大団円
SIDE : カエルム
みっともなく泣き出したテオフィル・ド・アジュールを眼下に見た後、私はその場を後にした。
どんなに泣いたところでリゼット・ド・アジュールという女は死んだし、彼女の両親や兄もまた死んだという【世界】が確かにあったことに変わりない。
リゼットは王国の片隅で、家族と共に慎ましく暮らしていた。
国を困窮させるキッカケとなった【間抜けのテオフィルとマドレーヌ】を国民達は憎み切っていて、その子孫である一家は表立って暮らしていくことは許されなかった。経歴を明らかに出来ない為に低賃金の仕事にしかありつけず、日々の衣食住に事欠くが、それでも身を寄せ合って生きていた。
『だが、こんな制約ばかりの生活――素性を気にして暮らさなければいけない苦労を、これ以上クリストフとリゼットに背負わせるわけにはいかない』
『父さん……』
『最近の情勢がきな臭い。この混乱に乗じて、国を出よう』
一家は先祖と違って愚かではなかった。国外脱出する機会をずっと窺っていた。
だが現実は無情なもので侵略者に便乗した暴徒に捕まってしまう。
『アタシ達はずっと平民として暮らしてたわ!!』
リゼットは暴徒達に反論した。彼女は王侯貴族が着るような上等なドレスなんて着たこともない。贅沢なんて年に一度、誕生日に母親が用意してくれた牛の肉くらいだった。それだって一欠片の筋ばかりの固い部分で、顎の疲れと肉を食べたという充実感で空腹を満たすものだったのだから。ただ母の愛情を再認識するには十分な素晴らしい贈り物ではあったのだ。
『だがお前達は国を傾かせた【間抜けのテオフィルとマドレーヌ】の子孫だろう?』
『100年も前の話でしょ!!アタシ達は関係ないわ!』
『生まれたこと自体が罪なんだよ』
どうしたって変えることの出来ない過去の事象によって、理不尽に殺されることがリゼットには許し難かった。頼もしい父親と優しい母親、賢い兄をリゼットは愛していた。自分はともかく、彼らがこんな風に死んで良いとは思わなかった。
『殺してやる!父さん達を殺すなら、お前達は創世神カエルムの呪いで死ね!』
まるで魔女のような叫びであった。彼女は死ぬ最期の瞬間まで家族の助命を訴え、叶えられぬのであれば呪いの言葉を撒き散らした。心清き巫女・セレステの血筋の者とは思えぬ禍々しさではあったが、確かにその声は私の耳に届いた。
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神域へ戻ると、そこに仁王立ちで私を待つ者がいた。
「おや。目覚めたんですね」
怒りの形相のリゼットが掴みかからん勢いで向かってきて、私は思わず笑ってしまう。
「ちょっと!!何、テオのこと苛めてんのよ!!」
下界の様子が見えたのだろう。そして私の言葉に傷つき嘆くテオフィルの様子を見たリゼットは怒っている。
「貴女の献身を理解せず、安穏と幸せを享受しようとするのは許せなかったんですよ」
思ったことをそのまま伝えれば、リゼットは怒り顔はそのままに少し落ち着いたのか距離を取る。
「確かにテオは愚かだった。だけど心を入れ替えたじゃない」
すっかり愚かな先祖に絆されたリゼットが庇うような言葉を口にした。優しいを通り越して、お人好しどころか人に騙されないか心配になるほどである。もちろん、今となっては関係のない話ではあるが。
「えぇ。貴女の教育のお陰で、良き君主、良き夫、良き父親になれそうな人間に成長しましたね」
「……そうよ。テオは必ず、立派な王になるのよ」
「けれど貴女の献身を何一つ知らず、貴女が消えてしまったのを都合良く勘違いして『お役目が終わって、未来で幸せに暮らしてるかなぁ』なんて思いを馳せるなんて反吐が出る」
愛するセレステの末裔とはいえ自分がどれだけ多くの人間を不幸にしたかも知らず、リゼットに与えられた未来をと能天気に過ごしていく元凶を私は許せなかった。
「愚直な人間ですから、これだけ釘を刺せば、二度と愚かな真似は仕出かさないでしょう」
フンと鼻を鳴らして言ってやれば、リゼットは呆れ顔で私を見る。
「アンタ、本当にセレステを愛してたのねぇ」
「えぇ。愛していましたよ。だから好きな男との子供が暮らすルリジオン王国を守って欲しいという願いを聞き届けてやったんです」
ルリジオン王国の王族は半神だと自称しているが、正真正銘の人間だ。
「えっ?じゃあ、アタシの遠い遠い御先祖様ってわけでもないの?」
「何を期待していたのかは分かりませんが、全くの赤の他人です」
「何よそれ。ルリジオンの王族って詐欺師じゃない」
「まぁ、箔が付く上に創世神カエルムの御威光を笠に着るのには十分な理屈ですよ」
初代であるセレステは心優しくはあったが、ちゃっかり者だった。いくつかセレステの実態を説明してやれば、リゼットからは怒りが消えてケタケタと笑う。
「それで?消滅だって聞いてたのに、アタシはココにいる理由は何?」
「気まぐれですよ。でも貴女のように面白い人間なら、近くにいた方が楽しいじゃありませんか」
嘘である。リゼットもまたセレステ同様に愛し子であったから、手元に留め置きたかった。セレステには愛する男がいたから身を引いた。けれどリゼットの中には家族しかいないのだから、その場所を私が独占しても構わないだろう。
リゼットに私が好ましく映るよう笑顔を作って見せたが、反対に彼女の表情は曇った。
「何か問題でも?」
「だってアタシの消滅と引き換えに父さん達を転生させるって約束だったじゃない。消滅しなかったら……」
恋だの愛だのより、家族愛が強いのだろう。だが、神域において時間という概念は存在しない。ゆっくりとじっくり駆け引きしていくのも面白い娯楽だ。
「悠々自適に暮らせると思ってるんですか?貴女は消滅の代わりに神の御許での奉公に従事するんですよ」
「えぇッ!?」
大声を出すリゼットに笑いながら下界を見下ろすと、丁度テオフィルが妻と娘と共に神殿を訪れる姿が見えた。洗礼の儀の為の訪問なのだろう。テオフィルは酷く憔悴しているようだったが、ナタリーが寄り添って支えている。リゼットの消滅にショックを受けたとはいえ、いずれ二人で乗り越えていけるだろうと思える、そんな姿に見えた。
「ナタリーに似て美人になりそうね」
「頭の中身も母親に似てくれると未来への憂いは無くなるのですけどね」
「嫌味ったらしいわねぇ……」
儀式を終えたテオフィルが神官長に何かを渡したようだった。
「おや。あれは貴女の……」
「……」
「国を守る聖女への贈り物として祭壇に捧げたい、ですか」
彼の手にあったのはリゼットに贈った宝飾品が収められた宝石箱であった。
これまで私や愛し子セレステへの贈り物は山のように捧げられてきたが、聖女への捧げ物は初めてのこと。それでも神官長は嫌な顔一つせず、テオフィルの願いを聞き届けた。祭壇に捧げられた瞬間、リゼットの手元に宝石箱が現れた。
「消滅したって聞いたはずなのに……」
そうは言いながらもどこか嬉し気なリゼットが箱を開けると、中には確かに彼女に贈られたペリドットの宝飾品が入っていた。
「良く似合っていますよ」
選んだのが間抜けのテオフィルだと思うと癪だが、確かに良く似合っていた。
「アタシ、聖女だって名乗ったけど全然大したことやってないのよ?馬鹿で非常識な奴らの文句を言ってただけ。平民を騙そうとする貴族が腹立つから文句言っただけ。ただ性格が悪いだけなのよ」
自虐して見せたが、その真摯で率直な助言がテオフィルの胸を打ったし彼を通して人々に訴えかけることが出来たのだ。
「本当に嫌な奴は、そもそも助言などしませんよ――私のようにね」
「そうかな?」
「えぇ。保証しますよ」
「フフッ。性格の悪さを保証してくれなくていいわよ」
楽しげに目を細めると彼女の愛らしさが一層増す。
「性格の悪いアンタの下で働くのは不安もあるけど、ここからならテオとナタリーを見れるから良い職場かもね」
「何か問題が起きても、貴女は見ていることしか出来ませんよ?」
「大丈夫よ。テオとナタリーなら正しく王国を導いてくれる。それに子孫が馬鹿なことを仕出かさないようにしてくれるわよ」
聖女という役目から解放されたことも相まって、リゼットは安心しきった表情で地面に寝転がった。
時間は簡単には巻き戻らない。巻き戻ったとしても何かしらの代償が必要になる。リゼットが自らの魂を私に捧げることで王国の未来を救ったのだ。
その結果、愚かなテオフィルは美しい妻に輝かしい未来を手に入れた。不幸になったリゼットの家族や他の王族達も新たな生を得て、真っ当な人生を歩むチャンスを得た。現時点では誰もが幸せな大団円。
だが、次は無い。
今後二度と私の気まぐれが起こることはない。何故なら、愛し子セレステよりも愛しい存在が、今この手の内にあるのだから。
END
【告知】
御覧いただきありがとうございます。
別作品の宣伝となりますが、拙作『姉に略奪されて婚約破棄されましたが、将来有望な貴公子に求婚されました。』がコミカライズされることとなりました。
2023年3月31日発売の一迅社様の大人気アンソロジーシリーズ『婚約破棄されましたが、幸せに暮らしておりますわ!アンソロジーコミック』の第四巻に掲載されます。
佐藤もぶ先生に作画を担当していただきました。登場人物達を魅力的に描いていただきまして、本当に素敵な作品となっております。
ぜひお手に取っていただければ嬉しいです。




