第5話:イケメンってなぜか運動神経いいよね。
最近料理にはまっていまして、初めて唐揚げを作りました。自粛中にいろいろなことにチャレンジしようと思っています。この小説も挑戦の一つです。
突然だが、オレはある説を提唱したい。
「イケメンに運動音痴は居ない説」である。
根拠はないが、おれは自明の心理であるとすら思っている。
オレは前世、ものすごく運動が苦手だった。もちろん、体力を上げるための努力はした。しかし、いくら走っても体重が減らない不幸な運命にあったので、豚のように太った醜い体形をずっと維持したまま一生を過ごした。結局運動音痴は改善されぬまま前世の俺は死んでいったのだ。運動に関する前世の不幸なエピソードを語るのはまた別の機会に行うとしよう。長くなるのでね。
オレがブスだったから運動音痴だった、とは言い切れないが、少なくともイケメンに運動音痴尾は居なかったと思う。同じ学校のイケメン男子は、学校の体育祭で女子をキャーキャー言わせていた。黄色い声援ってやつだな。リレーのアンカーを走るやつは皆イケメンだった。なんて不条理な世界だろうか。
この世界のオレは運動神経がとても良いようだ。とても軽やかに走れるし、バランス感覚もいい。前世の鉛のように重い体とは大違いだ。いまだにこの家から出たことがないので他人と比べないと何とも言えないのだが、そこら辺にいる六歳児よりは体力があるのではないだろうか。やはりイケメンだからだろうか?いや、そうに違いない。
一週間前からトールの指導の下、剣術の練習をしている。まだ素振りしかさせてもらえていないが、これも中々面白い。いきなり剣術を学びたいなど、横着してはいけない。現実でも、ゲームの世界でもそうだったではないか。基本がしっかりできているからこそ応用が光る。特殊技や必殺技が光る。基本は全てにおける土台なのだ。この素振りこそが、世界一の大剣豪になる第一歩なのだ。(そんなものは目指していないが)
そんなことを思っていたのだが・・・
「ふむ、トーマ様はとても筋がいい。とても鋭い素振りができています。力を無駄なく県に伝えられている証拠です。教えたらすぐに出来てしまいますから私も教えがいがありますな!剣を触って一週間しかたっていませんが、そろそろ剣術を練習してもよいかもしれませんね。」
もう剣術を教えてくれるのか。もう少し素振りの練習をしてもよかったのだが、トールから見れば既に十分振れていたというところだろうか?まあ、素振りなんかは自分で勝手にすればいい。トールから剣術を習いつつ自分で鍛錬したほうが効率もいいか。
「トーマ様は既に知っておられるとは思いますが、一応お教えいたしますと、世界には剣術の三大派閥があります。撃龍派・岩水派・守盾派があります。撃龍派は守盾派に強く、岩水派は撃龍派に強く、守盾派は岩水派に強いという特徴があります。トーマ様に習得していただくのは岩水派でございます。敵の攻撃を水のごとく受け流し、カウンターを打ち込む。優雅な戦い方が特徴であるため、上流階級の貴族や王族に好まれる剣術といえます。」
「派閥によっての相性とかあるんだね。」
「一般的に言われているだけで、剣士の力量やスタイルによって変わってしまいますが、理屈はこうです。
先手必勝でガンガン攻め込んでいくタイプの撃龍派は、守り切り相手の一瞬のすきを狙う守盾派に対しては攻めやすいため有利。岩水派に対しては攻撃が受け流されるため不利となります。岩水派はカウンターを得意とするため、守りが固く、なかなか攻めてこない守盾派には不利となります。
三大派閥の中では撃龍派が最も扱う人数が多く、岩水派が最も少ないと言われています。」
「岩水派って難しいの?」
「三つの派閥の中では最も習得が難しいといわれています。ただ、習得すれば身に危険が迫った時でも切り抜けやすくなります。岩水派の強みといえばその万能性です。不意打ちを食らっても受け流すことが可能ですし、最も習得人数の多い撃龍派に強いという特徴があるため様々な場面で戦いを優位に進めることができるようになるでしょう。あなたの父、クロノ様も岩水派の達人でございます。」
「お父様に岩水派を教えたのもトール?」
「いかにも!当時、私は25歳でしたが、岩水派のみで行われる大会で優勝した私を見て感動したと、当時五歳だったクロノ様に声を掛けられ、私が師範としてクロノ様に岩水派を教えたのです。」
敵の攻撃を受け流し、カウンターを打ち込む。優雅な戦いが特徴的である岩水派。本では、岩水派剣術を生み出した初代岩水派師範が川を流れる水からヒントを得たことに由来するとされていた。
っていうか・・・この巨漢がそれの達人とは、ギャップが強すぎはしないか。見た目だけで言えばいかにも撃龍派の達人といった感じだが。
この巨漢が優雅な戦いなど冗談きついぞ・・・。
「岩水派で最も難しいのが、心を制するということです。相手のいかなる攻撃も、静の心で見極め、力のベクトルに沿って受け流す。受け流し体勢が崩れた敵のすきを狙ったり、向かってきた敵の勢いを利用して回転し剣を打ち込む。岩水派の神髄は静の心。心が乱れた状態では敵の攻撃を見極められず受け流すことができません。練習の中で心を落ち着ける練習も同時に行っていきましょう。トーマ様ならきっとできます!!」
「うん!僕、がんばるよ!」
・・・うん、やっぱり静の心などトールからは微塵も感じない。声でかいし、ドアを勢いよく開けたりするし。静の心とは一番遠いところにいる人種のような気がする。
・・・あれか、戦闘モードになると人柄が変わる系の人なのかな。
「大きい岩をすり抜けるようにしてながれていく水の如き剣術。優雅なだけでなく、次の攻撃まで最短距離で最高効率の動き。マスターすれば、B級の魔物や森に隠れた盗賊くらいは軽くひねることができるようになります。まずは基本的な受け流しの動作から身につけましょう。静の心を忘れずに。」
静の心。つまり明鏡止水ってことだな。前世のお坊さんのように雑念を取り除くことが重要なのではないだろうか。無心になれということではなさそうだが、なんとも難しそうだな。何はともあれ、やるしかないのだ。
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岩水流の練習を始めて一か月がたった。
トールは教えるのがとてもうまい。時折手本を見せながら岩水派とは何たるかを教えてくれた。
今ではトールと模擬戦ができるくらいには岩水派が扱えるようになった。もちろんトールは手加減してくれているのだが、なかなか様になってきているのではないだろうか。トールも驚くべき習得の速さですと興奮気味だ。受け流すイメージ自体は簡単につかめた。前世の漫画に出てくる剣を使うキャラのほとんどが、剣を使って相手の技を受け流すことをしている。かの有名な海賊漫画の剣士も銃弾を剣で受け流していた。岩水派も同じイメージでやればいいのだ。
今は剣の側面で受け流すことしかできないが、いずれは素手で受け流すことも出来るようにならねばならない。岩水派は剣にこだわらない。敵の攻撃を受け流し、前世で言うところの柔道のように足をかけたり投げたりする。敵の勢いを利用したり体勢を崩したりする。兎にも角にも静の心。常に明鏡止水を意識して生活するようになった。おかげで、よっぽどのことが起きない限りは驚かなくなった。良い傾向だろう。
「トーマ様、昼食のお時間となりました。」
レイカが声をかけてきた。
「もうそんな時間か。じゃあ、また後でね、トール。」
「あ、トーマ様、本日は昼食に関するあるご提案がありまして」
「提案?」
「本日はクロノ邸を出て高級レストランで昼食をとられてはいかがかと思いまして」
「外食をしてはどうかってこと?」
「はい。この国は治安が良いとはいえ、人攫いや殺人を犯す輩も少なからずいます。貴族の子どもは危険を回避するためによっぽどのことがない限りは外出を致しません。
しかし、トーマ様は岩水派による護身能力がありますし、私がそばにいればだれかに襲われても心配はいりません。
以前トーマ様が「町の様子をこの目で見てみたい。僕も大人になったら貴族議会で国の方針を決めていく立場になるわけでしょ?お父様のような判断力が祝福によって与えられるとは限らないし、今のうちから市民の生活ぶりを見ておくことは重要なことだと思うんだ。」と仰っていたのを聞いて、クロノ様にお伺いしたところ、トーマ様が岩水派をある程度習得し、私の護衛付きであれば町に出ても構わないと言われたので、本日このようなご提案をさせていただきました。いかがですか?」
おお、遂に外に出られる日が来たか。トールに言ったのは建前に過ぎず、ずっとこの家にいるのが嫌になっただけなのだ。勘違いされると困るので断っておくが、決してこの家が嫌になったとかではない。ただ、ずっとこの家にいるだけでなく、外の世界も見てみたいと思っただけだ。
未だ貴族の生活しか見てこなかったので、外の世界がどんな感じなのかはやはり気になるだろ?
「うん、トールがついて来てくれるなら安心だね!お願いするよ。」
「そういうことでしたら、すぐに馬車を用意させます。お世話係を任されていますので、私もついていきますが問題ないですね?」
「ええ、レイカさんも一緒にお願いします。」
ということで、三人で外食をすることになった。
馬車が用意された。高級感のある車体だが、決して派手ではない落ち着いた見た目の馬車だ。馬は栗毛。オレが六歳だからだろうか、前世の馬よりも大きく見える。
オレが市民の生活ぶりを見たいといったからか、馬車の車体は50センチほどしかなく、外の景色が見れるようになっていた。そして、その馬車の側面と後方には金色に光る交差した二匹の蛇の紋章が描かれている。これがマドルーナ家の証である大蛇の二首である。迫力がありかっこいい。
馬車が走り出した。タイヤに特殊な加工がされているのか、揺れもほとんどなくて快適な馬車だ。
「本日食事をするレストランは貴族や金持ちしか利用できないような高級な店です。安全性が高いため、安心して食事をすることができると思います。国王様もご利用になられるほどのお店なので味も一級品です。」
「へえ、それは楽しみだね!レイカは行ったことあるの?」
「エレス様と以前行ったことがあります。その時はまだ12歳でしたからよく覚えてはいないのですが、雰囲気がとてもキラキラしていたのは覚えております。」
キラキラか。高級感があるってことかな?
町に入った。中世ヨーロッパって感じか?道は広く、馬車が三台余裕で通れそうな感じだ。活気があり、いろいろなものが売られているな。思ったよりも文明は進んでいるな。この世界には前世の電化製品や電子機器の様なものはないが、その代わりに魔法がある。魔法陣が実際に売られているのを見るとやはり衝撃だ。こういうのを見ると、オレは本当に異世界に転生したのだと実感できる。
と、なにやら人々がこっちを見てざわざわしているぞ?
「みて、あの馬車に乗ってる子。ものすごいイケメンだわ・・・」
「本当だ、男のオレでも見ほれるほどの美しさだな」
「なんて神々しい、カッコ良すぎて思わずにやけてしまうわ・・・」
「あの美しさ、只者じゃないわよ、きっと。」
「ってあれ!あの紋章はマドルーナ家の紋章じゃないか!」
「ほんとだ!ルーナ家の子どもなのか!たしかクロノ公爵には今年六歳になる息子がいたはず・・・」
「じゃあ、あの子はクロノ公爵の子どもなの!?」
「マドルーナ家に生まれてあの容姿は反則だろ!羨ましい!」
「でもクロノ公爵の子どもならばきっと素晴らしい人格の持ち主なのだろう!」
なるほど、オレの容姿とマドルーナ家の馬車が通っていることで軽い騒ぎになっているようだ。クロノ邸にいると忘れるが、オレは世界一の容姿の持ち主なんだよな。見慣れていない人からすれば、オレの容姿は男をも惚れさせる容姿ということだな。前世ではオレを見たものは哀れむような、同情するような、豚を見るような視線しか送ってこなかった。何とも気分のいいものだな。
「ふふふ、トーマ様をみて皆うっとりしていますね。」
「当然の反応でしょう。クロノ邸にてトーマ様をみた客人に噂で聞いてはいましたが、私も初めて見た時はその美しさに感動してしまいましたから。神はトーマ様に数々の才能をお授けになりましたが、その中でも容姿は一級品のものでしょう。」
「そんな大げさな。僕よりかっこいい人なんてこの世にいっぱいいるさ。(いないんだけどね)」
「いやあ、トーマ様ほどかっこいい人間なんていませんよ!レイカが保証します!トーマ様は容姿だけでなく、人格から他の才能から全てがかっこいいんですから!トーマ様よりかっこいい人なんていませんよ!」
「はっはっは!でも確かに、トーマ様の剣術に真摯に打ち込む姿や普段の言動は人を引き付ける不思議な魅力がありますな!」
なんだか恥ずかしくなってきた。ここまでストレートに褒められると、もうやめてぇ~!って言いたくなる。今のオレの顔は恥ずかしさで真っ赤になっているだろうな。
と、そうこうしているうちに例のレストランについた。なんて大きな店だろう。
入って分かったが、一階部分と二階部分があるようだ。一階部分は普通のレストランって感じで、二階がいわゆるVIPルームになっているようだな。
VIPルームに入ったら・・・レイカの言った意味がなんとなくわかった。確かにそこは、キラキラ輝く世界が待っていたのだ。
読んでいいただき、ありがとうございました!
イケメンってなぜか運動できるんですよね。不思議です。