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お仕事の前に

気に入らない。

ああ、気に入らない。

何がかと言うと、隣でいつまでも小刻みに肩を震わす#彼女__カレ__#のことだ。


「……いい加減…その笑いはおさまりませんか。」


まだ冷めない頬の熱を感じつつもジトっと睨むと、ジャンヌは慌てたように口許を抑える。

緩んだ口がちっとも隠せていなくて憎々しい。


「ジャンヌ、いい加減におやめなさいな。朝からキアラさんを呼び立てたのはこちらなのに、配慮が足りてませんでしたわよねぇ。ふふふ。」


肩が揺れた拍子にピンクがかったブロンドの髪がふわりと揺れる。


「……そう言うベアトリス様も、さっきまでは皆さんと一緒に大いに笑われてましたけどね。」


前を歩くベアトリーチェ王女は、立つとキアラよりも拳1つ分ほど小さく、華奢な身体つきも相まって、思った以上に小柄に見えた。


「ふふふ、ごめんなさい。予定していた時間通りに解散できましたし、昼食の用意はできていると思いますわ。安心してくださいね。」


「ご配慮、ありがとうございます…。」


キアラの腹の音を合図に、大爆笑のまま、あの場は解散となった。

今ジャンヌはベアトリーチェ王女とともに彼女の部屋へと向かっている。

昼食をとりながら、侍女としての仕事の流れを説明してくれるという。


磨かれたミルキーホワイトの廊下を渡った先にある離宮、カトレア宮というところが、ベアトリーチェ王女とウィリアム第二王子の住まいらしい。

ちなみに、留学中のレオナルド第一王子の住まいも同離宮ではあるのだが、立太子の儀の後はファレノプシス宮という別の離宮へと移るのだという。


「先程は失礼いたしました…。色々ありまして、朝食を抜いしまったもので…。」


「ごめんごめん、だってタイミングが完璧だったからさ。ベスへの返答を腹の音でするなんて…くくくっ…傑作!」


よほどツボだったらしい。

目の前の肩も再び小刻みに震え始めたのを見て、キアラは諦めのため息をこぼす。

こうなったらもう笑いたいだけ笑えばいい。

ちなみに、隣のコレは、キアラよりも頭1つ分は大きく、やはりかなりの長身だ。

男だと分かった今では肩幅や身長が気になるが、人外の美しさと洗練された所作がそれを完璧に隠しているので、傍からみれば完璧な美女だ。


「いいんですか、その声。誰かに聞かれたら警備に突き出されますよ。庇ってあげませんからね。」


「はー、オモチロかった☆だって今は俺たち以外に誰もいないよ?」


確かに、辺りには私達が歩く音だけが響き、人影なども見当たらない。

立太子の儀の準備のため、本宮に人員を割いてるのだとクロードが言っていたのを思い出す。


「ちなみに、キアラに庇ってもらわなくても自分で何とかできるから大丈夫。」


「左様ですか。」


「自信たっぷりで嫌になるでしょう?でも、本当に自分で解決できるから、何かあってもキアラさんは放っておいて構いませんわよぉ。」


「なるほど。ではお言葉に甘えて、今後は一切心配しないことにします。」


「いやっ!そこは男としてキアラちゃんに心配されたぁい!」


「突然そっちの声出すのやめてください!」


「あ、青くなったキアラちゃんも可愛い♡」


「はい、ジャンヌはそろそろ大人しくしましょうねぇ。」


(ジャンヌを筆頭に)色々言い合ううちに、廊下続きの離宮へとたどり着く。

昼間の時間はこうして開かれている、カトレアの絵柄が随所に彫られた大理石の扉の先が離宮なのだと説明される。

正直に言うと、本宮と離宮、いずれも優美で豪華なデザインは変わらないため、王城初心者のキアラには違いがよく分からない。

これは、ちゃんと覚えなければ、道を間違えてしまいそうだと心配になる。


「離宮は本宮に比べれば部屋は少ないから、すぐに覚えられると思うよ。キアラの部屋もここだし、後で案内するね。」


「あ、はい。」


まるで心を読まれたかのような配慮に、また表情に出ていたのだろうかと顔を触る。


ベアトリスとジャンヌに案内されるままついて行く。

ぐんぐん進む彼らをみながら、キアラの頭にふと疑問が浮かぶ。

ジャンヌは何故こんなにも王城に詳しいのだろうか?

クロードやアイザックとも気の置けない仲のようだし…元々勤めている、ということなのだろうか。


「あの…ジャンヌは、本当は騎士だったりするのですか?」


「え??ああ…騎士……ではないかな。」


あ、またその顔をするのか。

あの時の陛下のような、#玩具__面白いもの__#をみつけたという顔だ。


「……あなたの正体は教えてくれないということですね。」


「まあ、俺から教えることはできないけど、キアラが自分で答えを見つけてくれる分には構わないよ。」


「いえ、その顔を見た時点で興味は削がれましたので。」


「ええ?!それはそれで寂しい!」


「ふふふ。そうそう、そんなに大したものでもございませんからねぇ。さ、2人ともお話はそこまで。着きましたわよ。」


見れば、一際大きな両開きの扉がすぐそこに見える。

扉の前、臙脂の上下に身を包んだ屈強な男性が2名、こちらに向かって敬礼の姿勢をとっている。


「ご苦労様。あとはこの2人に任せます。あなた達は下がって大丈夫よ。」


ベアトリスにそう言われた彼らは、一瞬キアラとジャンヌを怪訝な顔で見たが、王女の命には従うことにしたようだ。

短い挨拶を述べると、何も聞かずに離れていく。

そして、中に入って目にした光景に、キアラは思わず感嘆の声を漏らした。


「はわぁ…」


「うんうん、お腹減ってたもんね。くくっ…」


「ふふふ。さあ、お掛けになって。みんなで食事にしましょう。」


もう、今ならジャンヌの嫌味だって軽やかに流せる。

なぜなら、部屋の中央、ピンク色を基調とした花束が飾られた長テーブルの上には、見た目にも鮮やかな料理の数々が並べられていたからだ。

ジャンヌがベアトリーチェ王女を席に座らせ、慣れた手付きで紅茶の用意をする。

ベアトリーチェ王女を上座に、その左右にキアラとジャンヌが着席する。


「神の恵みと、この幸福に、今日も感謝します。」


「「感謝します。」」


キアラたちの目の前には本日のランチ3皿が並んでいる。

左手にあるのは、鮮やかなオレンジ色が目にも楽しい人参の冷たいポタージュ。

白いクリームのハートが囲む飾り付けもニクいが、その滑らかな口当たりと、人参の甘みを生かしたチキンベースの味付けが素晴らしい!

右手には、メインとサイド2種がバランスよく盛られた皿が。

サイドは、今が旬の春キャベツとベーコンの粒マスタード和えと、ジャガイモのチーズ焼きだ。

火が通って甘みを増した春キャベツ・ベーコンの塩気・粒マスタードの辛みがよくマッチしている。

ジャガイモはホックホクで仄かに甘く、そこにコクのあるバターとトロッと溶けたチーズの旨味が加わり、少量でも満足できる一品だ。

そこまで食べ進めて、真ん中にある、もう見るからに柔らかそうな白パンに手を伸ばす。

指の力だけで潰れてしまうフカフカのそれは、一口口に頬張るとミルクと蜂蜜の香りがふわっと鼻を抜ける。

もう、これだけでも確実に3個は食べらる。


「ふわわぁ…」


幸せの溜息がほろっとこぼれる。

オルティス家にも十分腕の立つシェフがいるが、これは一味違う。


「キアラはなんでも美味しそうに食べるねぇ。」


「どれも最高に美味しいんです!」


「そんなに目を見開かなくてもいいから…分かってるって。」


「うちの料理人達も、キアラさんのような方に食べていただけるなんて、さぞ職人冥利につきるでしょうねぇ。」


2人は食べ慣れているのか、キアラほどの感動はないようだ。

まあ、なぜジャンヌが食べ慣れているように見えるかは謎だが。

ただ、こんなに美味しいものが食べられるなら、侍女に選ばれて良かったかもと思い始めたキアラにはそんな謎は些末なことだった。


最後に取り掛かるメインは、鶏肉のロースト。

表面の皮はパリパリに焼かれ、軽くナイフを入れただけで切れるプリプリのお肉とそこから溢れ出る肉汁。

甘酸っぱい玉ねぎのビネガーソースがまさにマリアージュな美味しさだ。


「そういえば、お食事の時は、いつもこのように召し上がるのですか?」


すると、ベアトリスがフワリと微笑む。


「いいえ、今日はキアラさんをお迎えする予定でいましたから、人払いをしてこちらで。それに、今夜もですが、いつもは食堂で食べますのよ。」


「キアラも使うことになるし、食堂にも後で案内するよ。」


なるほど、今日の予定への配慮からこの形式になっているわけか。

王城という場所からいうと、おそらく本来は一皿ずつサーブられるものだろうし。


「ありがとうございます。こういう食事のご用意も私がするのでしょうか?」


「いや、それはメイドが。あ、キアラは淑女教育って受けてるよね?」


「はい。専属の家庭教師がついていましたので。侯爵令嬢として恥ずかしくない程度のものは一通り身につけていると思います。王室の皆様のお眼鏡に叶うかは分かりませんが…。」


「あら、きっと大丈夫ですわ。お茶やお食事のマナー、姿勢や話し方などは申し分ありませんもの。」


「うん、そうだね。ちなみに、ドレスの着付けや髪結いはどうだろう?」


「ベアトリス様をお相手にとなると自信はありませんが…簡単なものであれば、お手伝いできると思います。」


エマと2人でドレスの交換会をしたり、街で流行りの髪を真似てみたりして遊んだのはまだ記憶に新しい。

昨年2人揃って正式に社交界デビューしてからは、周囲に止められたこともあって流石にやめてしまったが。


「すごいね。聞いておいてなんだけど、侯爵家の令嬢は何でも人にやってもらうものかと。」


「ああ…父のことは心から敬愛してるのですが、いつ貴族じゃなくなっても良いようにとは、常々覚悟していますので…。」


「まあ、意外と現実的ですのねぇ。」


食事はひと段落したようで、ベアトリスがティーカップを手に取り、感心したようにつぶやく。


「そうでしょうか…?王に忠誠を誓い、その愛する民である領民を守ることが貴族の仕事です。それができないのならば、潔く貴族という地位は捨てるできだと考えておりますが…。」


キアラがそういうと、2人は目で何ごとかを示し合わせ、その後揃って満足気に唇が弧を描く。


「…素晴らしいですわね、ジャンヌ?」


「だろ?」


なぜそこでジャンヌが誇らし気なのかが分からなかったが、とりあえず、まずい事を言ったわけではないようだ。

キアラはデザートに意識を戻すのだった。

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