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晩餐前

晩餐までの時間休んでいいと言われたものの、この広い部屋で寛ぐ気にはなかなかなれず、一先ず自分の荷物を確認することにした。

持ってきてもらったトランクは大きなクローゼットの横に置いてある。

触ってみると、中身はすでに出されてあるようだ。


「ということは…」


まずは、と恐る恐るトランク横のクローゼットを開いてみる。

見た目よりスムーズに開いたそこには、持ってきた衣類が確かにきちんと入っていた…が、その隣には見覚えのないドレスやストール、これまた見覚えのない宝飾品類が入ったジュエリーケースがでーん!と場所をとっていた。

持ってきたドレス達が大層居心地悪くみえてしまう。

引き攣る顔を自覚しながら、震える手で無言のまま扉を閉じる。


「まさか、こっちも…?」


まだ開けていない方の、まるで左右並びの双子のような、威厳あるクローゼットの片割れを暫く睨むように見つめてみたが、結局開ける勇気は出なかった。

他の荷物を確認することにする。

「こちらで揃える。」とは書かれていたが、それでも破格の対応に目眩がする。

それとも、他の侯爵家くらいの家格だと、これくらい当たり前なのだろうか?


「…何だか、侯爵家令嬢として自信がなくなってきたわ。」


そんなことをブツブツ言いながら部屋の中を歩き回る。

持ってきた本はチェスト上のブックスタンドに、化粧品類は鏡台に、その他の小物類はローチェストの引き出しに片付けられていた。

と言っても、いずれも短期の滞在を想定していたので数は少ない上に、もっと豪華なものが別で準備されているため、隣に並べるとむしろ恥ずかしい。

いっそ何も持ってこなかった方が潔かったかもしれない。


最後にふと気になって、寝室をチラリと覗き見る。

入り口からでは、#あの__・__#扉は、手前にある大きなベッドに遮られてよく見えない。

だが、あれが隣と繋がっていて、しかもその隣というのはジャンヌの…と考えたところで、急に自分がフシダラな娘になった気がしてキアラは激しく頭を左右に振る。

恥ずかしさよ、飛んでいけ!

鍵を持っているのはこちらなんだし、いや、あの美女の部屋への鍵をもってるなんて逆に危ないのでは?!

いやいや、あの続き扉には理由があるんだし、これは仕事だと自分に言い聞かせる。

そういえば、ジャンヌには少し悪いことをしたかもしれないと、あの反省した様子を思い出す。


「何だか、この部屋にいる方がむしろ落ち着かないわ…。」


これではまるで大物の賓客のようではないか。

これだけの待遇を受けたのだから、誠心誠意王家の役に立たなければと決意を新たにする一方、自分なんかで本当に役に立てるだろうかという不安が頭をもたげる。

ここは気分転換に借りてきた本を読もうと、キアラは一冊に手を伸ばした。


————————


コンコココン


なんとも軽快なリズムのノックが薄暗い部屋に響く。

時計を見れば午後7時半過ぎ。

本の世界に没頭していたので気づかなかったが、あれから3時間も経っていた。


「キアラ、もうすぐ晩餐の時間だよ。寝てるの?」


「いえ、今出ます!」


急いで本をブックスタンドに戻し、ドアに駆け寄る。

ドアを開けた先には、予想通りの人物が燭台を片手に立っていた。


「すみません。そうだろうと思いつつ、確信がなくて出遅れました。」


「やだなぁ、俺以外にキアラの部屋を気軽に訪れる奴がいたら、俺何するか分かんないよ。」


「何ですか、それ?何をするんです?」


意味が分からないと正直に質問すると、ジャンヌがこれ見よがしに肩を落とす。


「うん、何となく分かってた。キアラがこういうのに疎いって…。」


「はあ…それより、服はこのままで大丈夫ですか?」


王宮に行くとあってあれだけ時間をかけて選んだドレスだ。

下手な格好はしてない自信はあるが、晩餐と言われるともっと華やかなものの方がいいのだろうか。


「ああ、大丈夫だよ。今日は君のことを侍女頭や執事たちなんかに紹介するのが主な目的だし。ベスやウィルの食事は終わってるからね。さ、行こう。」


自然に手を差し出されたので条件反射的に自分の手を添えると、優しくドアの外にエスコートされた。

あまりに優雅な身のこなしに、一瞬目の前にいるのが#美女__・__#であることを忘れてしまうほどだった。

つけられた手袋越しの、引かれた時に感じた力はやはり女性のそれよりしっかりしている。


「やっぱり男性なんですね…。」


「え?」


「い、いえ!」


燭台の明かりが多く、思ったよりも暗くない廊下を歩きながらそっと手を離す。

女性同士で手を繋いでいるのを誰かに見られて変に勘繰られては困るだろうと思ったのだが、ジャンヌはなぜか名残惜しそうだ。


「なんで捨てられた仔犬みたいな顔なんですか?」


「それは、まさしくそんな感じだから。」


「…捨てられた美女っていうのはそんな顔になるってことですか?」


「それ、なんか意味合いが違う気がする。」


そう言って苦笑するジャンヌは、夜の暗さと仄かな明かりのせいか、昼間よりも妙に艶っぽい。

同性なのにドキッとする…と思ったところで同性じゃないことを思い出す。


たどり着いた食堂は、昼間とは違う落ち着いた雰囲気になっていた。

中央のシャンデリアの明かりが室内を煌々と照らし、シックなダークブルーのクロスが敷かれたテーブル上のグラスやカトラリーにそれが反射しているため、部屋全体が星をちりばめた夜空のように煌めいてみえる。

こんな素敵な空間で食べる食事はまた格別だろう。


「キアラさん、どうぞこちらへ。」


女神モードのジャンヌに呼ばれ、ハッとする。

手招きされた方には、ひっつめ髪をしたふくよかな年配の女性と、女性より少し年上に見える白髪を後ろに撫で付けた紳士然とした男性が立っていた。


「紹介します、侍女頭のバーバラさん、執事のアルバートさんです。こちらが、オルティス侯爵家長女のキアラ嬢です。キアラさんと呼んで構わないそうです。」


ジャンヌに視線で促され、緊張しつつ淑女の礼をとる。


「初めまして。ご挨拶が遅くなりましたが、オルティス・キアラと申します。初めて侍女として仕えますので、足りないところが多くあるかと思います。どうぞ、厳しく色々教えていただけると嬉しいです。よろしくお願いいたします。」


最後になるべく朗らかに見えるよう微笑むと、2人は驚いたように目を見開いて固まってしまった。

自分が新参者であることは明白なので、真摯な気持ちで挨拶してみたのだが、何かおかしかっただろうか。

不安になってジャンヌを見たが、彼女は微笑みを深めたただけだ。


「あ、あの…?」


「あら!これは失礼いたしました。侍女頭のバーバラですわ。侍女といっても、ベアトリーチェ王女のご友人のような立場の方だと伺っておりましたので、もっと違う雰囲気の方かと思っておりましたのよ!とっても素敵な女性で驚いてしまいましたわ!」


なるほど、そういう立場で認識されているのかと、背中に流れる冷や汗を悟られないよう曖昧に微笑む。

隣で恰幅良く笑うバーバラさんにつられたのか、紳士の方もぐっと目尻を下げて微笑み、流れるように腰を折った。


「お会いできて光栄です、レディ。私はアルバートと申します。この離宮と本宮のどちらも管理を任されておりますので、何かお困り事があればご相談ください。」


「ありがとうございます。すぐにそのお言葉に甘えることになってしまうと思いす。」


2人の温かな表情から、どうやら挨拶が間違っていたわけではないと分かりホッとする。

それを見て、ジャンヌが満足気なのが不思議だが。


「お二人は陛下が王太子の時分からお勤めされているので、王宮内のことなら何でもご存知ですよ。」


「まあ、そんなに…」


「気がついたらここで歳を重ねていただけですけどねぇ。」


バーバラは侍女頭だが、とても温和な性格のようだ。

役職としては厳しい家庭教師のような人物だと想像していたので安堵する。


「立ったままでは何ですので、どうぞお掛けください。今、食事をご用意いたしますので。」


「そんな、お客人のような扱いをしていただくわけには…」


アルバートが椅子へと案内しようとするので、慌てて呼び止める。

王宮の一切を任されているということは、要は上司に当たる方ではないのだろうか。


「いえいえ、坊ちゃんより丁重に扱うよう申しつかっておりますので。」


「坊ちゃん?」


聞き慣れない呼び名にポカンとする。

ウィリアム第二王子のことだろうか?

すると、ジャンヌがキアラとアルバートの間を遮るように体を滑り込ませる。


「キ、キアラさんは座って待ってください。私は2人と裏で準備してきますわ。」


突然前のめりなジャンヌ。

出会ってからの彼の行動はいつだって変なのだが、よりいっそう変だ。


「え?ジャンヌ…さんは一緒に食べないの…ですか?あと、坊ちゃんっていうのは…」


「ウ、ウィリアム王子です!それから、私もキアラさんにはお話がありますので、用意が終わりましたらすぐに参りますわ。オホホホ。」


なんとも言えない高笑いは、何のお芝居だろうか。

バーバラとアルバートに目を向けると、そちらは笑いを堪えるような顔をしている。

なんだろう、この雰囲気は。


「そ、そうですか…?本当に大丈夫ですか?」


「もちろんです!」


「では…お言葉に甘えて、お席でお待ちしてますね?」


「ええ!さ、お二人とも、あちらへ!」


言うが早いか、ジャンヌは2人の背中をグイグイと押して食堂を出て行ってしまった。

訳が分からなかったが、とりあえず、晩餐の後でもう一度自分の立場と設定を教えてもらおうとキアラは席についた。

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