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ブルーノ氏との茶会

午後1時。

事前打ち合わせを終えたキアラとベアトリーチェ王女のもとに、ブルーノ氏到着の知らせが入る。

ジャンヌは庭園でと言って先に出てしまった。


「さて、おかしいところはないかしら?」


そう言ってベアトリーチェ王女がその場で一回転すると、淡いピンクのシフォンを贅沢に何枚も重ねてボリュームを出したドレスがふわりと宙を舞った。

目立ちすぎないパフスリーブの上には、庭園での肌寒さを考えてアイボリーのストールを羽織る。

ピンクがかったブロンドの髪はハーフアップにし、パールの髪飾りを留めている。

元々透き通るような肌には真珠の粉がかかっているせいで、光の加減によって人間離れした輝きを放っているようにも見える。


「はい、羽がないのが不思議なほど、どこからどう見ても妖精女王です。」


「ふふふ。キアラさんったら、それだけ冗談が言えれば緊張はしてないようですわね。」


キアラとしてはかなり本気で言ったのだが、冗談だと思われたらしい。


「キアラさんも、今日もとっても素敵ですわ。」


一方のキアラは、今日は特に目立たないようにアッシュブルーの肌の露出を抑えたシンプルなドレスを着ている。

よって、ベアトリスの言葉は完全にお世辞なのだが、それが嫌味に聞こえないところがすごい。


「ありがとうございます。では、参りましょう。」


「ええ、キアラさん、よろしくお願いします。」


そこからはうっかりおかしなことを言わないようにベアトリスとはあまり話さなようにしていた。

たどり着いた庭園の入口からは別のメイドが日傘を差しながら二人を誘導する。


透過光が美しい緑のアーチをくぐり、丹念に切り込まれた茂みの間を抜けると、ようやく開けた空間へとたどり着いた。

テーブルにはすでに二人の男性が着席しているのを遠目に確かめると、キアラは思わず緊張に息を詰めた。


「大変お待たせいたしました。」


ベアトリスの声に振り向いた男性陣がさっと立ち上がり、一方は軽い足取りで王女に近づく。

ベアトリーチェ王女が手を差し出すと、慣れた様子でその甲にそっと唇を近づける。

何度も見返したその姿を前に、キアラはいよいよここが舞台本番であることを感じていた。


「このようなお美しい方にお会いできるなら、どれだけ待っても苦痛ではございません、王女殿下。アルファーノ公爵家長男、ブルーノと申します。」


「お世辞だと分かっていても嬉しいお言葉ですわ。ベアトリーチェでございます。」


「私はこのような世辞は言いませんよ、女王殿下。」


そう言って微笑む彫りの深い顔立ちは絵姿のままだが、かの州の人らしくよく焼けた健康的な肌、陽に当たると明るく色を変える枯茶色の髪、好奇心が垣間見える群青色の瞳といった色彩が加わると、想像していたよりも生き生きとした印象だ。

王女殿下の御前であっても物怖じしている様子はないことから、公爵家としての自信と高いコミュニケーション能力がうかがえた。


「こちらはメリノ侯爵家の長男でアーロンと申します。本日は王女殿下のご希望で2名での参加となっておりましたので、友人として私の付添を頼んだのです。」


「お会いできて光栄です、王女殿下。本日はよろしくお願いいたします。」


紹介された男性は一歩前に進み出ると、ブルーノ氏と同じくベアトリスの手をとり、恭しく挨拶をする。

こちらもアグニス州の人らしい健康的な見た目だが、髪も瞳も黒いことと、やや緊張した表情のせいか、ブルーノ氏とは違って落ち着いた雰囲気だ。


「こちらこそ、よろしくお願いいたします。2名での参加などというワガママをお聞きくださって感謝いたします。」


「アーロンは私の幼馴染で、気心の知れた仲なのです。それに、私が粗相をしないか心配だったはずなので、近くにいられて内心は喜んでいるんですよ。私もアーロンが母親のように助けてくれることを期待しておりますし。」


「ブ、ブルーノ、おまえ…!い、いえ、確かに王女殿下のお申し出には何の不満もございませんので…その」


「今朝の威勢はどこへやら、実際にはこのようにアーロンの方が緊張していてその点は期待はずれだったのですが、ワガママなどとは思っておりませんので、お気になさらないでください。」


「ブルーノ、王女殿下の前で…!」


顔を赤くしたり青くしたりするアーロン氏と、それを面白そうに眺めるブルーノ氏を見て、キアラも少し緊張がほぐれる。

やんちゃな弟とそのお守りをする兄、という関係に近いのかもしれない。


「ふふふ、仲がよくて羨ましいですわ。それではこちらもご紹介させてくださいませ。私の友人で、現在王室に行儀見習いにいらっしゃっているオルティス侯爵家のキアラさんです。」


「オルティス・キアラと申します。この場にお招きいただき、光栄でございます。まだ社交の場には不慣れなことも多いため、何かお気づきの点があればご教示くださいませ。」


その場で普通にお辞儀をしたつもりなのだが、ブルーノ氏は少し驚いた顔を、アーロン氏は少し呆けた顔をするので、何か間違っていたのかと不安になってベアトリスを見る。

すると、男性陣が慌てたように手をとって挨拶を返す。


「失礼いたしました。ブルーノです。本日はよろしくお願いいたします、レディ。」


「…ア、アーロンです。よろしくお願いいたします。」


なぜかあたふたする二人の様子を楽しげに見ると、ベアトリーチェ王女がメイドに目線で合図を送る。


「ふふふ。では、皆さんおかけください。早速お茶会を始めましょう。」


それは、ミッション開始の合図でもあった。


===========

精緻なレースがあしらわれた純白のテーブルクロスがかけられた丸テーブルに四人が腰をおろすと、メイドたちがティーポットを運んでくる。

翡翠色の縁取りがされた白磁のカップに、揃いのティーポットから液体が注がれると、あたりにカモミールの芳香がただよう。

4段のケーキスタンドに配置されたパックリと腹割れしたスコーン、パステルカラーのマカロン、こんがりと焼き目のついたミニキッシュやサンドイッチなどに、思わず目も心も奪われるのをぐっとこらえ、キアラは薄っすらと黄みを帯びたカモミールティ、正確にはそのカモミールティーが入ったカップの紋章に意識を集中させる。


「はじめに、わがアルファーノ家のお申し出をお受けくださり、このような場をご用意いただけたことに感謝いたします、王女殿下。」


全員にお茶が行き渡り、一口二口と皆が口内を潤したタイミングを見計らって、ブルーノ氏が口を開く。


「こちらこそ。アルファーノ公爵家といえば、いくらでも候補がおありだと伺っておりますのに。」


暗に、縁談の申し出をした理由を尋ねるベアトリーチェ王女。


「実際には、王女殿下が考えていらっしゃるほど縁談の話はございませんよ。私はまだまだ勉強中の身ですから。このアーロンが心配するくらいには勉強不足ということです。」


「んぐっ…」


「まあ、ご冗談を。」


お茶をつまらせているアーロン氏を横目に、当たり障りのない返事を冗談交じりでかわすブルーノ氏。


「休日は何をなさっておいでですか?」


「そうですね…外にでかけることが多いですね。乗馬での遠乗り、仲間内での集まり、演劇鑑賞などでしょうか。部屋でじっとしているのが性に合わない質なのです。」


「お友達が多くていらっしゃるのですね。」


「自分で言うのもなんですが、友人は多い方かもしれません。王女殿下ともぜひ友人の関係から始められればと思っております。」


「まあ、お上手でいらっしゃいますわね。」


そこまで聞いて、キアラは無我の境地でスコーンを一つお皿に載せる。

聞いているだけで砂を吐きそうな言葉の連続にもかかわらず、中身は表面をさらっと撫でるような大人の駆け引きを前に、もはや自分は彫刻の如く王女殿下の隣に控えているのが懸命だと判断したのだ。


「あら、そうでしたわ。どうぞみなさん、遠慮なくお取りになって。今日はうちのパティシエが腕によりをかけて用意したものですから、きっとみなさんも気に入ってくださると思いますわ。お二人とも甘いものはお好きかしら?」


キアラの様子が目に入ったようで、ベアトリスが男性陣に声をかけると、ようやく二人ともプレートに手をのばす。

結局一番先に手を付けてしまって、こんなところでも食い意地が張ってしまったことが何とも恥ずかしい。

誤解のないように言っておくとデマントイド国の侯爵令嬢全員がこうではありません、と心の中で叫ぶ。


「キアラさん、いかがかしら?」


「ええ、こんなにしっとりとしたスコーンを食べたのは初めてです。とっても美味しいです。」


スコーンというとパサパサしているものが多いが、このスコーンはバターをつけなくても良いほどしっとりとしていて、サクッではなくモキュッという食感なのだ。


「キアラさんに気に入っていただけてよかったですわ。ふふふ」


「このマカロンも素晴らしい出来ですね。色だけでなく、しっかりとラズベリーの味がします。サクッとした食感ですが、口に入れたあとにはしっとりと溶けていくのも心地良い。このきめ細かさは、きっと、上質な卵白とアーモンドの粉を使われているんですね。」


「まあ、ブルーノ様は甘いものに詳しくていらっしゃるんですね。」


「え…」


「男性は、というと偏見かもしれませんが、私の周りにはお菓子の感想をそんなに的確に言える男性がいないものですから。」


ベアトリスの言うように、キアラも少し驚いていた。

さしものキアラでさえブルーノほど正確に表現できたか疑わしいほどの素晴らしい感想。

しかし次の瞬間、そんなことよりも気になることが目に入ってしまい、思わず声をかける。


「あの、アーロン様、お加減が悪いのですか…?」


「え…いえ…」


血色の良かったアーロン氏の顔から、明らかに血の気がなくなっている。

そして、それをみたブルーノ氏の目がわずかに泳いだのも、キアラにとって気になることだった。


「き、緊張しているだけですよ。そうだろ、アーロン?レディのお茶会に招かれる機会なんてほとんどない上に、このような美しい方々に勧められたものだから。」


口調だけは先程と変わらず軽いが、ブルーノ氏の顎にはわずかだか力が入っているような気がする。


「そ、そうなんです。実はあまり甘いものが得意ではないので、私はキッシュの方をいただくことにします。王女殿下、ご配慮いただいたのに申し訳ございません。」


「いいえ、私こそ気が回っておりませんでしたわ。どうぞ、ご遠慮なさらないでお好きなものを召し上がってください。」


ベアトリスもその場の空気が何かおかしいことには気づいているはずだが、そんな様子はおくびにも出さず、お茶会の場を仕切り直した。

これが王女の貫禄というか、資質というのか。

どうしても男性側をチラチラと気にしてしまうキアラには到底できないと感心するほどに、お茶会は何事もなかったかのように進みはじめた。

元の当たり障りのない(とはいえ、互いの腹はひそかに探り合うような)会話に戻ったのを確認すると、付添であるキアラとアーロン氏は打ち合わせでもしたかのうに影を潜める。

主役二人の邪魔をしない程度に会話に参加することニ時間、予定されていたお見合いは思ったよりもあっけなく終了した。


「本日はお時間いただき、ありがとうございました、王女殿下。」


「こちらこそ、楽しい時間をありがとうございました。」


「そのように言っていただけると、次があることを嫌でも期待してしまいますね。どうぞ、出口までご一緒させてください。」


「本当にお上手ですわね。では、お出口まで参りましょう。」


ベアトリスに日傘をさす役を買って出たブルーノ氏にエスコートされる形で、ベアトリスが出口へと向かう。

その様子を後ろから何となく見ていたキアラは、ふとブルーノ氏のカフスボタンに美しく精巧な花の彫刻がなされているのに気がついた。


「アーロン様、ブルーノ様のカフスボタン素敵ですわね。何の花でしょうか?バラ…?とは少し違うような…」


前を歩く二人の邪魔をすることは躊躇われたため、同じく二人の後ろを歩いていたアーロン氏にそっと尋ねる。


「えっ、ああ、ベゴニアという花だそうですよ。私も変わっているなと思って聞いたことがあります。」


「ベゴニア…実物を見たことがないのですが、素敵な花なのでしょうね。薔薇のように華やかですが、どこか可愛らしくて。」


「それはまさしく、キアラ嬢のようですね…。」


聞いたことのない花だが、アグニス州では有名なのだろうか。

あとで調べてみようなどと考えていたキアラは、彼女の微笑みに当てられているアーロンの様子は全く目に入っていない。


「ブルーノ様は他にも変わった花のカフスをお持ちなのですか?カフスの蒐集がお好きとか?」


「いいえ、あれだけ特別ですね。なんでも、友人にもらったそうです。そういえば、特別な行事の時にしか付けていませんね。」


「あら、とても大事にされているのですね。」


「…もしかして…」


「え?」


続きが気になって、ふとアーロンを見上げると、彼は真っ直ぐとブルーノ氏を見つめていた。

ただ、その黒い瞳は何か言いたそうな、そして、どこか悲しさを含んだように憂いを帯びていて、軽々しく声を掛けるのは憚られた。

一体どうしたのだろうか。

そんなキアラの戸惑いにようやく気づいたアーロン氏が慌てて詫びる。


「ああ、申し訳ございません。なんだか…今日は緊張しているのか…うまく話ができず。不快にさせてばかりでしたね…」


「いいえ、そんなことございませんわ。私も同じ立場なら、きっと上手くお話なんてできませんもの。私は幸運にも王女殿下にお会いする機会が多かっただけですから。」


キアラは素直な感想を述べた。

これが例えばエマの付添で突然王子殿下に会う、なんてことだったら、むしろアーロン氏よりも緊張して何か失敗する自信がある。

それを自信と言ってよいのか分からないが。


「キアラ嬢は、お優しいのですね…」


「いいえ、本当のことです。ブルーノ様との仲の良さも羨ましいくらいでしたし、きっとブルーノ様も、ご友人がいてくれて心強かったと思います。」


「そんなこと…ありません。きっと…」


「男性同士ですから、口に出して率直な感謝などおっしゃらないかもしれませんが、このような場に誘われるのですから、アーロン様のことを信頼されてるんですよ。」


そう言って微笑むと、アーロン氏は憑き物でも落ちたような顔をして、それから今日一番の笑顔を返す。


「キアラ嬢、今日は本当にありがとうございました。あなたにお会いできたことで、私は一生分の幸運を使ってしまったかもしれません。」


「そんな、大袈裟ですわ。」


アグニス州の男性は、皆同じようにお世辞が上手いのだろうか。

落ち着いて見えたアーロン氏でさえこうなのだから、免疫がなくて返しに困るキアラには厄介な相手だ。

しかも、もっと厄介なのは、それがすぐ顔にも出てしまうことだ。

温度上昇、緊急赤面警報発動中。

同時に隣からはクスクスと笑う声が漏れ聞こえる。


「僭越ながら申し上げると、そういう無防備な様子を男性に見せると後々が大変だと思いますよ、キアラ嬢。」


忍笑いを漏らすアーロン氏を横目でうらみがましく見つめながらつぶやく。


「ご忠告ありがとうございます。修行して出直して参りますわ。」

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