流通の町、コーンロウ
天然食、自然由来のオーガニック食材を使用した料理。
超高級な栄養摂取の手段であり、富の象徴。
「美味い!!」
テーブルに広がるのは、瑞々しい野菜のサラダと分厚く切り分けたステーキ、そして香ばしく焼けた堅パンとスープだ。
それらを一口齧り、一口啜る度、得も言われぬ充足感を感じていた。
「あらあらぁん、良い食べっぷりね」
やたら渋めの声をくねらせて喋るのはこの宿を仕切るオーナー、ルクレツィアだ。
見た目は筋骨隆々のタフガイにしか見えないのだが、本人曰く「恋する漢女」というらしい。趣のある嗜好だと思う、自分の世界にも一定割合そういう人達は居た。
「いやぁ、長い事生きて来たがこんなに美味い食事は初めてだ。ありがとうオーナー」
「やだぁシュウちゃんたら、一体どんな修羅の国で生きてきたのよぉん。それとも口説いてるのかしら?あっはぁあん!ゴメンなさいね私心に決めた方が居るの!」
謎のマッスルポーズを取って上着をビリビリと破っているルクレツィアを無視して食事を貪る。
何せ天然食だ、上級民と揶揄される大富豪が馬鹿みたいな金を積んで現実世界で食える代物を、こんなに容易く食えるとは。
「あ、シュウさん!お待たせしました」
スイングドアを通って1人の青年がやってきた。
「お~モズ、お前も食うか?ここの料理は絶品だな」
彼の名はモズ、金髪をおカッパに切りそろえた痩せぎすの青年を、自分の隣席へ促す。
「もう!シュウちゃんたら……あらま可愛い子!ドリンクサービスしちゃうっ」
ルクレツィアが照れながら背中をバンバン叩いている。その度に椅子が跳ねてしまうのでやめて欲しい。
「ありがとうございます。ではミルクを」
モズは、このコーンロウという町に商いに来た商人だ。馬車でやってきたが道中賊に襲われかけた所を行き掛けの駄賃で助けたら、追加で町までの護衛を頼まれたという経緯がある。
謝礼はくれるというので、二つ返事で請けた。ありがたい話だ、現地での通貨が手に入るのだから。
EL.F.だとあまりにも目立つので、迷彩状態のままアイリスに操縦を任せて空からダイブした。相手はただの人間だ。体内のエンジン出力だけで吹き飛ばせた。その為か知らないが、モズは俺の事を凄腕の風魔法使いなどと勘違いしているらしい。
というか魔法がある事に驚いた。いやそりゃあ在るか、ドラゴンまで居たし。
何より、言葉が通じたのは僥倖だった。あらゆる文明の交わりは言葉無くして何とやらである。
モズには、自分は人里恋しくなって町を目指している旅の魔法使いという事にしておいた。ならば町で暮らせる手続きをお手伝いしますと申し出てくれたのだから渡りに船である。この宿は、コーンロウへ入る際に衛兵へモズがおすすめの宿を聞いてくれたのだ。中々気が利く男である。
こうして早速宿を取った。宿は1階の食堂でオーナーのルクレツィアさんが提供する食事が絶品と評判だったので、モズが馬車を預けて来るまでの間に腹ごしらえをしていた。
モズが戻ってきたら、仕事探しだ。この町で今後も生活していくならば、継続的な実入りが必要だが、モズがその案内をしてくれるというのだ。
「ご馳走様。じゃあオーナー、行ってくるよ」
「はぁいお粗末様。早速お仕事探しね、頑張って!」
ルクレツィアの熱い(厚い?)投げキッスを背に受けて、2人で宿をあとにした。
コーンロウは巨大な石壁で組まれた塀の中にある町だ。町は石畳で舗装され、家屋も石造りの町並みが揃っている。
モズ曰く、ここは流通の町なんだそうだ。多くの国境に近い為、様々な商品や仕事の依頼が舞い込む。故に商人も傭兵も才能や腕があれば、最もチャンスの多い町と言われているのだとか。
「ほら、あれが組合所です」
モズに案内してもらったのは、傭兵組合所と呼ばれる建物だ。モズは隣り合う商業組合に用があるらしい。
賊を一蹴できるほどの魔法使いなら、傭兵として登録しておけば仕事の多いコーンロウで金に困る事はないだろうとのモズの薦めだ。実際、あんなのを相手にするだけで金が手に入るなら楽なものだろうと頷いた。
「受付に傭兵登録したい旨伝えて下さい。適性審査の後、能力に応じた傭兵証が発行されます」
「ありがとうモズ、行ってくるよ」
「いえ!命の恩人ですしこれくらいは。それに僕は今後も頼りになる護衛が必要になると思います。その時シュウさんを指名させて頂ければという投資も兼ねてますから気にしないで下さい」
「分かった、いつでも呼んでくれ」
モズと手を振って別れる。彼には頑張って成功して欲しいものだ。
組合所と呼ばれる建物に入ると、受付と待合用と思わしきテーブル、そして乱雑に張り紙がされた掲示板などが目に入った。
鎧を来た物々しい男達の何人かがこちらを向くが、気にせず受付に直行だ。
「ようこそコーンロウ支部へ、ご用件を伺います」
受付をしていたのはふわりとウェーブのかかった栗色の髪を持つ女性だった。
「傭兵として登録したいのですが」
「初めての方ですね、では登録証の発行に手数料として銀貨20を頂きます」
革袋からモズにもらった銀色の貨幣を20枚差し出した。
生活の上で必要になるのは大抵が銅貨と銀貨という事で、モズが礼金の金貨を崩して渡してくれていた。
やはりできる男だ。
「はい、確かに。それでは適正審査の為に問診をします。虚偽の申告は同業者や顧客を危機に陥れ、組合の信用を著しく失墜させる上に、何よりあなたの命を脅かす大変危険な行為です。今のご自身の能力を、嘘偽りの無いよう答えて下さい」
死地に人を送り込んで使い潰すような組織では無いということだろう、彼女の真剣な物言いからそれが伺える。
「ではまずお名前を」
「シュウだ」
「戦闘経験は?」
「ある」
「どのような戦い方ができますか?」
「風魔法が使える」
答えていく度に、受付のお姉さんはスラスラと紙に文字を記入していく。
「では、倒した魔物の中で最も強力な個体は何ですか?」
「名前は知らんが、羽の生えた結構強いやつは倒したな」
ドラゴンしか倒したことは無いが、正直に言っても信じられないだろうし、適当に誤魔化した。
「うーん、もう少し特徴を教えて下さい。それは飛べますか?」
「ああ、結構速かったぞ」
「ええ!?じゃあまさか――」
不味い、もしかしてこれだけで竜と特定されたか――
「ピポットピジョンではありませんか!?」
――なんて?
「新人の頃にそんな強い個体を倒せるなんて、凄い才能ですね!」
頭の中で、武器を持った人間に高速で飛び回りながら襲いかかるハトをイメージした。
いや分からん、何者だピポットピジョン。
「恐れ入ります」
分からんが、とりあえず話に乗っておく事にした。
知らない国へ行ってマトモな飯にありつけた時の感動はひとしおです。