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闢発の妖精王1 壊滅編  作者: C先輩
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迅雷、紫電を呑む

 見渡す限りの虚空は星々が瞬き、眼下にはコバルトのような海に囲まれた大地が広がり、その上を白雲が流れていた。

 一体ここはどこなのか、惑星を背景にした宇宙フィールドなど聞いた事がない。


 自宅で寝てから自分の記憶が無いというのに何故EL.F.に繋がっているのかもよく分からない。


 もしや夢――まだ寝ているのだろうか。


「それにしては感覚がリアルだ」


 腕を回してみようとすれば、機体の腕部が実際にぐるぐると回っているし、慣性や負荷もしっかりと感じている。神経を同期させたEL.F.が、しっかりとその手応えをフィードバックしていた。


「アイリス」


 音声入力で補助AIを立ち上げる。程なくしてコンソールがもう一つ立ち上がり、聞き慣れた女性の声が聞こえてきた。


「おはようございます。シュウ様」


「今の状況は分かるか?」


 アイリスはややあって、戸惑ったような声を出した。


「申し訳御座いません。システムが不自然なエラーを発しています」


「なんと?」


「ネットワークが殆ど死んでいます。現在は独立稼働状態で、クラウドのバックアップはありません」


 意味が分からない。ここはオフラインのプライベートエリアとでもいうのだろうか。これほど膨大な情報量を誇るフィールドを個人規模のリソースで拵えるなど、到底信じ難い。


「兎に角一度ログアウトする。通信が不安定じゃあ、いつ事故が起こるやら」


 物理的な柵から解放された現代人にとって、仮想空間での数少ない身の危険はネットワーク事故だ。極稀にだが不慮の通信障害で神経接続した脳が損傷し、脳停死に至る場合がある。


「system」


 システムのメニューを呼び出す。が、待てど暮らせど望んだものは目の前に出てこない。


「call――tsk――debug――」


 試しに他のコマンドを喚び出しても同様だった。


「おいおい勘弁してくれ……」


 冗談抜きで回線不通だ。これでは本当にネットワークに繋がっていないのと変わらない――いやむしろ、より状況は悪い。

 今の自分は現実の身体と接続が無いゴースト状態という事だ。もしこんな状況で意識を失えば脳停死も有り得る。


「シュウ様」


 頭を抱えている所に、アイリスが声をかけてきた。何事かと目線を戻すと、アイリスが狙撃用望遠レンズへと視界を切り替えてくれた。


 視界の先、映っていたのは地球の双曲線の彼方から飛来する巨大な影。

 翼を広げ、長い尾を棚引かせて飛ぶそのシルエットは、誰もが知る空想上の伝説の生物――竜だ。相対距離から逆算して、体長は凄まじく巨体だ。あれほどの巨躯を空に飛ばすとはどういう理屈なのか。


「どうなってるんだあれは」


 自分達の暮らしている仮想空間は高度な物理演算に基づいた世界であり、ほぼ現実に則した物理法則に縛られている。EL.F.とて、常識外れな兵器と云われども、素粒子エンジンの機能に基づいて製造された、理論上は本当に実在し得る機械だ。だというに今眼前に迫りくる竜は、推進機も無い生物のフォルムを有し、羽ばたきもせず速度を維持して飛んでいる。ハリボテの竜に素粒子エンジンを仕込んで飛ばしているのならあり得るのかもしれないが、どう考えても狂気の沙汰だ。


 竜はついに有視界距離まで迫りくる。銀の鱗を纏い、鋭く伸びた爪と、がっしりとした体躯は、見るもの全てを畏怖させる威容を誇っていた。視界を望遠から通常のカメラへと戻し、竜を待ち受けている時、それは起こった。

 竜の口がバチバチと発光したかと思うと、大きく身体を仰け反らせる。嫌な予感しかしない――スラスターを全開にして、横方向に急加速する。

 直後、先程まで居た位置を激しい閃光を伴って熱線が通り抜けていく。その凄まじい余波は機体を覆う素粒子の膜を叩き、衝撃の強さを物語っていた。

 冗談では無い、今は間違っても撃墜なんぞされてはいけない危険な状態なのだ。


 〈戦闘モードへ移行、クラウド接続エラーにつき、手動による粒子管制制御へ移行します〉


 アイリスの声が通信式へと切り替わる。音声が脳が処理できる信号へと置き換わり、瞬時に思考や意思共有が可能な状態になった。

 直様左の背部ハンガーから、角柱となっていた超電磁加速砲を展開し脇に構える。この距離ならば、接近を許すまでもなく仕留められるだろう。


 今は、未知との遭遇でワクドキ体験を楽しむような余裕は無い。


 〈充電開始、発射まで20〉


 アイリスがカウントダウンを始めた瞬間だった。銀竜は咆哮すると、全身から紫電を周囲に放ちながら突進してきた。恐るべきはその速度で、先程とはまるで違う――ともすればEL.F.の戦闘機動に追い付き得る速さだった。

 照準が思うように定まらない。クラウドの演算補正が無いからだろう、撃てば必勝と謳われた切り札も、撃てなければどうという事は無い。

 その間にも竜は距離を詰める。やむを得ず砲を背負い直し、静止射撃を諦めて距離を取った。先程の熱線を警戒して急旋回や急上昇による三次元機動を織り交ぜると、驚いた事に銀竜はフレイの機動へ追従して見せる。銀竜から時折紫電が走ると、物理法則を無視して直角のような軌道を描いて追いかけて来た。

 慣性もクソも無い出鱈目さだった。素粒子エンジンでも積まれているのではないだろうか。

 バチバチと帯電する銀竜は猛然と迫り、その巨大な鉤爪を振りかざす。それはフレイを握りつぶせてしまう程の大きさだ。咄嗟に超重剣を取り出して、眼前まで迫った爪を横から叩きつけると、巨大な爪が木っ端微塵に砕けた。

 銀竜は絶叫と呼ぶに相応しい咆哮をあげる。先程よりも瞳にはより強い憎悪の火が灯っているのだろう。痛みを忘れたかのように激しく追い縋る。嵐のような猛攻だった。紙一重で躱そうとすれば、EL.F.の粒子制御を持ってしても質量を全て受け切れずに弾き飛ばされる程だ。躱し切れない攻撃を超重剣で受け流そうとすれば、機体の関節が悲鳴を上げていた。


 目まぐるしく機体を動かし、激しい攻防を繰り返す内、ふと奇妙な感覚に囚われている事に気付いた。


 楽しい――?


 それは久方ぶりに思い出した感覚だった。

 ひりつくような緊張感、一瞬の油断もできない駆け引き、持てる力の全てを出し切って競り合う充実感。

 世界中の名だたるプレイヤー達が辿り着けなかった闘争の領域に、目前の竜はたやすく踏み込んで来たのだ。


 かつてこれほどの高揚感はあっただろうか――いや、無い。


 ここがどこなのか。

 この竜は一体何なのか。

 今、この時だけはどうでも良いと思えた。

 初めて、全力で戦える相手が現れたのだから――


 もし、ここで竜に殺されれば、本当に死んでしまうかもしれないと恐れる理性を、堪え難い闘争心が塗り潰していく。

 今日は厄日と思っていたがとんでもない、自分の人生で過去最高の日では無かろうか、目の前の竜に愛おしさまで湧いてきた。


 この竜に勝ちたい。

 でも勝負は続けたい。

 願わくば、この甘美な矛盾に浸っていたい。


 そんなのは御免だとばかりに、銀竜が動く。突撃をしながら口元からバチバチと光を放ち始めたのだ。次の衝突時に、あの熱線を至近距離で放つつもりなのだろう。

 銀竜は紫電を放ちながら加速、まさに稲妻の如き速さと軌道を描きながら、こちらの進路へと先回りした。


 ここだ――


 〈シュウ様〉


 アイリスの合図を脳が受け取るよりも早く、機体は動いていた。

 選んだのは更なる加速、圧縮大気を背面スラスターから爆発させて銀竜の懐へ飛び込んだ。

 虚を突かれた銀竜は一瞬対応が遅れた。

 下段から振り上げた超重剣は、素粒子の制御によってその大質量を忘れたかのように加速し、釣り竿を振るかの如き速さで銀竜を捉えた。


 大気が揺れる程の衝撃が走った。


 銀竜は勢い良く打ち上がる。竜鱗が粉々に砕け、衝撃によって身動きが取れない銀竜を確認すると、間髪入れずにアイリスの声が聞こえてくる。


 〈take (照準)a sight(捕捉)


 アイリスはこの状況を待ち構えていた。砲身の再展開を終え、照準は既に銀竜を捉えている。


 〈discharge(解放)


 アイリスの発射信号によって、砲身から音よりも遥かに早い飛翔体が飛び立つ。


 空が絶叫する――


 超重剣の比ではない、大爆発と言って差し支えない程の轟音が響き渡る。撃ち抜かれた銀竜の身体は、木っ端微塵に弾け飛んだ。

 殴り合いを経て気付いていたが、どうやら竜は魔法のようなインチキ能力を持っている訳では無いようだ。

 であるならば、ただひたすらに暴力的な運動エネルギーで相手を粉砕する超電磁加速砲で仕留められるという推測は当たった。


 辺りを静寂が包み、時が止まったような空間に、フレイの砲身だけが排気熱による白い蒸気を立ち上げる。


「ありがとう」


 思わず感謝の言葉が出てきた。

 純粋なまでの闘志と、それに違わぬ力を余すこと無くぶつけてくれた事への感謝だった。

主力の修理や治療が間に合わず、次のステージで地獄を見る事ってありませんか?

シュウはありません。戦闘が終われば、機体の損耗は費用を払ってすぐに復元していました。

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