聖女の下僕
こうして私の近くに居座ることを宣言した自称聖女――もとい、リゼットは、私の執務室に住み着くようになった。自分の未来をより良いものにする為に、私の檄を飛ばすことが目的だ。
私の行く先々について回り、言動に問題があった瞬間に口を出してくる。自分の明るい未来の為に、私を徹底的に矯正しようとしているらしい。
『間抜けのテオフィル。アンタは自分が世界で一番賢いと思っている世界で一番間抜けな男よ』
「……酷い言い草だ」
『紛れも無い事実を言ってるだけよ。文句言われたくなければ誠実に、謙虚に生きなさい』
リゼットの言うように、ナタリーの件に関して言えば私の驕りが招いたといっても過言ではなかった。誰が撒き散らしたともしれぬ噂を真に受けて勝手に彼女を悪女と断じた結果、侯爵家から助け出すのが遅れてしまったのだ。ぐぅの音も出ない私は大人しくリゼットの言葉に従うことにした。
『ダッサ。センス無さ過ぎ。やり直し』
『いくらアンタの目の色が青だからって、馬鹿の一つ覚えみたいに青色のドレスばかり贈るんじゃない!ナタリーだって他の色のドレス着たいわよ!アクセサリーや髪飾りに青を入れるとか、頭使いなさいよ!!』
『【誰も私自身のことは見てくれない】ですって!?当たり前でしょ!!そもそも王子様の肩書ぶら下げてる人間の機嫌を損ねたら一回でも破滅よ』
『は?ヤキモチ焼いて貰いたい?くだらないことやってんじゃないよ!捨てられるわよ!』
『ちょっと!アンタの側近の態度は何?将来ナタリーを守る女性達が全然幸せそうじゃないわよ!態度を改めさせなさい!』
物理的にも心情的にも耳に痛い言葉ばかりだった。
だが、リゼットの言葉に従って行動をしていると周囲は私の変化を好ましく見ていることに気づいた。第一王子として、いずれは王太子となり、国を盛り立てていく覚悟が出来たのだと皆が喜んだ。
そしてナタリーとの関係も随分と良くなった。会話も覚束ない私達ではあったが、横からリゼットが早く話せとせっつくせいで、以前までの茶会とは違って私が探り探り話題を振るようになり、私とは違って気遣いの出来るナタリーのお陰で何とか会話を続けること出来るようになったのである。あれほど苦痛な交流が、今では何より幸せな時間になるとは夢にも思わなかった。
また、リゼットはナタリーのことだけでなく、国政のことにも口を出して来た。
『今、王宮で議題に上がってる公共事業に関する法案だけどアレって誰の為なの?王国民の為って言うけど、本当にそうなの?アンタも勉強して、ちょっと議論に参加しなさいよ』
「……私はただ脇目も振らずにナタリーを愛せば良かったんじゃなかったか?」
『アンタを立派な王にして王国が潤えば、アタシが贅沢できるチャンスが広がるんだから当然でしょう』
勉強は元々嫌いではなかったから、こちらも大人しく従った。
改めてリゼットの言った法案に調べてみれば、貴族達の利権に塗れたもので一般の国民には利の少ないものであった。しかし全面的に否定してしまえば角が立つから、貴族達への金の流れを減らし、国民への再分配されるように取り計らうように根回しすることに成功した。
『王子だからって矢面に立ち過ぎると専横的だって煙たがられるわよ』というアドバイスに従って、周囲を動かしながら、納得の上での採決だと思わせるように立ち回ることが出来たのだ。
自分の思い通りに進んだことに満足したのか、リゼットはその煩い口を閉じて、お気に入りの長椅子に寝転んで昼寝を始めたのだった。
リゼットの言葉に従うのが当たり前になった日常の中で、私は唯一反抗したことがある。
『間抜けなテオフィル』
「なぁ、その【間抜けなテオフィル】っていうのは止めてくれないか。テオフィルという名前は両親がつけてくれた大事なものだ」
両親がつけてくれた名前だから、いくら私自身が真実間抜けだとしても枕詞として使われるのは嫌な気持ちになった。リゼットも理解してくれたのか、少しだけ難しそうな顔をした後に『分かった』と頷いてくれた。
『そうよね。親からもらった名前だもんね。……でも、長いからテオで良いわよね』
「あぁ。これからもよろしく、リゼット」