虚ろな勝利
EL.F. 〈略〉 ELementary perticles. Frame.から素粒子機兵、エルフレーム、エルフとも。
多くを人型に模した機体に、次世代原動機〈素粒子エンジン〉を搭載した兵器。
人類が主たる生活圏を仮想空間へと移した先にて生み出した、高度先端技術の結晶――それを内包した兵器。
物質を透過し、僅かな質量を持つ素粒子。大気中を流れるその膨大な粒子を操るEL.F.は、重力の楔から解き放たれた兵器である。
遅すぎた大発明、ついに人類が到達した無限機関。
その主な用途は、"娯楽"だった
世界の名だたるトップランカー達が集い、EL.F.同士の武を競う大会は恙無く終了した。
選手達は手塩にかけて作り上げた機体と、血の滲むような訓練の末に栄光を勝ち取ったのだ。
だというのに、彼らはここ、砂塵が吹き抜ける競技用フィールドたる砂漠にて、倒れ伏していた。
「どうした諸君!」
それを生み出した張本人であるシュウが愉快そうに声をあげる。視界の先には、膝を付き、装甲を抉り取られ、煙を吹きながら四肢一つ動かすことさえ叶わぬ機体達が並んでいた。
彼らは先程まで、勝利の美酒に酔いしれていた栄え強者達だ。
「化け物・・・」
誰からか、吐いて出た怨嗟の言葉が聞こえる。だが特定する意味などない。それはこの場に居る全ての人間が感じていた事であるからして。
恐怖と忌避の視線は彼らの頭上、シュウが乗るEL.F.へ向けられていた。細身のシルエットに金のエングレービングが施された翡翠の装甲を纏い、ヘルムのバイザーからは2つの鋭い視線が光る。展開式の超電磁加速砲を折り畳んだ、巨大な角柱を背部ハンガーに背負い、身の丈程の巨大な超重剣を軽々と担ぐ様は威容である。
「この催し物は、そちらが企てたものだろうに。俺を化け物として扱い、化け物として討とうとしたのは君達だ。私は化け物としての役目を果たす為に、全力で化け物を演っているんだぞ?」
シュウの語気に含まれていたのは怒りか呆れか或いは嘲笑か、何れにせよこの惨状は君達が望んだ事だろう?と続けてみせた。
――かつて、シュウの開発したEL.F.の中でも最高傑作とされた機体『フレイ』。
大会側が想定していなかった威力の兵器を持つフレイは、不十分なリミッターによって強すぎるフィードバックを対戦相手にもたらし、脳波停止に追いやる大事故を引き起こした。
これによりシュウの機体はレギュレーション規制の対象となる。フレイの使用できる機能や兵装は尽く制限された状態となった。
当然シュウは運営委員と交渉をするも、シュウ1人の為に譲歩は許されないとして折り合いがつかず、最強と謳われたEL.F.は日の目を見る機会を失った。
だが少ない期間で圧倒的な強さを見せつけたEL.F.にはファンも多かった。彼らの批判を躱すため、運営委員は特例のエキシビジョンマッチを組む事となった。
それが世界ランカー上位5名対シュウによる、一体多数戦である。
無謀だという声が上がった。
これは運営が企画した、シュウを再起不能にするための虐殺だ――
――しかしてシュウは、その案を受けた。
蓋を開けてみれば運営委員の判断は正しかった。
正しくも誤っていた。
シュウの機体とのパワーバランスを取るのに、5機程度ではまるで足りなかったのだ。
「どうした、四肢が千切れかけているぞ?ほら立て、力が無いなら主機を回して掻き集めろ、不意を突け。これは強敵と戦うイベントなのだろう?強敵とは、全員でいたぶれる程度のナメクジを言うのか?何故そんなに不満そうなんだ?」
シュウは一切の容赦をしなかった。
共振型素粒子エンジン、超電磁加速砲、粒子光学迷彩、AI同期型FCS――禁止された数々の兵装を取り戻したフレイの力を見せつけてやらんとばかりに猛ってさえいた。
煽られて、5機の機体が余力を振り絞って飛んだ。亜音速を超える戦闘速度を誇るEL.F.が5機、前後左右と上から一斉に飛び掛かった。
直後、凄まじい衝撃音が走る。フレイが頭上へと飛び上がり、超重剣を振り抜いて進路上に居た機体を粉砕した音だった。
――生み出せる速度が、破壊力が、まるで違うのだ。
背部ハンガーに懸架した角柱がスライドして腰に回る。角柱に付いたグリップを握ると変形を始め、長大な砲身へとその姿を変えた。
超電磁加速砲、フレイが持つ最大火力の兵装だ。
〈充電完了・安全装置解除・敵集団中央を補足〉
通信越しに補助AIのアイリスが情報を伝えて来る。
電力制御に照準補正、熱損失の減衰制御に至るまで超高速演算が必要なこの兵装は、技術特異点と言われた超AIのアイリスが必須だった。
兵装登録と同時に使用禁止となった自信作の貴重な見せ場、ここで使わなくていつ使うというのか。
〈撃て〉
〈出力解放〉
轟音一閃――大気は絶叫し、瞬きの合間に全ては終わった。
超電荷容量体に蓄えられた大電力が一気に荷電され、摩擦熱と衝撃に耐えうる超硬度のマテリアルが撃ち出されたのだ。
圧倒的な運動エネルギーは地表に直撃し、砂漠の砂を津波が如く押し上げ、巨大なクレーターを生んだ。
凄まじい衝撃波は軸線上の周囲に居たEL.F.達を根こそぎ薙ぎ払い、最早跡形もない。
排熱中の砲身と超重剣をハンガーに戻して、シュウは砲撃跡地に降り立つ。
「戦闘終了です。お疲れ様でした」
通常音声に切り替えたアイリスが勝利を告げる。
「ああ」
対するシュウは素っ気ない声だった。
シュウは戦いを終えて、不意に理性を取り戻したかのような、悟りのような境地を感じていた。
ついに公の場で最強を証明してみせた。
誰よりも抜きん出て並び立つ者は居ないと。
――だから何なのか?
虚無感がジワリと、シュウの背筋から這い上がる。
「嫌な世界だ」
シュウは逃げるようにしてログアウトした。
主催は今頃大慌てだろうが、シュウは無意味な表彰に付き合うつもりは無い。
プライベートサーバに帰宅したシュウは、すぐさま意識を投げ出した。
次にシュウが目覚めると、眼下に蒼い海と大地の広がる惑星を見下ろしていた。
・・・server access error ――time out.
・・・cloud app reboot ――time out.
・・・error check start ――time out.
・・・Safe mode boot on.
・・・System boot ――HelloVector.
その身体はEL.F.に接続され、機体は大気中の素粒子を巻き上げて大空にて静止している。視覚に映る高度計は2万8千メートル――成層圏と呼ばれる位置を示していた。
「なんだ、これ」
そこは神の奇跡を喰らい、飢えた呪いの住まう世界。
天秤の瑕は、その秤を虚ろへと沈んだ。
だが人々の祈りは、小さな奇跡を因果地平の彼方より手繰り寄せた。
それは機械仕掛けの妖精王。
闢発の号砲が齎すのは福音か、それとも――
ファンタジーで最も不気味なものは何か。
私はレベルアップだと思います。