服を身にまとった、豊かな巻き毛の少女だった。
「いたーい!」
そして甲高い声を上げて泣き出した。
決定的瞬間を見た訳ではないが、多分レオポルドにぶつかったと言うよりは振り払われたのだろう。小さな暗器を持っている可能性もあるのだから、レオポルドが間合いに飛び込ませるなんて馬鹿な真似をするわけがない。
「馬鹿者!!不用意に第一王子殿下に近づくような真似をするんじゃない!!」
レオポルドが叱責するが、少女は全く去ろうとしない。これにも私やナタリーも困惑した。
王族の前にまろび出たことはともかく、子供のように泣き喚いて立ち塞がる人間なんて今まで会ったこともない。親戚の中には私よりも幼い子供はいるが、彼ら彼女らはそんなはしたないことはしない。王侯貴族の前に出るのだからと親達もそれなりに教育を施しているのだ。
今年は私が入学するということは国民の殆どが知っていて、どうにかこの目に留まろうと教育をされた子女が集まっているだろうに、どうしてこんな輩が入り込んでしまったのか。
『あーやだやだ。こういう男に媚びる為に泣く女って大ッ嫌い』
どこからともかくリゼットの声が聞こえてくる。最近は私達若い世代の意識が変わって来たことに御満悦で、罵倒も少なくなってきたところだったから随分久しぶりに聞こえる。
『テオの目に留まりたいからって浅ましい』
なるほど。やはりそういうわけだったか。
「レオポルド。時間が押しているだろう。後は別の者に任せて、もう行こう」
「申し訳ありません。このような不手際に殿下を煩わせるなど……」
「私は大丈夫だ。さぁ、ナタリーも行こうか」
「はい」
私は少女を一瞥することもなく会場へ向かった。私が意識することで、相手が私の興味を引くことが出来たと勘違いされては困るからだ。
『あんな馬鹿な女にだけは引っ掛からないでよね』
間違ってもそんな日は来ないだろうと思いつつ、周囲には気づかれないようにリゼットに向けて頷いたのだった。