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「すみませんでした~~~~!!」
おっさんの部屋から撤退し、俺たちは部屋に戻っていた。
もちろんティンの部屋では無く、俺の部屋で、
すぐさま、ティンに土下座されていた。
「せっかくカイルさんが立てた作戦を、私が感情的になって壊してしまって、本当にごめんなさい!」
「額をガンガン床に打ち付けるな! 額は切れると、どぱっと予想以上にたくさん出るぞ! 結構ビビるぞ! 床も汚すし……それに次の作戦の布石は打った」
「へ⁉ 布石?」
額を真っ赤にしながら、彼女はアホな子みたいに口をポカンと開けている。
「なんだとそこからか? 布石って言うのは、将来のためにあらかじめ整えておく手はずだ」
「そこから説明! いえ、そんな詳しくは知りませんでしたが、言葉の意味ぐらい何となくは分かりますよ! それよりいつの間に……何をやったんですか?」
座ったままグイッと近付いて来るティンティンに、なんか変な魔物みたいだなとか意味も無く思ったりしたが、
「いいか、明日の朝、あのおっさんが起きたら…………」
俺は『おっさんから治療費をせしめよう作戦第二弾』の説明を始めた。
翌朝。
「そんなことを言っても騎士様。昨日二階には騎士様以外、誰もお泊りになっていないませんし、不審者なんて誰も見ていませんよ」
「いいや、ワシの部屋に誰か入ってきた! それに見ろ、この頭の傷! これはその何者かが投げた瓶で傷ついたんだ!」
宿屋の亭主に言い寄る騎士様。
「でも、ちゃんと鍵はかかっていたのでしょう? 内鍵が掛かっていたのなら、私でも騎士様の部屋には入れませんよ、昨日はお酒をかなり召し上がっていたようですし、失礼ですがお寝ぼけになられたのでは……」
苦笑交じりの亭主が、俺たちに気付き僅かに口角を上げた。
俺は作戦の成功を確信し、ティンに視線で合図を送る。
「あ! ああ! あの傷は!」
「おい、相手は騎士様だぞ。無暗なことを口にするんじゃない」
恐ろしく棒読みなティンの声に、思わず苦笑ししなかった自分を褒めたい。
「あれは……十中八九そうだが、もし間違っていたら俺たちの首が飛ぶぞ!」
騎士様からちょっとだけ離れて場所で、聞こえる程度の内緒話。
「おい、そこの……確か治療術師とそのお供だったか? 言いたいことがあるならハッキリ言え!」
こちらの会話を耳にし、声を上げる騎士殿。
だが、ここでもう一ランク真実味を上げる。
「いやいや騎士様。おはようございます。我々は別に何も言ってません。ええ。そんな無礼打ちされるようなことは、何一つも……いや? 言わない方が無礼なのか? まあ、知らなければ無礼も何もないか」
頭をたれ、モゴモゴと呟きながら、つつっと不自然に立ち去ろうとする。
人間、こんな態度で、こんな言い方をされれば気になってしょうがない。
だから、あえてこんな言い方をしたのだが、
「ええい! 別に手打ちになんぞしない。ハッキリ言え!」
よし釣れた。
俺はチラリとティンと視線を合わせる。
あともうひと押しだと。
「いえね、私の同業者が、そう言われて真っ正直に病気を治療したら、頭の固い騎士様に嘘つき呼ばわりされたあげく、手打ちに合ってしまって……それ以後、私ら治療師は大変マズイ症状だとは知りつつも見て見ぬふりをしています。例え治療すれば助かる命でも、自分の命とは代えられませんから……」
ふぅ。っと息を吐き、残念そうな視線を騎士殿に向けた。
「むぅぅぅぅ! ワシはそんな頭は固くない! なんじゃその病気とは!」
案の定。
騎士殿はグイグイと俺に近寄って来た。
「いや、しかし……でも……」
ここでさらにごねる俺に、
「ええい! ワシは理解ある男だ。どんなつまらんことでも手打ちになんかしない。なんなら誓約書に残しても良い! だから早く言え!」
散々無体なことを言っていたおっさんが吠える。
どうやら上手くいった。
俺はティンと、宿屋の亭主に視線だけで確認する。
「はいは~い。ではこの危害を加えないと記された、魔力のこもった誓約書にサインをお願いします。内容はさっさと確認してくださいね。早くしないと呪い……げふんっげふんっ。ち、治療は早い方がいいですから」
「呪い? 今呪いって言わなかったか? 娘、なぜ目を向ける? いやいや、そんなの確認してる間が惜しい!」
珍しいティンの名演技に、おっさんはほとんど内容も確認しないで誓約書にサインをした。
ちゃんと確認されると色々不味いので言い訳を考えていたのだが、どうやら杞憂に終わったようだ。
「はぁ。それでは言いますが……」
俺は渋々と言った感じで口を開く。
「前にも見たことがあるのですが、この傷……。貴方様は呪われています。しかもかなり強力な呪いに!」
「んな!? なぜだ! ワシのような聖騎士に近い王国近衛兵が、何に呪われていると言うのじゃ!」
ほんと、このおっさん。
自分に都合の悪いものは、聞こえないし感じない、特異体質の心の持ち主かもしれない。
そんなことを思いながらも、俺は至極真面目に芝居を続けた。
「いえこの呪いは、真面目に生きている人ほどかけられるんですよ」
なんて真面目な顔して嘘を吐き続ける。
「ほ、本当か⁉」
「本当です。今すぐ治療とお祓いをしないと……死にます。いえ、体の先から腐りはじめ、殺してくれと懇願するほどの苦痛に襲われます」
笑い出すのをこらえた顔が、真剣な表情に見えたのか?
騎士殿はゴクリッと喉鳴らし、俺を真直ぐに見据えた。
「その言葉、誠であろうな?」
真意を問い詰める騎士殿。
「誠です。しかし……」
騎士殿を真直ぐ見据えたまま、だが俺はふっと視線を逸らす。
「しかし、先日治療士協会から入った情報で、親身になって治療とお祓いをした者が、治療費惜しさの騎士様に、冤罪を掛けられ投獄されてしまう事件が起きまして……。協会からお祓いは勇者と肩を並べるほどの騎士殿以外にはするなと通達がありまして……」
真っ赤なウソである。
そもそも治療師協会に登録もしてないし、あるのかも俺は知らない。
ただそれらしい言葉を並べただけだ。
だが、騎士殿は。
「な!? 何と!! 治療費惜しさにそのようなことが……。で、いかほど必要なのだ!」
ここまでくれば、罠に掛かったも同然。
俺は少し残念そうに眉を潜め、呟くように答えた。
「治療費は……一〇〇〇ゴールドと割と安いのですが、お祓いはこの特殊な護符を使用しますので、五〇〇〇ゴールド以上は……もちろん、私には一銭も入らない、最安値でですよ!」
人間、なぜか相手が損をしていると知ると、寛大になる。
なおかつ。
「それにこの総本山にしかない護符は、残り一枚なので……」
人間、なぜか限定とか残りわずかの言葉に弱い。
もちろん、騎士殿もこの誘惑には勝てず、
「ええい! ワシをそんな愚か者と一緒にするな! 金は言い値で払ってやる。だからワシに、最高級の治療をしろ!」
誇り高い王国の近衛兵である騎士殿が、悪徳商法に引っかかった瞬間だった。
最後までお読みいただきありがとうございます!
それに、ななんと! 新年早々ブクマが四〇超えました!
例のごとく、今日中ではなく、今晩中に一話投稿します!




