処刑された令嬢は、恨まない ~あの世で詫び続けろと言われたのでその通りにしようと思います。逆行転生?なにそれ?~
ふんわり+適当設定です。
「あのね」
「どうしたの?リリア」
そう、これは、まだ幼いころ、まだ、お互いがあんなことになるとも知らず、幸せだったころ、私は、将来の婚約者とお付き合いをすることになった、王子と、王城の庭園で花壇の中央に備え付けられたベンチに二人で腰掛けていた。
それまでは、子供らしい遊びもしたし、悪戯もしたものだったが、もう、そんな時間とはお別れをしないといけない。
「明日から、王太子妃教育が始まるんだって……そうなったらイワンは……いえ、王子とはこんな関係は……」
「そんなことか。わたしも明日からは、王太子教育が始まると、父上より聞かされている。とても大変だと、聞いている」
二人して押し黙る。
「だが、リリアならば、きっと私の横に立つにふさわしい淑女になってくれると信じている」
熱い瞳が、私の心の中で灯となった。きっと、イワンとならば、やり遂げられる。だって、私は、イワンのお嫁さんになるんだから。
「あのね、もし、イワンの王太子教育が終わったら、私、イワンの言うことを一つだけ聞いてあげるね」
「そうか。それならば、わたしも愛する人のことを大事にすると誓おう」
「約束だよ」
「そうだね。約束だ」
遠い過去の記憶から、ふと、視界が現実に戻る。
春穏やかな、王城のあの日の中庭。花が咲き、蝶が舞う。ただ、その中ほどには、その光景にそぐわない、粗末な木の台座が組まれていた。
そこで、賓客を待つのは巨大なギロチンであった。ただ、その客の来訪が遅れているらしく蝶が、これから行われる行為を知ってか知らずか、罪人の頭が落ちるであろう木のおけの縁で羽を休めていた。
その光景が、今のわたしの目に映るすべてだった。
「これより、罪人 元侯爵令嬢 リリア・ブルベの処刑を行う」
私は、粗末な麻の服に身を包み、ただ茫然と、愛していた人の言葉をただ聞いていた。
「リリア・ブルベは、その地位を濫用し、学園に留学していた聖女 イリアに執拗ないじめを行った。これに対して、相手国より、抗議が行われた。もはや、かばい立てするわけには行かない。この処刑は、ブルベ侯爵も同意の事である」
私は、言葉を発する気もなかった。ブルベ侯爵家は、名前こそ侯爵家だが、その実、没落の一途をたどっていて、今回の私の婚約は、起死回生の一手のはずだった。
ただ、かばい立てすれば、火の粉が降りかかる。それを振り払う力は、ないことなどは、私にも十分にわかっていた。
「以上が、リリア・ブルベの罪だ。ただ、聖女の多大なる慈悲を持って、内々に処するべきと話があった。よって、リリア・ブルベの処刑を持って、ブルベ侯爵家については、処罰を終えたものとする」
ぼうっと、桶の縁にある蝶を見る。羽は十分に休まったらしく、今にも飛び立とうとしている。
「罪人 リリア・ブルベ。最後の慈悲である。自らの足で、処刑台に進むがいい」
すっと足が前に出る。一歩、また一歩。処刑台に自ら進んで行く。目の前には、自分の進むべき道を示してくれるギロチンと、処刑人と、イワン王子がいた。
そんな中、イワン王子が近づいてくる。
「リリア、なぜあのようなことをした」
「聖女様とイワン様がお近づきになるのが、酷く妬けたからです。それ以上の理由などいりますでしょうか?」
小声で、話をする。
「聖女からは、心まで邪悪に染まっていると評されたそうだが、そうか?」
「そう言われるのならば、そうかもしれません。それでいいではないですか?」
私は、もう、イワン王子と話をすることすら億劫になるほどに疲れて果てていた。2週間にもわたり、寝る時間も削られながら尋問を受けて、私は折れた。折れて全てを受け入れた。そんな私は、全てを否定れた。全てを失った。もう、それでいいではないですか。
イワン王子、ここにいるのは、リリア・ブルベではなくて、その抜け殻です。
「お前は、私からさし伸ばされた救いの手すら拒むというのか?」
はて、今の話のどこに救いがあったのだろうか。私は、不思議そうに、王子を見上げてそのまま、視線をギロチンへ移す。
「イワン様、救いの手はあそこにいらっしゃいます。ようやく、私は、救われるのです」
身体はふらふらだが、不思議と心は軽い。
「では、あなたのお仕事を成し遂げてください。」
処刑人に、精一杯の淑女の礼をする。処刑人は、ほんのわずかに眉をひそめたような気がしたが、それも気のせいだったらしい。
私の手を取り、処刑人と共にギロチンへと向かう。
「……私の救いを振り払い、そのような物に救いを望むのか!リリア・ブルベ!貴様という者と、過去に婚約を結んでいたことを私は深く恥じ入る。貴様に、安息などない。死すらお前には、安息を与えない。我が望みはただ一つ。あの世で、我と聖女に、詫び続けろ!リリア・ブルベ!!」
首が固定される。抜け殻だった私に、再び意味が宿る。よかった。リリア・ブルベが、ここまで生きてきたのには意味があった。返さないと。願いを受けたのならば……乾いた大地に一滴の水が染み渡ったような、かすれた安堵の声が、つい漏れてしまう。
そして、ようやく、愛する人の願いを聞くことができたと、ほっと息が漏れた。
その息ごと、ギロチンの刃が切り裂いていった。
私は、ゆっくりと目を覚ます。柔らかなマットレスの感触がそこにある。あちこちを触ってみるが、特にいたくもなく、首も切れている感触もない。
「ここは、死後の世界というやつでしょうか?」
辺りを見回すと、寝台の外はどうやら、屋外らしい。随分と、妙な感じがして、起き上がると、小さなティーテーブルとそこいるシルクハットに燕尾服を着た奇妙な紳士と目が合った。
「起きたようだな」
私が頷くと、紳士は、もう一つの椅子に掛けるように勧められる。そこに腰かけると、まるで最初から用意してあったように紅茶が、テーブルに現れる。紳士は、何かを手帳に書き込んでいたが、不意にその手を止めた。
「あなた様はいったい?」
そのタイミングで、私は、相手に問うことにした。もし神様ならば不敬極まりないが、もう一回死んだ身だから、結構どうでもよかった。
「うちの聖女が、失礼をした。」
「ええと?はぁ?」
その言葉で、神様だろうと確信はしたものの、何を言われているのかよくわからなかった。
「聖女に、リリア・ブルベに注意しろと伝えたところ、それを、本人に伝えず、王子に直接伝えたらしい。その上で、学園で自らが命の危機に立たされたといってな」
「あのよくわからないのですが?」
私は、聖女 イリアと仲が良かった。学園でも、できる限り、将来の王太子妃として、イリアのいじめに対して、矢面立って対抗したつもりだ。イワンにもそれをそれとなく伝えていたのだが、
「私は、リリア・ブルベに危機が迫っているから、注意しろと伝えるようにと言ったのだが、全く……すまぬ」
「ええと、はあ」
そのあと、私の処刑の裏側を聞いたが、何ともお粗末な内容だった。
聖女の伝えたのは、
学園でいじめがあり、何度も命の危機があった。ただ、昨日の夢で神託があり、リリア・ブルベに注意しろとのことだった。このままでは、危険なので一度国に帰っていいか?という内容だったが、
それが、王子の中で、
リリア・ブルベが、聖女に陰湿かつ命にかかわるようないじめを行っており、その事を注意するように国に伝える。と伝わったらしい。
それに対して、イワンが、どうすればよいかと聖女に問うたところ、
この件は、私が国から帰ってくるまでは、内々に処分した方がいい(犯人がわからないから保留しておいてください)と、返されて、
では、聖女が帰ってくるまでには、内々に処分しよう(リリア・ブルベが犯人なのだから、処刑を行おう)
という話になったということだった。
「本当に、頭が痛いですけど」
「すまぬな。神託には制約があるものでな」
イワンの選択もわからないわけではない。聖女のいる国は大国で、こんな小国など、一息で吹き飛ばされてしまうだろう。それを考えれば、苦渋の決断だったと言えるのではないだろうか。
「そこでだ、リリア・ブルベ。君に、過去に戻って、この事態を収拾してほしいと思っているのだが、どうだろうか?」
「どういうことですの?」
紳士は、大げさな身振りで話を始める。
「つまりは、この時間の中でもう一度、生をやり直す機会を与えようということだ。生き返るのだ。これは、最大の譲歩といえると思うが、どうだね?」
私は、テーブルの上の紅茶に視線を落とす。それは、血の色のようにも感じた。ゆっくりと、ソーサーを持ち上げ、音もなく紅茶に手を伸ばす。まさに飲み頃の紅茶は、私の舌を楽しませ、喉で福音を奏でているようだった。
「やり直しの件とてもうれしいですが、お断りいたします」
しばしの逡巡の後、すっと、ソーサーをテーブルに戻し、私はしっかりとした口調で答えた。
最大の譲歩だということも、たぶんそれが一番良いことだということも、わかっていたのだけど、
「ほう、リリア・ブルベ。君は他の魂とは違うようだな。生き返りを伝えたら他の魂ならば、喜んで煉獄の門をくぐったものだが」
「おあいにくですが、現世に未練がないのが答えです。ですが、やり残したことはあります」
その言葉に、紳士はぴくっと、その片眉をあげた。
「未練はないが、やり残したことがあると。何とも面白い」
「そのために、私は、なりたいものがあるのです。生き返りの代わりに叶えてくれないでしょうか?あなた様が本当に神であるのならば」
私が発した願いに、神様は驚いて、そして、面白そうに笑った。
「うう、赦してくれ。リリア」
イワンは、あの日のことを悔いていた。国から帰った聖女が、リリア・ブルベのことを尋ねてきた。その時に内々に処刑したと伝えたところ、その怒りを買ってしまった。
そして、リリアに告発した罪のすべてが、誤りであったことが明らかになったのである。
このことに、現在の国王は大いに怒り、イワンの王太子としての地位について当面の間、棚上げすると決めたのであった。
イワンも、その事には仕方なく思い、言われるままに離宮に移っていたが、その日から不思議な現象に悩まされるようになった。朝起きたときに、必ず部屋のどこかに手紙が置かれているようになったのである。
その中身は、ただ、一言謝罪の言葉が書いてあるだけ。ただ、それだけのことだった。
ただ、その字体は、あのリリア・ブルベの癖がよく出ている物だった。
最初の1週間は、その手紙を見るたびに震えあがったものだったが。それも段々と落ち着いてきた。
その代わりに浮かんできたのは、罪悪感だった。
『安息なく、あの世で、俺と聖女に詫び続けろ!』
ああ、確かに、そう願った。リリアと幼いときに交わした約束を守って、彼女は、今も俺に謝り続けている。
あんなことを言うのではなかった。こんなことになるのならば。
「赦してくれ……赦してくれ」
イワンの声が、静かな寝室に木霊した。
翌日の朝は、快晴だった。イワンは、急に入ってきた執事たちにせかされるままに、着替えて、城下にある大教会に向かった。
その馬車の中で聞かされたのだが、どうやら、聖女 イリアが呼んでいるらしい。
「一体……何の用だろうか?」
イワンは、ここ2か月ほどは、離宮に閉じこもっていたせいで、外の動きを把握していなかった。ただ、聞くところによると、聖女イリアは、今のところ、学園に通ってはいないらしい。
ふぅっと、息を吐いたところで、右手がカサッと何かの紙を握りしめた。驚き怯えた表情で、それを見ると、いつもの手紙だった。今日は、すでに一通届いていたが、さらにもう一通。それを見比べると、深いため息をついた。
大聖堂に馬車を横付けし、辺りに気付かれないように隠されたまま降りる。そのまま、窓もない廊下を、先導のろうそくの灯を頼りに歩いていくと、粗末なドアが現れた。
「聖女様がお待ちです」
そう言うと、先導してくれた男性は、道を譲る。
粗末なドアが、まるで、イワンの心情をあらわすように、鈍い音を立てて開いた。
「ようこそ、イワン王子」
「聖女 イリア。お久しぶりです」
実に2か月ぶりの再会だった。目の前の聖女イリアは、元気そうに振舞ってはいたものの、目の下のクマが、何か大きな悩みを持っている事を伺わせた。
「イワン王子、お久しぶりです。先日はお見苦しいところをお見せしました」
つい2か月前、リリア・ブルベのことを聞いた、聖女 イリアは、大いに激昂し、応接に使用した部屋は、使い物にならないほどに破壊されてしまった。その事を思い出し、イワンはつい、自虐的笑みを浮かべた。
「そうでもない。私が悪かったのだからな。だから、きっと、リリアは、私を赦すつもりはないのだろう」
ふっと、イワンが息を吐くと、イリアは少し呆れたように眉をひそめた。
「わたくしも、教会より、罰を与えられてしまい、当分の間は、聖女としての活動は禁じられることになりました。ただ、奇蹟の監視対象として、イワン王子と共に過ごすようにと、命じられています」
「奇蹟ですか?それはどういう?」
イリアは、床に置いてあった鞄を持ち上げると、それを机に乗せ、イワンに中身が見えるように広げた。
「何を?……ひっ!」
その中には、びっしりと手紙が入っていた。中身は全て一緒。
『イワン様と聖女 イリア様にお詫び申し上げます。』
「これに、心当たりがあるのではないかと思って、今日イワン様をお呼びいたした次第です」
「……俺が、俺があんなことを言ったからだ……」
イワンは、イリアに知っていること全てを話すことにした。
その情報を精査して、対象を聖女にもとりつくことができる怨霊リリア・ブルベとして、教会の総力を結集して組まれた、除霊、破邪の儀式は、ことごとく失敗した。
当初は、怨霊異端、赦すまじだった司教たちも、これだけ頑固なのだから、現世によほど未練があるのか、もしくは、生霊である可能性もある。降霊の儀式を行ってはどうかと、イワンに伝えた。しかし、イワンは、たとえ降霊の儀に成功しても、リリアと何を話せばよいのかわからないと、それを、否定した。
一方その頃、私は困惑の中にいた。
「人を怨霊扱いするなんて、イワン様、酷いです」
「いや、君も大概だと思うけどね」
「わたくしは、イワン様と聖女様が早くくっついてあげられるようにと思って、共通の話題を提供してあげているだけなのに」
「他の方法は考えつかないのかい?」
「でも、あの世で詫び続けろってイワン王子は言ったんですよ。こっちは誠心誠意を見せないと。」
困惑した表情の二人が映っている紅茶の水面を、そっと口元に近づけて飲み干す。もっとも、飲んだそばから、紅茶が湧き出してくるので、そのかさは減ることはない。
「ところでだが、当初はそういう目的ではなかっただろう?」
「ええそうですわ」
もともとは、イワンと聖女に謝罪の手紙と見せかけた祝福を配ることが目的だった。しかし、それを続けているうちに「あれ?この二人お似合いじゃね?」と気が付いてしまった。
「そう言うことしているうちに違うなって思ったんです。悪役が、ざまあされて、退場したのならば愛し合う二人はくっつかないといけない。ええ、くっつかないといけないのです。これは使命やご都合主義ではなく、宿命というもの!となるとやることは一つ。守護霊として全力をもって、二人に謝罪しないといけない。私などのために、傷を負った二人が奏でる!愛の協奏曲!応援しないわけにはいかないですよね」
ふんすと、鼻息荒くどや顔を見せた私を、神様は、呆れたようなジト目で見た。
「まあ、逆行転生を蹴って、自分の利にならないようなことを必死にする。人選を間違えたような気もするが、これも、人間の性というわけか?」
それに私は応えない。紅茶の中では、私の出す手紙に右往左往する二人が映っている。教会と王家も、ようやく重い腰を上げたようだ。そうなれば私がやることはたった一つ。
「届けてあげるわよ。最高のお詫びってものを」
その後、イワンとイリアは、奇蹟の申し子として、教会、王家の賛同の元、つつがなく婚姻の儀を執り行った。その功績を持って、イワンは、再度王太子に任命され、父王の退位に伴い、国王の座へと坐することになった。イリアは、その隣で王妃として、イワンをよく支えたとされている。
二人の治世は、イワンの政治の手腕もさることながら、奇蹟とも称さる穏やかな治世だったといわれる。その治世下では、天災も人災も起こらず、また、定期的に起こる魔物たちの大規模な氾濫もこの王国を避けて通ったといわれている。
イワンとイリアは、くしくも同じ日に死去することになるが、その遺言に従い、大量の手紙と共に死体は埋葬されることになった。
その手紙の多くは、二人への簡素なお詫びの文章だったが、2枚だけ、文面の違うものが存在していた。
日付は書いていなかったが、その2枚は特に大事にされていたようで、二人の胸の上に置かれた。
『今日はお詫びはお休みです。あの世で、あなたたちを祝福し続けます。
リリア・ブルベ』
『今日から、あの世で、二人に詫び続けます。二人の守護霊なんかになってごめんね
リリア・ブルベ』