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半径三〇センチぐらいの最強勇者  作者: 岸根 紅華
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よろしくおねがいします。

 試練を終えた俺たちは、再び王様と司教様のいる教会へと連れてこられた。


 正直、心底面倒くさい。

 今日はもう、色々ありすぎたので帰りたい。

 それがダメなら安めの宿で良いから、あっついお湯に浸したタオルで体にこびりついた冷や汗を流したい。

 ただの村人の俺がそんなこと言えるはずもなく、ただただ騎士の後に続いた。


「勇者諸君、腕試しご苦労であった」

「………………」


 これっぽちも感情のこもらない労いの言葉に、正直イラッときたが俺は無言を通した。

 これが終われば、さっさと帰れるからだ。


「………………監視役の文官の報告を聞き、明朝、沙汰を言い渡す。以上だ。ゆっくり休んでくれ」


 長ったらしい言葉の絞めの沙汰っと言う時、なんか俺を蔑んだ目で見たような気がしたが、もう疲れたのでスルッとスルーした。


 翌朝。

 俺は護衛騎士に導かれ、徒歩で王城へと向かっていた。

 それにしても、昨日の晩は最高だった。

 城下町の中心部からやや離れた場所に用意された宿には、なななんと風呂があったのだ!

 人一人が入れる大きな樽に並々と入れられた水、その中に焼いた石を入れるタイプのやつだ。


 しかも、風呂は外に置いてあるため、夜空を見ながら湯船に浸かれた。

 うむ。まるで貴族にでもなった気分だ。

 え? 貴族はこんなに小さくない?

 それに他の勇者は、王城に近い五つ星の高級宿に止まっている?

 夕食時に、そっちが良かったと護衛騎士たちが愚痴っていた。


 いや悪いね。

 俺はそんな所に連れていかれたら、逆に緊張しすぎて何も出来ないだろ?

 夕食だって家庭料理っぽいものだったから、遠慮なくおかわりをしてたらふく食べられたのだ。

 きっと村人の俺でも、気を使わずゆっくり休めるようにとの配慮だろ?


 そう思いたい。


 色々と気になることはあるが俺は、だらだらと先を歩く護衛騎士に付いて行く。

 歩く速度はそれほどではないが、次第に近づいてくる王城。

 綺麗に整った見上げるほどの石造りの壁に、外敵の侵入を防ぐための城を囲む広くて深い溝。

 物語に出てくる、そのまんまの城だ。


「よし、通行を許可する」


 俺たちの身分が証明されると、王城へつながる橋がギリギリと歯車を軋ませながら降りてきた。


「ほぇ~~すげー迫力!」


 俺はおのぼりさんよろしく、嬉々として橋が降りてくるのを見守っていた。

 いや、完全なおのぼりさんでした。


「さて、渡ろうか」


 完全に橋が降りたのを確認し、興奮を隠しきれない俺が一歩踏み出そうとした刹那。


「勇者様たちの馬車が通るぞ!」


 あん? 勇者の馬車?

 確か俺が泊まった宿より、彼らの方が城に近かったはず。

 それなのに、俺が徒歩で彼らが馬車?


 いやいやきっと、村人の俺が城下町を散策できるように……なんてさすがにもう無理。

 そろそろ、俺の『良かった探し』にも限界が来ていた。

 

 ガラガラと軽快な音を立て、道の端に寄る俺を通り過ぎる馬車。

 最初に通り過ぎたシェリーは、馬車の小さな窓から顔を覗かせ微笑みながら小さく手を振ってくれた。


 次に通った緑の勇者は顔すら見せない。


 最後に通った馬車の小窓に、炎の勇者の爽やかな笑顔を見て、


「はぁ……なんか、畑に水やらなくちゃなんで、帰っていいですか?」


 田舎に戻りたくなった俺を、誰が攻められる?


「え? 今更? いやいやいやいや、待って、帰らないで! この職失ったら女房が、子供が!」

「そうですよ! 王様に無断で返したら、任務失敗で僕の給料が無くなっちゃうじゃないですか!」


 王城の隅で膝を抱えて拗ねた俺に、今まで大した反応を見せなかった護衛騎士たちが、予想以上に過剰な反応をした。

 それにしても俺を止める理由が私的過ぎるのはどうなの?

 まあ俺もこのままバックれて、逃亡罪とか国家反逆罪とかになると嫌なので、嫌々渋々行くけどね。

 

「ここ、ここが一番綺麗なソファーだから!」


 護衛騎士の必死の説得で、ふて腐れたふりをしたまま王城に入る。

 だがしかし、通されたのは大聖堂の時みたいな高級な部屋では無く、廊下に置いてある古びたソファーだった。

 しかもその廊下は、俺がソファーに座ると行き交う騎士たちに足を踏まれそうなほど狭い。

 彼らはわざとじゃ無いし、狭い廊下の半分以上を占拠しているので文句は言えない。

 とりあえずその場に縮こまり、王様に呼ばれるまで空気と同化していようと思った矢先。


「ああこれはこれは、智の勇者殿ではないですか」


 鈴の鳴る様な凛とした声に、思わず背筋が伸びた。

 声の方を見れば……やはり。


「光の勇者」

「いかにも、私が光の勇者、シェリー・フォン・ルードリッヒだ。長ったらしい名前だから、君にはシェリーと呼んでもらいたい」


 女神再降臨!


 村人の俺ごときに向けられる、気さくで満面の笑顔。

 俺は見えない尻尾をパタパタと振りながらも、


「シシシ、シェリー……さん。こここで何を? いやもちろん王との謁見でしゅよね?」


 あまり意味のない質問を、しかもカミカミで言っていた。


「あはは相変わらず君は面白いな。でも、なぜこんな所に? 他の勇者はすでに部屋に集まっているはずよ?」


 素朴な疑問って、時に人の心をザックリ傷つける物だと知りました。

 現に俺はハブられて廊下で待たされる真実を、彼女のストレートな疑問で知り、心が折れそうになっていた。

 どこか生易しい護衛の騎士たちの視線も、俺の心を抉る。


「えっと俺……田舎者だから、窮屈な部屋って苦手で……」


 これでどうか、誤魔化せるように。

 見たことのない、しかも俺に微妙な能力をくれた女神に祈った。

 そんないっぱいいっぱいの俺に、


「ああそうか、では私と同じだな」


 茶目っ気たっぷりの笑顔を向けるシェリー。

 正直、彼女が女神で良いんじゃね?

 そう思わせる笑顔だった。

 しかも、


「それでは私も、ここで一休みさせてもらおうか」


 そう言って彼女は、俺の座っているくたびれたソファーにドサリッと腰を下ろした。

 

 なんで⁉ なんでこんな美少女が俺の隣に?

 しかも、こんなぼろっちいソファーに?

 こんな時こそ、護衛騎士に護衛を頼みたいのだが、なぜか彼らは仕事もしないでこちらに軽く殺気を飛ばしている。

 これは職務怠慢だ。

 訴えて勝ってやる!

 そう思うが、今はそれどころではない。

 彼女の意図が読めず、様子を伺うためにチラリと隣を盗み見る。

 

「君とは一回、ゆっくりと話したいと思ってたんだ」


 俺の視線を真っ向から受け、ニッコリとほほ笑む彼女。

 これはきっと純情な青年を騙す、なんとか詐欺に違いない。

 でも彼女のスマイルは一〇〇〇〇ゴールド。

 はい、俺には払えない金額です。

 そもそもただの村人が、貴族である彼女が満足する様な金額が払えると思っているのか?

 無意識に考え込む俺に対し、


「なにか難しい顔をしているが、私の話を聞いてくれるだろうか?」


 なぜか苦笑する彼女に、俺が言う言葉は決まっていた。


「はい。三〇年ローンんでお願いします」


「あははは! 本当に君は面白いな」


 考えて考え抜いた答えは、彼女の鈴の鳴る様な笑い声に吹き飛ばされた。

 とりあえずなんとか詐欺では無いようなので、俺はハァっと小さくため息を吐く。


「なんか良く分からないけど、一応これでも貴族だから、君からお金を取ることは無いよ」


 目の端の涙を拭いながら、さりげなく俺の心を読むシェリー。

 まるで夫の心を知り尽くしている、長年連れ添った妻のようだ。

 これは責任とって結婚するしかない。


「うん。なんだか君の思考は複雑そうだけど、巡り巡って単純な答えが顔に出てるからね?」


 なんだか分からないが、彼女と俺は以心伝心らしい。

 ということは……。


「あ。良く分からないが、『それ』は、今の所難しいと思うよ」


 再び俺の思考を遮る彼女の言葉。

 も、もちろん、そんなことは分かっていたさ。

 だが俺は、そんなことをおくびにも出さずに、


「よ、よよよ良く分かんないですけど、可能性はゼロな訳じゃないし……」


 うん?

 なんで言い訳じみたことを言ってんだ俺?

 思った以上に、俺にとって彼女との結婚生活ウエディングライフは重要だったらしい。

 そんな俺の表情が気になったのか?


「いや、嘘だ。なんか今言った私の言葉を、全力で否定……とはいかないが、考える時間が欲しい!」


 なぜか彼女の方が必死の表情になった。

 うん?

 まったく意味が分からないんだけど?


「光の勇者シェリー様。王がお呼びです」


 俯き頬を染める彼女に理由を聞くより先に、兵士の声が響いた。


「あ……うん。それじゃ、先に……」


 何か言いたそうに視線を彷徨わせる彼女だが、俺に背を向け護衛の騎士に促されるまま王の待つ謁見の間へ向かうために立ち上がる。


「大丈夫です。否定してくれたから、なんか元気出ました」


 そんな彼女に、安心させるように笑顔を向ける。


(やっぱシェリーって、俺に気があるのでは?)


 なんて心の中で思いながら…………。


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