お掃除ドラゴン
次の日にはドラゴンが壊した入り口の補強作業も終わり、ひび割れ脆そうに見えた入り口は影も形もなくしっかりした物になっていた。
「もう、ストッパーもいらんな。ガッチリ乾いてる」
「入り口だけでだいぶ変わったッスなぁ。昔住んでた洞窟の入り口のような感じが、まったくしないッス!」
「洞窟の入り口か・・・・・・。分かるような分からんような・・・・・・」
「もう人間さんの家って感じがしまくりで嬉しいッス!」
「喜ぶのはまだ早いぞ!次は中の掃除だからな!」
「えいえいおーッス!!」
だが、この掃除が予想以上にクセ者だった。
「これとか、明らかにゴミだろうに・・・・・・」
「ダメッス!ゴミじゃないッス!!あたしの宝物ッス!!」
「だってソレ・・・・・・、ただの酒ビンの破片だぞ?」
「分かってないッスねぇ!破片だからいいんスよ!!ここ見るッス!この割れた部分の光沢と、ここをこの角度で見ると他の部分より色の濃い感じがして綺麗じゃないッスか!」
薄緑色のビンの破片1つが綺麗だからと言ってゴミじゃないと力説してきたのだ。
他にもそんな感じなのがゴロゴロしてて、なかなか片付かない状況だった。
「このままじゃ掃除が終わらんな。仕方ないからゴミかどうかの選別は後にして、とりあえず全部一旦外に出すぞ。んで、俺は中の床や壁の拭き掃除で、お前は外に出した物を選別な」
「了解ッス!!」
「元気なのはいいが全部残すとか言いそうだ・・・・・・」
そして教会の中の掃除を終えた。
「時間はかかったが、見違えたな。ステンドグラスからの光がより反射して前より中が明るくなった。しっかし、この世界には蛇口とかないのな。井戸から汲み上げるしかないとは・・・・・・」
青年はドラゴンの方を見に外に出たらこめかみを震わせた。
「むにゃむにゃ・・・・・・Zzz」
「寝てんじゃねーーーーーー!!」
「はっ!!いっけなーいー、ちこく遅刻~ッス!!」
「どこにだよ!!」
「ちょ、ちょっとしたジョークッスよー」
「つーかどこで覚えたそんな台詞・・・・・・」
コイツは以前否定していたが異世界転生疑惑が再浮上なんだが・・・・・・。
「むかーし、お母さんがよく言ってたッス。懐かしいッスなー」
「お前の母親かよ!俺の世界だと女子学生が言ってそうな台詞だぞ?」
「じょしがくせい?は知らないッスが、お母さんがあたしに内緒で、お父さんとの待ち合わせに行く時の台詞ッスね」
「何で内緒なんだよ・・・・・・」
「それは子作りしてたからッス!」
「ぶっっ!!」
「あたしの遊び相手だったじぃちゃんがこっそり教えてくれたッスよ」
「じぃちゃん余計な事を!!」
「そんな驚く事ッスかねー?あたしらドラゴンの絶滅の危機ですし、仕方ないッスよ。というかあたししかいないし、むしろ頑張りが足りないと言えるッス!」
・・・・・・お前の父さん、精も根も尽き果て亡くなった?
つーか、絞り尽くさたか?怖いな。
青年は青空の向こうで青い鱗のドラゴンが、涙を滝のように流しつつ親指を立てているような気がした。
人によっては男の鑑だ!とか立派だった!とか幸せな最後じゃないか!とか言いそうだが、俺はごめんだ。
青年は青空の向こうで青い鱗のドラゴンが、驚き口を大きく開けて再度泣き叫んでるような気がしたような、しなかったような気がした。
「つーか!そんな事はいいんだよ!掃除の途中だろうがぁ!」
「そんな怒んないで欲しいッス!ちゃんと頑張るッスからー!」
「あたりまえだー!」
そして、ゴミの選別が再スタートしたわけだが・・・・・・。
「しっかし、ドラゴンの宝ってもっと価値のある物の山だと思ってたんだがな。こう、金銀財宝的な・・・・・・」
「人間さんの言うお宝はあたしには逆によく分からないッスが、そういうのを集めてたドラゴンも確かにいたッスよ。具体的にはじぃちゃんのお兄さんがそうだったッス」
「マジか!」
「でも、教えてあげないッス。人間さんは欲に目が眩むと碌な事にならないらしいッスからね」
「それは・・・・・・、否定できんな」
議員の汚職とか。
有名人の脱税とか。
ニュースになって騒がれたからなぁ。
「むーーー・・・・・・。もうちょっとこの話に食いついて欲しかったッス!人間さんとは思えない欲の無さでちょっと寂しいッス」
「なんでだよ!!」
「そ、それは最後に『あたしの番になると教えてあげてもー』的な流れにしたかったからッス!」
「で、番になると教えてくれると?」
「いやッス!!」
「結局ダメなんじゃねぇか!!」
「だって、お金持ってあたしの元を去って行きそう気がして怖いんスもん!」
「それ正解だな。たぶんソレ考えるやつ多いぞ?」
「あたしは人間さん好きッスけど、そこは悲しいッス・・・・・・」
その後も、仕分けをドラゴンは続けた。
しかし、結局大部分を残すと言い出してしまったのだった。
「仕方ない・・・・・・。ゴミにしか見えんが、せめて綺麗に見えるようにコレクション棚用意するか」
「コレクション棚?ってなんスか?いい響きッス!わくわくッス!」
「そういや俺も子供の頃に、フィギュアや作ったレゴを並べてわくわくしてたなー。懐かしい」
ドラゴンは知らない新しい物に興味があるようで目を輝かせた。
「レゴ?フィギュア?ってなんスか!すごく気になるッス!!」
「落ち着け!いつか教えてやるから」
「やたーッス!」
「喜ぶより先に掃除の続きをやんぞ」
「おーーーッス!」
ゴミにしか見えないが、汚れを落とすべく綺麗に洗っていく。
次にする事は棚を用意する事なのだが、材料がないので出来合いの物を用意するしかない。
そこらの木を材料にする事も考えた。が、俺では綺麗な板に出来ずに歪な形の棚になるだろう。そこにゴミにしか見えない物を並べたら丸ごとゴミ箱になる事まったなしだ。
ぐぅーーー!
青年の腹の虫がなった。
いつの間にかお昼時となっていたようだ。
「ふー。そろそろ昼飯にしよう。腹減った・・・・・・」
「何か用意するッス!」
そして、昼飯を終えて青年とドラゴンは棚を調達すべく出かける事にした。
「頼むぞ!」
「ふっふっふー!あたしのテクニカルな手で行かせてあげるッス」
「妙な言い方をするな!!」
これから向かうのは戦争の際に人が居なくなったらしい廃村だ。
盗賊とか野盗がいる可能性もある危険な場所でもあるが、ドラゴンいるしなんとかなるだろうと考え向かうことにしたのだった。
「本棚の1つや2つはあるだろうし、それをいただくとしよう」
「それがコレクション棚になるッスか?」
「幅や高さ調整をちょこちょこさせて貰うけどな」
ドラゴンと青年は国境付近の廃村に向かって飛んで行った。
「これが、敵国に侵略された村か・・・・・・」
「そうッス。人間さんがいっぱい死んだ悲しい出来事ッス・・・・・・」
その廃村は焼け落ちたと思われる木造の建物が多くあった。
焼け焦げた地面と焦げ臭い匂いが今も残り、人の気配もなくとても静かだった。
「人の死体までは転がってないんだな・・・・・・」
「この国の兵士さんが、敵を追い返した後にせっせと埋葬してたのを見たッスよ」
「なるどな。たぶんだが、自国の被害調査も兼ねてたんだろ。流石に人の腐敗した姿は見たくなかったしマジで良かった」
「人間さんを殺すくらいなら、殺す前に少しくらいあたしに分けて欲しいッスよ」
「分けてもらって何をするつもりだよ?食うとか?」
「そんな事するわけないッス!!」
「冗談だ、冗談。で、ほんとは何をするんだ?」
「あたしが纏めて面倒みるッス。んで、みんなでおままごととかやるッス!」
「やる事がおままごとかよっ!・・・・・・て言いたいが、死ぬよかよほどマシで平和だな。しかし、おままごとか・・・・・・」
鎧着た大の大人がドラゴンにビクビクしつつ汗を流し、おままごとするのかと思うと軽いホラーな気がするな。
「それ言ってるッスよね?」
「やかましいっ!!」
青年は半壊しかけていた家を観察していく。
半壊した家は下手に入ると崩れる恐れがあるから、外から状態を確かめるためだった。
「これは、下手に入ると危なそうだなぁ。ちと気が引けるが、やっぱ損傷の少ない家から見ていくべきか」
「なんで気が引けるんスか?」
「そりゃ、廃村で半壊して放置された家なら何を持ち出しても怒るやつなんていないだろうからな。逆に無事な家だと廃村でも持ち主がまだいるかもしれんし、そしたら俺ら盗人扱いだろう」
「そんな人いるんスかねぇ?もう誰も住んでないと思うッスけど」
「俺の気が引けるって話だからいいんだよ」
青年は所々煤汚れがあったものの損傷の少ない家の扉にコンコンコンとノックをした。
ただし、当然のように返事はなかった。
「この家は中も大丈夫そうだな」
「でもこの家はなんで大丈夫だったんスかねぇ」
「家の壁の差だろう。所々煤汚れがあるし、矢も残ってる所を見るに火矢を打ち込まれたんだろうが、他の家とは違って燃えにくい素材を使ってたんだろう。煤汚れは矢が燃えて出来た。そんな所だろ?」
「なるほどッス」
「あんま信じるなって、これは俺の予想だ。真実とは違う可能性もあるだ。そんなんじゃ、他の人間にころっと騙されるぞ?」
「気をつけるッス!」
ガチャり。
青年は家の扉を開けた。
玄関から中を覗くと、物が散乱していて床も泥まみれの靴跡で汚れきっていた。
「このもう人が住んでるとは思えない様をみると、怖くなるな・・・・・・」
青年がこの時感じたのは戦争の恐ろしさだった。
泥にまみれた無数の大人と思われる靴後は敵の兵士が家の中に雪崩れ込んだ跡だ。
中に人が残ってなければいいが、残って居たとすればその恐怖は計り知れない。
男なら即殺されただろうし、女なら捕まえられ強姦される。子供なら捕まえて奴隷として売り飛ばされる。
青年はそんな風に想像したのだ。国が違い敵国となるだけで人権なんて簡単になくなってしまう、この世界はそういうもんだと思っていたからだ。
「あたしはウェルカムッスけど、ゾンビさんが住んでそうだからッスか?」
「・・・・・・そういう意味じゃねぇよ!!つか、んな事言われると入れなくなるだろうが!!」
ゾンビゲーやるんじゃなかったな・・・・・・。
ゲームの経験のせいで、それらしい家に入るのが怖くなる・・・・・・。
「ゾ、ゾンビがいたら任せていいか?」
「任せろっていいたいッスけど、あたし入れないッスよね?」
「た、確かに。つってもマジもんのゾンビを見てるしなぁ。ゲームだと天井から落ちてきたり、開けたドアの影にいてドアが閉まる音で振り向くと襲われたり、冷蔵庫の中にいたり、ベッドの下とかカーテンの裏や中とか、変に膨らんだカーペットの中にいてカーペットごと動き回ったりとか、2階の窓を外から突然突き破ってきたりとか・・・・・・。ゾンビ怖ぇーーー!!!!」
「ゲームって、ゾンビさんとかくれんぼでもしてたんスか?」
「してねぇし!!そんなかくれんぼ怖いわっ!!」
「楽しそうッスけどねぁ」
「楽しかったけど!状況が違う!!」
楽しかったのはゲームの中の話しだし!!
「んーと、結局どうするッスか?」
「・・・・・・もちろん行くに決まってるだろ」
「怖がる人間さんも可愛いッスなぁ!」
「可愛い言うな!!」
「えーーー」
「えーーーじゃない!!」
ちっ。
このお気楽バカドラゴンが!
「まぁ、なんかあれば近くの窓から飛び出すといいッス。外にさえ出ればあたしがなんとかするッスよ」
「マジで頼むからな」
「まかせろッスー!むふーーー!」
青年はどや顔ドラゴンに見送られながら、誰も住んではいないだろう家に入って行く。
「じゃ、邪魔するぞー・・・・・・」
青年は3m程進んだところで素早く振り返り入り口を確認した。
空けた玄関のドアの影には何もいなかった。
「な、何もいないか。つーかビビリすぎか・・・・・・。でもいきなり出てこられてたら対処しずらいしな・・・・・・」
やっぱ、慎重にいくか慎重に。
1階をゆっくり見て回った青年だったが、物が散乱し靴の足跡が床を汚してあるばかりでお目当ての棚がなかった。
なかったとは言うが、正確にはバキバキに壊れていて使い物にならなかったのだ。
「つ、次は2階だな・・・・・・」
青年は上に続く階段を見上げて、何も出てきませんようにと願ったのだった。
「ドッドッドラゴン どんどこどーん♪ ドラドラドラゴン いいおんなぁー♪」
家の外から何やら間抜けなドラゴンの歌が聞こえてきた。
「・・・・・・なんか気の抜ける間抜けな歌だな。怖がってるのが馬鹿らしくなってきた」
青年はとっとと終わらして帰ろうと思ったのだった。