ドラゴンになでなで
俺は後悔した。
何を後悔したかって?
ははっ、簡単だ。
ここは外、ここは上空、ものすごい前方からくる風圧。
ようするに。
「めたんこ寒いーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
「ん?何か言ったッスか?」
「今すぐ降りて!地上に返して!!」
青年は体を震わせ前から来る風圧に負けぬよう声を出した。
「あートイレッスか。OKッス!今よさそうな場所探すッス!!こういう気配りができるあたしマジお買い得ッス!!」
「ちげーーーーーーーーーーよ!!!!」
風圧に邪魔されいまいち声がちゃんと届かない青年であった。
「ご希望通りに茂みのある所に着いたッス」
「そんな、き、希望してね、ェ・・・・・・」
「どゆことなんスか??」
青年は凍えそうになった事を説明した。
「なるほどッス」
事情を理解したドラゴンは口を開けて青年に近付いた。
なるほどな。
恐らく火でも吐き出して凍えた俺を暖めようとしてんだな。
「危ないからじっとするッスよー」
「あ、ああ・・・・・・」
口を開けたドラゴンはそのまま青年にさらに近付いた。
おいおい・・・・・・。
ちょっと近すぎねぇか?
丸コゲになったりしないだろうな?
「ちょっと近すぎじゃないか?」
「じっとするッス~!えいっ!!!」
ドラゴンは青年を咥え口の中に放り込んだ。
「ぎゃ~~~~~!!!」
「あむあむッス!!」
「温いけどぬめぬめする!あと臭い!!」
「ぎゃ~~~ッス!乙女心が痛いッス!!」
「俺を口に入れたまま喋るな!!うるさいーーー!!」
青年はぬめぬめのぐちょぐちょになった。
「おい・・・・・・。この状態の俺に何か言う事はないか?」
ドラゴンは視線を逸らしつつ申し訳なさそうにしていた。
「人間さんごめんなさいッス・・・・・・」
「しっかし、この匂いはなんだ?生臭い上に防虫剤のような・・・・・・。というかなんか体中がピリピリするな」
「ピリピリ・・・・・・?」
ドラゴンは顔を青くした。
「まずいッス!!」
「なんだ急に!まずいって俺の事か!!」
「失礼するッス!!!」
ドラゴンは慌てて青年を再び口の中に放り込み空を飛んだ。
空中で何かを探すように頭を左右にぶんぶんして、目的の物を見つけて速度を上げて突撃する。
「おい!何のつもりだ!」
「人間さん少しの間息止めるッスよ!!」
「だーーー!口に入れたまま大声出すんじゃねー!!」
「行くッス!!」
「うおお!!つ、つめ、うぼぉぉあーーーー!!」
ドラゴンは口を少し開けたまま川に突っ込んだ。
冷水の川の中でドラゴンは口の中と青年を冷水で洗って川から出た。
「さ、さみー・・・・・・。ガクガク・・・・・・ブルブル・・・・・・」
「だ、大丈夫ッスか・・・・・・?」
「大丈夫じゃねぇよ!手足が震えるほどさみーんだよ!」
「またあたしの口に入るッスか?今度は大丈夫ッス!」
「断る!つーかお前火とか出せないのかよ!!」
「おお!その手があったッス!さすが人間さんは頭がいいッスな!」
「自分のスペックくらい把握しろよ・・・・・・」
「スペー・・・・・・ク?」
「はぁ・・・・・・。さみー」
ドラゴンは近くにあった木を豪快にへし折って、バキバキにして口から火を噴いた。
「うーむ、なかなか火がつかねッス。もっと大火力でやるッス」
「やめい!!そんなんしたらあっという間に木が燃え尽きるかもしれんだろが!弱火で火を吐き続けろ。そのうち火が着く」
「うー面倒ッス・・・・・・」
「つーか、よく火出しながら喋れるな」
「ちょーっと鼻声になるッスけどねー。口から火を吐いて、鼻で息を吸って鼻で声を出す感じッス」
「何気にすごい事してるっぽい!!」
「おお!よくわかんねッスけど、あたしに惚れ直すといいッス!!」
やがてへし折った木に火が着いた。
「ほー。ホントに火が着いたッス。なんでッスかねー?」
「水辺の木でもあるからな。木が水を多く含んでたんだろ。弱火でも火を当て続けりゃ水が蒸発して燃えやすくなって火が着く。待てずに高温で焼けば火が着くのも早いだろうが、全体が一気に燃えるだろうから灰になるも早いだろうな」
「さすが人間さんッスな。知恵がパねぇッス」
「それより聞かせろ。なんで川に飛び込んだんだよ」
「あー・・・・・・」
ドラゴンは申し訳なさそうに訳を話した。
なんでも、朝の食事に毒持ちのモンスターを食したらしい。で、そのピリピリしたのはそのモンスターの毒の影響との事だ。
「それで、解毒作用のある天然の聖水の川に俺ごと飛び込んだと?」
「そうッス。この川はあの白い山の雪解け水が地下の水脈を通り湧き出したものらしいッス。で、その水は聖水の効果があるとかで、呪いや毒を浄化するらしいッス」
「毒持ちのモンスターとか食ってんのかよ・・・・・・」
「ああ!引かないで欲しいッス!あたしも好きで食べてる訳じゃないッス!」
「好きじゃないのに食ってんのか?別のうまいもんもあるだろうに」
「そりゃ、あるッスけど・・・・・・。あのモンスターは人間さん達には危険すぎるッスから、優先的に食料にしてるだけッス」
「人間の為にやってんのか・・・・・・」
「そうッス!なので人間さん達はあたしにもっと感謝してもいいと思うッス!むふーーーー!」
「ドヤ顔なとこ悪いが、俺は異世界から召喚されてるからあんまし関係ねぇんだよなー」
「いいッス!元々感謝して欲しくてやってねッス。人間さん達を守るつもりで人知れずやってるだけッスもん」
こいつはなんでそんなに人間が好きなんだ?
ほんの少しだが、見直してやらんでもないか・・・・・・。
「よくわからんが、お前結構いいやつだったんだな」
「うひょーー!ツンデレッスか?というかデレデレッスか?あたしにもついに春が!!」
「ちげーって!お前はすぐ調子に乗るなぁ」
「明るい事はぁ良い事じゃぁってじぃちゃんが良く言ってくれてたッス!懐かしいッスなぁ」
「どこの世界でもじぃさんは孫に甘いんだな・・・・・・」
「というと、人間さんもじぃちゃん好きッスか?」
「好きっつーか。俺の場合は最高の悪友って感じか。親とケンカしてもじぃちゃんは話し聞いてくれて味方になってくれたし、怒られる時は一緒に正座だったしな」
「お、親とケンカッスか。あ、あたしの場合は怖すぎてそんなん出来なかったッス」
「お前の親ってそんなに怖いのか」
「だって怒ると特大のブレス吐いて山が吹っ飛ぶんスもん!」
「え・・・・・・」
「住処ごと無くなるし、あたしがせっせと集めたお宝とかも全部パァになるッス。それ考えたら怖かったッス」
「身の危険とかじゃなく、そっちかよ。てかリアルに地形変わるのか」
「かわるッスなぁ。あたしも何度かぶち切れして巨大な穴作ったッスよ。今じゃ立派な湖になってるッス」
「その湖怖いな」
「いやー、あたしもその時は若かったッスよー。いい思い出ッス」
「そういう事じゃなくてな。その湖死んでねーかなって」
「ん?湖が死ぬッスか?」
「雨水とかで溜まったとこだと、水棲の生き物が居ない訳だろ?」
「そういうのって勝手に増えるんじゃねッスか?」
「増えん!水の中の生き物は水の中しか移動できないから、水溜りに移ったりしない。増えるのは藻とか陸地を移動する虫とか両生類だ。それに水の出入りもないんじゃ、水は汚れていくだけだし掻き混ぜるやつがいねぇと酸素の薄い箇所も出てくる。だからそのうち腐った匂いのする湖になるんじゃねぇかなって」
「それが湖が死ぬッスか・・・・・・。怖いッス!!」
そんな話をしてるうちに服が乾いた。
服を着たまま火に当っていたからすぐ分かった。
「うし、そろそろ服も乾いてきたな」
「そういや、人間さんの服はオシャレッスよねー。あたしも着てみたいッスなー」
「大きさ的に無理だ。それに似合わん」
「オーダーメイドするッス!似合わない服じゃなく似合う服作ればいいと思うッス。それに、ぺあるっく?というのもやってみたいッス!」
「オーダーメイドとかペアルックとかよく知ってるな。ドラゴンにはどっちもいらんだろうに」
「ふふん!これでもあたしはドラゴンの中では情報通ッス!人間さん観察はよくしてたッスよ!遠くから!」
「ドラゴンの中も何も、お前ラストドラゴンだろう」
「そうとも言うッス!!」
ぐぅ~~~・・・・・・。
青年の腹の虫がなった頃、空が茜色になりだした。
「ああ、そろそろ夕飯時か・・・・・・」
「ん?お腹すいたッスか?」
「ああ。昼飯前にいきなり召喚されたからな。昼も食ってねぇんだよ」
「このあたしに任せるッス!何かとっ捕まえてくるッスよ!!」
「あ、おい!!」
ドラゴンは飛び出していった。
「やべーな。こんな何も知らん所で一人とかシャレにならんぞ・・・・・・。ついでに、なんかエグそうなの捕まえて来そうで怖いな。毒持ちも平気で食うみたいだし」
青年は日が落ちきる前に薪になりそうなのを集める事にした。
「暗くなって火が燃え尽きたら怖いし、どうせ魚にしろ動物にしろどうせ生だろうしな。火は絶対必要だろう」
薪になりそうなのを集めて戻り、焚き火の近くに置く。川沿いで拾った木は水分を含んでる可能性が高く、すぐには使えない。もしそんな状態のを使おうものなら火が着く前に火が消えてしまう可能性もあるので、火の近くに置き乾かしておくのだ。
「やべぇ。もう夜になるぞ・・・・・・」
キョッキョッキョッ!
「な、何の鳴き声だよ!こえーんだけど」
遠くから何かの鳴き声が聞こえる度にビクッとする青年だった。
「おせーなぁ・・・・・・」
知らない世界しかも初日。
知らない場所しかも一人。
知らない鳴き声しかも夜。
不安ばかりが募っていった。
「お、誰かと思ったらなかなかの色男さんッスなぁ」
「おせぇんだよ。もう真っ暗な夜じゃねぇか!」
青年はドラゴンが戻ってきたと思い顔を上げた。
「ん?なんスか?誰かと待ち合わせッスか?」
それはドラゴンではなく人だった。
しかも短髪の美少女。軽装で背中に小型の鞄を背負っていた。
「ああ。悪いつい間違えちまった。こう暗くて一人だと不安になっちまってな」
「わかるわかる。わかるッスよーこう暗いとこで急に一人になると怖いッスもんねー」
「だよなー。なのにあいつは俺を一人にしやがって!」
「まぁーまぁー落ち着いて。代わりといっちゃなんですけど、私がそばにいてあげるッスから」
「それは助かる。一人だと不安でヤバかったんだ」
「そうッスかー。お役に立てて光栄ッス」
美少女は青年の隣まで近寄り首元にナイフを突きつけた。
「なっ・・・・・・」
「バカッスなー。こんなに無警戒なやつは久々ッス」
「ど、どういう事だ?」
「私は盗賊ッス。で要求も簡単ッス。命が欲しけりゃ有り金全部よこすッスよ」
「お、俺は金なんて持ってないぞ」
「そんな訳ないッス。こんな所で焚き火までしてそんな身綺麗な格好で無警戒なんスから、どこかのお偉いさんかその子供なんでしょッス」
「ほんとに何もねーんだって!」
盗賊美少女のナイフを持つ手に力が入った。
青年の首にナイフの先端が僅かにささりゆっくり赤い血が垂れた。
「盗賊をなめんなッス・・・・・・。あんたみたいな世間知らずないいとこの坊ちゃん風なやつが金貨の一つも持ち歩いてないわけねッス!!」
「ほ、本当だ・・・・・・。なんなら探してみてくれ・・・・・・」
「そうッスな。その方が手っ取り早いッス。言っとくッスけど、下手な事したら容赦なく殺すッスよ」
盗賊少女は青年のボディチェックをしていく。
「ほ、ほんとに何もないッス・・・・・・」
「だから言ったろうが!」
「調子乗るなッス!あたしの機嫌次第であんたを殺したって、こっちはいいんスよ」
やべーな。
機嫌次第って言ってるが、すでに機嫌悪いじゃん!
何か手はないもんか・・・・・・。
そういやそこの川は聖水の効果があるとか言ってたな。
「そ、それは止めた方がいいな」
「どういう事ッスか?」
「俺は呪い持ちだ。俺の血に触れると簡単には解けない呪いにかかるぞ!知ってるだろ?そこの川の水は聖水の効果があるんだ。俺は呪いをどうにかしたくてここまで来たんだ」
盗賊少女はナイフを向けたまま慌てて一歩後ろに下がる。
「なるほどッス、それでこんな所にいるッスか。しかし、呪い持ちで金なしとかとんだハズレッス。いっそコイツの連れから巻き上げるのもありッスかね?でも相手が大勢だと分が悪いし・・・・・・」
おし!うまい事に信じたな。
これで迂闊にナイフで刺せまい、あとは連れが戻ってくれば・・・・・・。
つっても連れってあのバカドラゴンだからなぁ。
どうなるかな・・・・・・。
ドーーン!!
何かが青年と盗賊少女の後ろに落ちて来て地響きが起きた。
「おまたせーーーッス!ん?人間さんが増えてるッスね。お友達ッスか?」
「おせーんだよ!」
「・・・・・・」
盗賊少女はドラゴンを見て無言で固まっていた。
「ごめんッス!でも見て欲しいッス、大物ッス!デカイ鳥ッスよ!!」
ドラゴンは4mはありそうな黒っぽい鷹の翼を掴み広げて見せた。
「・・・・・・」
「それ食えるのか?」
「大丈夫ッス!毒はないッス!そっちのお友達も一緒にどうッスか?」
「きゃ・・・・・・」
「どうしたッス?お腹空いてないッスか?」
ドラゴンが心配して一歩前に出た。
「きゃ~~~~!こっちくんなッス~~!!」
盗賊少女はドラゴン目掛けてナイフを投げ捨て一目散に逃げていった。
キンッ!
甲高い音を立ててナイフはドラゴンの鱗に当り、傷一つ付ける事無くその場に落ちた。
「そりゃ、そうなるか」
青年は逃げていった盗賊少女の方を見て安堵した。
「・・・・・・ごめんなさいッス」
「何を謝って・・・・・・」
青年はドラゴンの方を見た。
ドラゴンは落ち込んでる様子だった。
「あたし・・・・・・。人間さんのお友達を怖がらせる気は、なかったッス」
「お前泣いてんのか?」
「泣いてねッス。・・・・・・けど、なんかチクッときたッス」
「ナイフでも刺さったか?」
「痛くもかゆくもないッス!けどなんか刺さったッス!!」
コイツのせいで色々と面倒な事に巻き込まれてるのは確かだ。
つっても、今回だけは助けて貰ったのも確かだし励ましてやるか。
調子に乗ってきそうで面倒だが、見て見ぬ振りは目覚めがわりぃ。
「おーい!頭をこっちまで降ろせ!!」
「なんスか?お友達怖がらせたから殴る気ッスか?やめとくッスよ、手を傷めるだけッス」
「いいから!おろせっつーの!!」
「・・・・・・わかったッス」
ドラゴンは恐る恐る青年の近くに頭を下げた。
きっと怒られるとドラゴンは思い目を閉じた。
何があろうと青年に殺される事はないどころか、怪我一つ負う事はないだろう。
それが分かっていても怖いのだ。怒る人の顔が、嫌われ孤独になっていくのが。
「な、何をしてるッスか?」
そんなドラゴンの心情を知ってか知らずか、青年はドラゴンをあやすように安心させるようにその頭を撫でた。
「クソ面倒だが助けて貰ったからな、感謝代わりに頭を撫でてやってるんだ」
「怒ってないッスか?」
「唾液ベチョベチョにされたり、冷たい川で洗われたり、こんな暗い中一人にされたり、怒りたいってのも間違いじゃねぇ」
「やっぱり怒ってるッスね・・・・・・」
「感謝と言ったろうが!お前がお友達言ってた奴だが、あれ盗賊で俺を殺そうとしてたんだぞ!そこのナイフで!」
「え!あれ悪い人間さんだったんスか?」
「だから、感謝だ。お前のおかげで助かった。・・・・・・その、なんだ?ありがとうな」
なでなでなで・・・・・・。
「むふーーー!良かったッス!あたしファインプレーだったッス!初めて人間さんにナデナデして貰ったッス!もっとナデナデお願いするッス!!」
「いや、もう十分な気がするんだが、どれくらいやれってんだよ!」
「そうッスなー・・・・・・。全身?」
「体格差考えろつっただろ!夜が明けるわバカドラゴン!!」
「なんか今ものすごく嬉しい気分ッスから、何言われても許せるッス!!」
ちっ。
やっぱり調子乗りやがったよ、このドラゴン。
ま、あのまま落ち込んでるよりはマシか。
ぐぅ~~~~・・・・・・。
青年のお腹の虫が再度鳴った。
「そういや、腹減ってたんだった」
「じゃぁ食べるッス!大物ッスからあたしと一緒に食べるッスよ!!」
「それはいいんだが・・・・・・」
「どうしたッスか?」
青年はキョロキョロ辺りを見渡して言った。
「お前の捕まえてきた鳥どこだ?」
ドラゴンも辺りを探し一枚の鳥の羽を拾い上げる。
「捕まえた鳥さんがこの羽一枚になったッス!!んなバカなッス!!」
「さてはお前トドメ刺してなかったな?死んだ振りされてたんだよ!このバカドラゴンーーー!!」
「うわーん!人間さんが怒ったッス!!」
うわーん!とか言いつつ世界最後のラストドラゴンはどこか嬉しそうだった。