0-6 灰被りな少女、猫を召喚する。
師匠の言うとおりに家から外に出た。
そこでなにが始まるのかなんて知る由もない。
ただ言えることは師匠が心の中では怒っているかも知れないと言うことだ。
あー夕方だからそこまで暗くはない。けど暗さのせいで心なしか師匠の顔が怒っているように見えた。
そんなこんなで先に出ると立ち止まり振り返った。なぜか先頭を歩かされていた。
「よろしい。んじゃこれから使い魔を召喚するよ」
ふへ? なにそれ? てっきり怒られるのかと思っていたよ。予想外だ。
使い魔ってことは猫とかを召喚するってことなのかな。え? できるのかな。
師匠は本気のようだ。相変わらずの怖い真顔だった。貫禄と威厳を兼ね揃えていた。
「良いかい。まずは杖を取り出しな」
あ……そうだよね。杖なしじゃただの人だよ。えーと杖……と。
杖を腰から外したは良いけど本当にできるの? なんだか不安だな。
それに杖に飲み込まれたくないから神経を尖らせないといけない。
「次は身構えて。両瞼を閉じるんだよ」
うげ。この前と同じだ。これは骨が折れるよ~。無事に終われば良いけどな。
仕方がないと杖を身構え両瞼を閉じた。ふぅ。落ち着いて。ゆっくりと集中しよう。
あ……師匠の言うとおりだ。こ、これが魔力の流れ? やった! 見えるようになったよ。
「もう……見えるね? それじゃ次は強く深く念じるんだ。猫を召喚したいと」
静かに頷いた。これならやれると自信がついた。ようやく猫が! 手に入るんだ。ぐふ。ぐふふふ。じゅるり。
は!? いけない。邪念は吹き飛ばさないと。すぐに軌道修正をしないといけない。
うーん? そもそも猫ってこうして見ると想像するの難しいな~。こんなにも難しいんだ。もうやけくそになりそう。
「集中し終わったら出でよ。猫よ! って言うんだよ。分かったかい。エレナ」
え? かなり恥ずかしいよ、それ。で、でもこれは猫ちゃんのためだよ! 仲良くしようね? 猫ちゃん!
集中に終わりが近付いてきたから恥ずかしいのを押し殺すことにした。これも猫ちゃんのためだと思うようにした。
「出でよ。猫よ!」
すると杖が脈を打つように呼応し師匠とのあいだの地面に魔法陣が浮かびあがった。
魔法陣はなんとも言えない輝きを放ちまるで夜空を彩る花火のようだった。あ……花火に失礼か。
で、でもちょっと暗くてよく見えないけど魔法陣の上になんかの物体が召喚されたよ。
「暗いね。ちょっと待ってな」
師匠の声が聞こえたと思いきや急に周囲が明るくなった。どうやら師匠の杖から発光しているようだった。
そのお陰でなんかの物体がよく見えた。だから両目を下ろすとそこにいたのは――。
「え? 猫……じゃない!?」
目を疑う光景だった。そこにいたのは宙に浮く謎の生き物。口を開けていると師匠が吹き始めた。
「フ。驚いたねぇ。これは猫は猫でもケットシーだよ。エレナ」
え? ケットシー? あ……でもどこか可愛いかも。で、でも! 猫は宙に浮かないよね。普通。
「誰だ! 僕を呼んだのは!」
急な喋りに混乱した。え? 猫が喋っている? う、嘘でしょ? どういう構造になってるの?
「ほら自己紹介しな。今日からこのケットシーがあんたの監視役だよ」
へ? 監視役? 一番に反応したところがそこだ。師匠はもしや寝坊助を監視しようとしている?
「どうしたんだい? 自己紹介は?」
うー。ずるいよ~。どさくさに紛れて監視役の印象を消そうとしているよう。なんだか複雑な気分だよう。
でもここで自己紹介をしないと今度はケットシーが機嫌を損ねそうだしやるしかないのか~。はぁ。
「えーと……私の名はエレナ。今日から私の従魔よ、貴方は」
なるべく優しい羽衣を被せるような気分で言った。精一杯の演技だけどこれで良いのかな。本当に。
「従魔? フッフッフゥ。従えたいのならこの僕を――」
うひゃあ!? 師匠が杖を使い火の玉をケットシーに当てた時に出た声だ。というか。師匠! なんてことを!
ケットシーは逆さまになり地面に落ちていった。だけど持ち前の気丈さで宙に戻ってきた。か、可愛い!
「な、なにするんだ! この! クソ婆あ!」
本当は猫がほしかったけどこれはこれで良い! 仲間が増えた! こんなにも嬉しいことはないよ~。
「やれやれだねぇ。生意気盛りとはねぇ。これは面倒が見切れるのかねぇ」
はい! 見切ります! うわぁ~。これが――。あ……名前がまだだ。名前はそうだ。シルヴァにしよう。うん! それが良い!
「師匠! この子の名前……シルヴァにしたいよ! 良いかな」
甘えるような声で言った。決定権が誰にあるのかなんて知らない。けどここは譲りたくない。
「良いよ。好きにしな。シルヴァはあんたの従魔なんだからね」
師匠! 感激の余りに跳びはねそうだった。本当に跳びはねたかったけどやめた。なんかシルヴァが馬鹿にしそうだったから。
「なに! 勝手に決めてんだよ! 僕は――。う」
はは。師匠が凄い笑みを浮かべながら杖の先端に火を点けた。そんな光景を見たシルヴァはなにも言い返せなかったみたい。
「分かったよう! ふぅむ。シルヴァか。人間にしてはよい名だな。受け取ってやる。有難く思え」
はは。凄く上目線だよ。これは本当に面倒が見切れるのかな。で、でもね! 話し相手がほしかったからこんなにも嬉しいことはないよう。
なんだかんだで私とシルヴァの対面はこれが初めてだった。果たしてシルヴァは私に懐いてくれるのだろうか。それはシルヴァの気持ち次第だった。