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凪の不思議なふしぎの国

作者: 柊このえ

初投稿となります。

「なっ……!」


 (なぎ)が驚いたような声を上げた。

 しかし、彼の眼前に広がる空は普通の青だ。――空は。


「一体なんだあの雲」


 雲はパステルカラーのピンク、黄色、黄緑ととにかくカラフルだった。現実では絶対にあり得ないことである。


「いや、そもそも……」


 体を起こして辺りを見回す。

 おもちゃ箱をひっくり返したかのような不思議な場所に彼はいた。

 木にはりんごがなっているかと思えば別の木にはケーキがあったり、顔があって二足歩行するぬいぐるみのようなクマと話していたり。

 ドーナツに羽が生えて空を飛んでいる。それをトランプ模様の服を着た兵士のような人物がジャンプして手に取り、食べている。


 おおよそ常識では考えられないような現象が目の前にはあった。


「あ、起きた?」


 呆然としている凪の視界に白いリボンがぴょこんと入ってきた。肩までの金髪、兎の耳のような白いリボン、青のワンピースに首に懐中時計を掛けている少女がそこにはいた。その出立は「不思議の国のアリス」のアリスのように見えた。


 にこにこ笑っている彼女に凪は尋ねる。


「ここは一体? それにお前はあのアリスか?」


 少女はリボンを耳のように揺らし、首を横に振る。どうやら違うらしい。


「違うよー! 私は白兎のハク。アリスは凪くんだよ。我らがアリス」

「白兎?」


 言われてみれば白いリボン、時計がアリスの白兎のように見える。凪はあまりあの物語を覚えていない。しかし、白兎は確か人ではなかったはずだ。

 そのことを伝えるとハクはなんでそんなことを聞くのだろうと言いたげな不思議そうな顔をした。


「だってここは凪くんが主人公のふしぎの国(ワンダーランド)だよ? きっと覚えてないと思うけど……」


 悲しそうに眉を下げながらハクは言った。


(俺が主人公? それにハク……)


 白兎のハク。どこかでその名前を聞いたことがある気がした。いや、そもそもなぜ凪はここにいるのか。


 何気なく鏡を見てよし寝ようと思った。すると本来なら鏡の向こうにいるはずの凪の姿はなく、代わりに金髪の少女――今ならわかるがハクだ――がいた。

 それに一人驚いていたらどういう理屈かは知らないが手を引かれ、そのまま鏡の中に――――。


「お前、俺を誘拐したのか!」

「誘拐!? 確かに見ようによってはそうかもしれないけど、()()()はそんなつもりないよ! ただアリスに……凪くんに元気になってもらいたかっただけで」


 誘拐と言った瞬間、大慌てで首をぶんぶん左右へと振り始めた。その様子から嘘ではないことがわかる。

 だがそれはそれ、これはこれ、だ。


「帰る! 明日も小テストがあるんだ。早く起きて勉強したい」


 くるりと帰り方もわからぬまま、背を向け歩き出す。ハクが「待って!」と駆け寄り凪の右腕を掴んだ。


「待って、待って。もう少し! 帰り道もわからないでしょ?」


 その気になれば無理矢理振り払うこともできたが、十三歳くらい(だと思われる)の少女(兎だが)を邪険にすることは、出来なかった。

 それに図星だった。帰り道がわからないのは。

 渋々と足を止め、ハクと視線を合わせる。

 視線がかち合うとハクは花が咲いたような笑顔を見せた。


「ありがとー! それじゃ、こっちに来て来て!」

「うわっ! 急に引っ張るな!」


 ハクが掴んだままの右腕を引っ張りながら走り出した。凪は文句を言いつつも引っ張られていく。


 ――なぜか嫌な気がしなかったのだ。



♢ ♢ ♢ ♢



 連れてこられた場所には既に人(?)がいた。

 帽子を被った男性、灰色の猫、赤いドレスを纏った女性、海賊のような格好の老人。

 どうやら仲睦まじく会話をしながらお茶会を開いているようだった。

 この人物らにもなんとなく見覚えがある。


「帽子屋にハートの女王、それにチェシャ猫……? いや海賊なんてアリスにいたか?」

「もうっ、違うよー。 これは凪くんの『ふしぎの国』だってば。おーい、みんな連れて来たよー!」


 凪の『ふしぎの国』。再びその名を聞いた。


(ふしぎの国か)


 その名前を反芻した際、何かがちかりと頭をよぎった。

 遠い昔のように感じる。

 ふしぎの国と向き合う時、いつも凪はわくわくした気持ちでいたはずだ。


(そうだ、あいつらの名前は……)


 思い出し掛けた時、帽子屋がハクと共に近づいて来た。


「やぁ、我らがアリス! 私は帽子屋の――」

「マッド……だろ?」


 その名前を言った途端に帽子屋――マッドは驚いたような顔をしたが、すぐに嬉しそうな泣きそうな笑顔に変化した。


「ああ、そうだよ」


 その言葉に凪は確信を持った。自分の考えは、記憶は間違っていなかったようだ。


「そこの三人はチェシャにハート、カイ。……今の今まで忘れていた」


 空は青くても雲がパステルカラーでカラフル。

 クマのぬいぐるみが歩いたり、トランプ模様の服の兵士がいたり。

 空を飛ぶドーナツ、白兎。

 何人かいなかったり多かったりするが、お茶会をする帽子屋たち。

 およそ常識では考えられないふしぎの国。

 そうだ、ここは――――。


「俺が昔書いた『ふしぎの国』なのか」


 ハクたちは無言で頷いた。



♢ ♢ ♢ ♢



「昔の俺はネーミングセンスがないな」


 あれよあれよとハクたちに連れられてお茶会の席に着いた凪は紅茶を飲み、クッキーやケーキを食べていた。


 やはりこの世界は幼い凪が不思議の国のアリスや色々なものを読んで作り上げたふしぎの国(ワンダーランド)だった。

 

 あの物語は確かただの白兎のハクがふしぎの国に迷い込んでそこで心優しく楽しい住民とそのまま生きて行く話だった。ハクはふしぎの国に入った時点で今、凪の目の前にいるような少女の姿になった……という設定のはずだった。

 帽子屋、チェシャ猫、ハートの女王、海賊はいつもここでお茶会を開いているのだ。


 まだうまく話の内容を掴めなくて省いてしまったキャラや追加したキャラが数多くいた。その例が三月ウサギ、ヤマネ、海賊だ。

 また、キャラの名前もそのままだったり、見た目や何文字かだけ取ってつけたりと色々だ。


「それでもわしらにとっては大切な名前じゃ」


 老人の海賊・カイがソーサーにカップを戻しながら発した。 


「成長した貴方に会えて嬉しいわ、アリス」

「立派に大きくなったな、さぁどんどん食べな」


 ハートとチェシャが感慨深そうに呟きながらさらにケーキ類を勧めてくる。この世界では腹はそう簡単にいっぱいにならないようでするすると喉を通っていく。

 凪が作った世界(物語)だからかケーキはどれも凪好みのものでおいしい。


「なんでみんな俺のことをアリスって呼ぶんだ? 俺は凪だし、この物語にアリスはいないだろ?」


 紅茶で甘くなった口をリセットしながら尋ねる。

 この物語の主人公はハクで、支配者はハートの女王のハートだ。アリスは存在しない。それだというのに皆、凪を「我らがアリス」と呼ぶのだ。疑問に思っても仕方がない。

 その疑問に答えてくれたのはマッドだった。


「わかってるさ。君の名前は天津原(あまつはら)凪で、泉ヶ丘高校の一年ということもね! 確かにハクが物語の主人公でハートが支配者さ。だけど、凪くんは元々自分を主人公にしてアリスとして出そうとしただろう? ハクは所謂君の分身で、君はこの世界(物語)創造主(マスター)だ」


 だから、とマッドは続ける。


「君が主人公(アリス)なんだよ!」


 と。

 

「みんなみんな創造主(マスター)主人公(アリス)な凪くんが好きなんだよ! だから私たち笑って欲しかった」


 ハクがリボンをへにゃっと垂らしながら口からそう溢した。


「高校に入って忙しいのでしょう? 最近の貴方は家で笑ってくれる数が減ったわ」

「俺らは凪の笑顔を見るのが好きだったのに」

「だからこうしてわしらは凪をここに呼んだのだ。ゆっくりしてもらおうと、リラックスしてもらおうと。じゃが……」


 カイがちらりとハクを見た。その視線を受けてハクはぎぎぎと小さく縮こまっていく。


「そう簡単にうまくいかなかったようだがな」

「うっ……」


 強引で最初、リラックス出来たかと聞かれればノーだが、今はこうしてゆっくり出来ている。

 ふしぎの国の住民の言う通り、最近の凪は忙しさからため息をつくことの方が多かった。

 高校に入学してから約二ヶ月。友人も出来て順調な滑り出しだった。しかし、課題はたくさん出るわ、小テストが毎週あるわで大変だった。中々中学生時代の感覚が抜けてくれなかったのだ。


「私たちはずっとずっと凪くんを応援してたよ。ハクなんていつも『凪くんの宿題のお手伝いをするーっ!』って物語から出られないのに言っててね」


「そう、だったのか」


 『ふしぎの国』を書いたノートをどこにやったのか凪は覚えていない。捨てた覚えもないからきっと部屋のどこかにあるのだろう。

 そんな忘れてしまっていた物語のキャラたちに愛されて応援されていた。そう思った途端に胸の奥がポカポカして眠たくなってきた。


「もう時間か。俺はまだ話していたかったぜ」

「チェシャだけじゃないわ。私もよ。折角話せたのに残念だわ」


 瞼が落ちていき、薄れる意識の中で残念そうなチェシャとハートの声が聞こえた。


「また明日も学校か。わしらはいつも応援してるぞ」


 カイの優しい声が聞こえ、その皺だらけの手でそっと頭を撫でられた。


「笑ってくれ! 私たちはそれで安心してお茶会が出来るからね」


 マッドの声と共に体に毛布のような物を掛けられた。


「頑張ってね、凪くん! 我らが…………アリス」


 ハクのその言葉を最後に凪の意識は途切れた。



♢ ♢ ♢ ♢



 目を開けると自室の天井が映った。

 

「……夢?」


 凪はベッドでいつも通り寝ていたようで特に変わったことは何もない。ただ日付は次の日で朝だ。


 ベッドから降り、部屋を出て、朝食の支度をする母に挨拶をし、顔を洗って戻ってくる。

 手早く制服に着替えると凪は自分の机や棚を漁り始めた。

 もちろん、ふしぎの国の記されたノートを探すためだ。


 存在をすっかり忘れていたから時間が大分かかると思っていたが、案外早く終わりものの五分で見つかった。


「字、汚いな」


 ふしぎの国とデカデカと汚く、大きさが歪な字で書かれていた。中の文章もめちゃくちゃで自分で書いて自分で読んでいるというのになぜか恥ずかしい。


 凪が作り出したふしぎの国(ワンダーランド)。忘れていてもその世界は凪のすぐそばにあり、いつも見守り支え、応援してくれていた。

 自分の創作物に励まされるとはどういう状況なのだろう。

 それでも。


「ありがとう、みんな」


 まだまだ大変なこともあるだろう。

 忙しくてため息がたくさん出る日も来るだろう。

 それでも彼らが愛した笑顔は忘れないでいよう。


 凪はそっと胸にノートを寄せて、優しく抱きしめた。

読んでいただきありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 冒頭からぐぐっと惹き込まれました! 通常見ることがない『白』以外の雲。何事だろうと思わせてからの、ファンタジーが詰め込まれた光景。鮮明に頭に思い浮かんで、自分が物語の中を見ているような気分…
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