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「コロリだと⁉」
暫くして俺は一〇人ほどの町の有力者と、その護衛の冒険者や傭兵と一緒に町の広場に来ていた。
ちなみに町長は、簡易的に作ったベットで寝ながら聞いてる。
「コロリって言えば、コロッと死んでしまうからコロリって名がついた死病だろ? それがこの町に蔓延してるってことなのかい?」
グイッと詰め寄ってくる金髪の前髪をさらりとはらう、俺と大差ない年の男。
アルデラの集めてきた有力者の中には、剣の勇者クレインってのがいた。
俺も教会でも王城でも、チラリと見たことがあるので間違いない。
喋ったことは一度もないが、身なりも言動も、どこか品の良い男。
まあ、いわゆるひとつの……『女にモテそう!』な男ってことだ!
「コロリとは王国の第一級死病の一つです。本当なのですか?」
「それが嘘だと分かった場合、一族郎党打ち首になるですよ?」
そんな彼の両隣でキャンキャン喚くのは、奴の連れだろう。
顔は見えないが真っ黒なローブを着た少女と、ショートソードを左右の腰に付ける水色の髪を肩口で切り揃えた、気の強そうな緋色の瞳の少女。
彼の言葉で、この場の人間全てが俺に疑惑の瞳を向ける。
「信じられないなら王国の関係機関に確認してくれ! だがまず、俺の言葉を聞いてくれ」
ホントはこんなキラキラした奴と会いたくなかったのだが、緊急事態なので面倒臭いが頷いて、得意ではないが声を張り説明を始める。
「コロリとは、コレラ菌という細菌によって引き起こさえる病気だ」
立ち並ぶ有力者の中の、誰かの喉がゴクリッと鳴った。
「体の中に入ったコレラ菌が下痢やおう吐を引き起こし、体の必用な水分を失わせ、人を死に至らしめる」
俺は出来る限り、親切丁寧に説明を始めた。
コレラ菌は生の水や生の食物、患者の便や吐いたモノの中にいて、口を通じて体の中に入り込む。
大切なのは菌が広がらないよう、患者を一ヶ所に囲い込むこと。
それから、生水や生の食べ物を絶対に口にせず、必ず火を通してから食べること。
それから、汚染されたモノは必ず徹底的に消毒すること。
噛み砕いた説明を終えて数分。
説明後の何とも言えない沈黙の後、
「これらきんと言うものが、人の体で悪いことをしてるってことか?」
「そいつを、やっつければいいのかい?」
やっとといった感じで声が上がる。
「そうだ。恐ろしい病気だが、魔物と同じで、対処法さえ間違わなければ、いたずらに恐れることは無い。皆の心がけでコレラを早くやっつけることができるんだ」
「おおう!」
「だから、これを正確に町の人に説明して広げて欲しい。コレラの症状が出た人間は、速やかに指定の場所に、患者は俺が出来る限り……いや、絶対助けるから!」
「………………」
俺の言葉の後、沈黙が流れる。
だがどうやら騎士や傭兵、冒険者は町民のほとんどが納得してくれたようだ。
まあ俺の案以外、すがるものが無いのが現状だろうが。
「それではまず、患者さんを一ヶ所に集め囲い、その部屋と私たちも消毒しなければならないってことですか?」
その通り。
「珍しくティンが察しの良いことを言ってくれた。いつもこうなら助かるんだけどな」
「多分ですがカイルさん。本音がダダ漏れです」
「……誰か酒場から強い酒を、ありったけ貰って来てくれ! 治癒に魔力を使いたいんで、消毒はなるべくアルコールでする」
ティンの抗議はさりげなくスルーして、町民に指示を出す。
「患者のおう吐や便が少しでも付いた服は出来るだけ燃やして、灰は土の中になるべく深く埋めてくれ、武器や鎧は強い酒で消毒。あと、塩と砂糖と水を出来るだけ多く持ってきてくれ!」
俺の言葉を素直に聞いてくれて、渋々だが動き出す人々。
「ちょっと待った! ホントに君のこと、信じていいのかい?」
だが動き出した人々に、待ったの声が響く。
やはりと言うか、当然と言うか。
真紅の剣を持つ剣の勇者、クレインが俺の前に立ちはだかったのだ。
「僕には病気のことはよく分からない。だから、君の言うことが本当に正しいのかどうかも分からない。だから問う。君は信じられるのか?」
「やっぱ、いきなり医者と名乗る、まったく無名な男が言うことなんて、確かに信じがたいよな」
口の中で呟き苦笑する。
さて。
反対意見が出ると思って、口下手の俺が何通りか説明を考えていたけど、どれが一番効果的かな?
なんて思案していた時だった。
「だいたい、剣の勇者クレイン様が言うならならともかく、勇者から外されたあなた……が、がはっ⁉」
町長と同じように地面におう吐したのは、勢いよく俺に文句をぶつけた真っ黒なローブを着た少女だった。
「どうしたアーシャ!」
「触るな! 彼女も感染してる!」
反射的に駆け寄ろうとするクレインを、俺の鋭い声が押し止める。
そして俺は、ある提案を思い浮かんだ。
「おいクレイン。彼女もコレラに感染してる。それは確認したな?」
無言で立ち尽すクレインの表情を見て、俺はそれを了解と解釈して彼女に駆け寄った。
「うぐっ! これは、ただ、昼食が……」
「コレラに感染したら、おう吐だけじゃ無く水のような下痢が本人の意思に関係なく垂れ流れる。無理して、我慢して、病状を悪化させて、そんな光景を奴に見られたいか?」
「う………」
言い訳を口にする彼女の耳元で、彼女にしか聞こえない音量で囁く。
例え勇者の護衛が名誉だと言えども、見知らぬ男に年頃の少女がホイホイと付いて行くには抵抗があるだろう。
それでも付いて行くのには、ある程度の憧れや憧憬があるはず。
今回はそれを利用させてもらった。
「俺が絶対治してやる。だから今は俺を信じろ!」
アーシャと呼ばれた少女に、小さくだが力強く呟く。
そんな呟きに、グッと奥歯を噛みしめて真直ぐ俺を見つめた少女は、
「わ……私は……クレイン様の手足になりたい……決して足手まといになりたくない……だから……お願い……します……」
血を吐くように俺の胸元をつかんだ。
「ああ任せろ!」
俺は短く彼女に頷き、ガッと勢いよく顔を上げた。
「剣の勇者クレイン! 彼女は俺が絶対治してやる! だから治ったら俺を信じろ! それまでは町の防御をお前に任せたい」
クレインはアーシャを抱き起す俺を真直ぐ見据え、
「……分かった。今は君の言葉を信じよう」
短く言い放ちクレインは駆け出して行く。
「……そんなこと、言われなくても分かってるよ」
きっと奴には聞こえないだろうが、俺はそんなことを呟いてこれから来る患者の数に苦笑いをし、奴の後姿を見送った。
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