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半径三〇センチぐらいの最強勇者  作者: 岸根 紅華
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よろしくお願いします。

「国王陛下、および大司教様のご入場です」


 質素とか倹約とかと、まったく無縁そうな贅を凝らした教会の一室。

 謁見の間と言う場所で、俺は国と教会のお偉いさんの入場をぼけ~っと眺めていた。

 いや、正確には先ほど廊下で会った、彼女との間に生まれた娘と一緒に結婚三年目の妄想が続いているのだが、俺の位置から隣の隣の隣に彼女を見つけ、今はその横顔を人知れず見つめるのに神経を研ぎ澄ませていた。


 隣と隣の隣には、俺と同じだろう勇者候補の男女。

 彼女の華奢な姿がチラリとしか見えない。

 それでも俺は集中する。

 傍から見れば、ニヤニヤとかボケーなんて雰囲気を醸し出してるように見えるかもだが、本人はいたって真面目に彼女を盗み見ていた。


 あれ?

 もしかしなくてもこれって、巷で流行りの『ストーカー』ってやつ?

 いやいやいや。

 俺は彼女を邪悪から守る騎士であって、下心なんて、まったく、これっぽちも無い……はずだ!

 独りよがりだが、この想いはストーなんチャラじゃないと思う。

 

「シェリー・フォン・ルードリッヒ前へ」


 そんなことを考えていると、いきなり彼女の名が謁見の間に響き渡る。

 甲高く耳障りな声だが、それでも彼女の品が損なわれることは無い。

 ここまで俺の幸せ妄想をしておいてなんだが、彼女は貴族である。

 それに彼女には人を引き付ける魅力がある。


 もちろん一目会った時から分かっていた。

 だって村長の娘より品があって、護衛の騎士より威厳があったから。

 だから……。


「こ、これは……光りだ! 全ての闇を祓うと言われる、光の勇者の証じゃ!」


 大司教様が声高らかに宣言して、数秒間の沈黙……。

 そのすぐ後。


「「「「「うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」」」」」


 立ち並ぶ貴族が声を上げ、王様までも高そうなイスから腰を浮かし目を見張る。


「ああ……やっぱ持ってる奴は違うな」


 一刻の熱病から覚めた俺の独語は、貴族たちの歓声に掻き消された。


 やはり彼女は特別なのだ。

 

 だから両親と死に別れた、生粋の馬の骨の俺との幸せな家庭なんてありはしないのだ。


 それでも想像するのは自由だし、もし勇者となった俺が大活躍してまかり間違って魔王でも倒したら……。


「ミルズ村のカイン殿…………。カイン殿!」


 なんて、希望的妄想を打ち破る甲高い声が俺を呼ぶ。

 どうやら俺の番みたいだ。

 促されるまま、大司教様だと思われる爺さんの元へ向かう途中。

 チラリと横目で他の勇者を伺う。


 俺の隣にいた、フードを深くかぶった女性。

 なぜ顔も見ずに女性と分かるのか?

 それは男と判定するには、ダブダブのフードからでも分かるほど強調している双丘があるからだ。

 っと、その女性は神々しく輝く弓を手にしていた。

 その隣の隣の男。

 これは顔を見せていて性別が分かりやすい。

 は、男女問わず好かれるだろう笑みを、俺にさえ向ける良い奴。


 そんなことされてえも、キュンッとなんかしないんだからね!

 なんて詮無きことを考えながらも、最後に盗み見るよう彼女シェリーを見ると、


 ニコッ!


 なぜか待っていたかのように目が合い、極上の笑みを浮かべたまま腰に差した剣の柄を握る。

 鞘に収まっている刀身は神々しいまでに光り輝いてるのだろうが、きっと彼女は慎ましい性格なので見せびらかしたりはしないのだろうと思う。


 彼女の天使さを再確認しながらも、俺は自分なりにシャキシャキ歩き大司教の前に歩み出た。

 無言で最低限の言葉しか話さなかった、だがここまで護衛してくれた騎士に教えられた通りに大司教の前で膝を付き、こうべを下げた。


「汝、勇者の紋を与えられし者よ、女神に愛されし勇者よ。女神の愛を闘志に変え、魔王を討ち滅ぼす力となれ」


 頭を垂れた俺の頭に手を置き、大司祭が祝福の言葉を口にする。


 勇者の力なんて俺みたいな村人なんかには、分不相応な身分だ。

 大それた夢だ。


 でも、それでも。


 俺なんかが何かの役に立てるのなら……。


 うろ覚えな父や母みたいに、誰かに感謝される人間になれるなら……。


 少しでも彼女の隣に相応しい人間になれるのなら……。


 願い事が多くて、呆れられてしまうかもしれないが、


 どうか女神さん。

 俺にも誰かを幸せにできる力を……。


 ここまで来ておいてなんだが、俺は無神論者だ。

 でも、勇者に選ばれ「もしかして、女神って本当にいるんじゃね?」っと思い始めた俺は力一杯願った。

 だが。


 ん? あれ? 何にも……!!


 まったくリアクションが無いので、チラリと視線を上げて盗み見ようとした瞬間。


 カッ! カッ! カッ!


 俺の頭に合った大司祭の手が二、三度と光輝くと、なにか良く分からないそれが俺の体に流れてきた。


「これって……もしかして女神の力……」

 

 そう呟く間に、大司教の手から光は消えるが、まだ何かが頭上で輝いていた。

 その光源を追うように視線を上げる。

 そして、宙に浮きながら輝く物体を目にした。


「これが……俺の勇者の証?」


 それは呆然と手を伸ばす静かに降りてきて、スッと俺の腕に納まった。

 すると光は収まり手にした物が露わになる。

 これは。


「…………うん本だ」


 魔物を切り裂く剣では無く、魔物の攻撃から身を守る盾でもない。

 俺の手に降り落ちたのは、村人には高級な、でも、決して手に入らないものでは無い。

 数冊の本だった。


「え? これ、しょぼくない?」


 思わず口に出した俺は間違いじゃないはずだ。

 なのに大司教は目を見開き。


「こ、これはもしや、伝説の伝説、口伝にしか残っていない、選ばれし者しか読むことの出来ない異世界の全てを司る『知恵の書』。あ、貴方様は。智の勇者なのですか!」


 大司教が感嘆の声を上げるが、立ち並ぶ神官と貴族たちからは失笑と嘲るようなため息が漏れていた。

 そんな有象無象の奴らに意識を向ける余裕もなく。


 地? 血? 智?


 とにかくスゴイのか?

 大司教様が絶句するほど凄いのか?

 俺は今この手にある本を意識していた。

 ぶっちゃけ本しか意識してない。

 いや、光の勇者になったシェリーにも興味はあるが、


「智の勇者じゃと? ふう。どうにも魔王と戦う力は無さそうじゃないか」


 いままで満面の笑みで、他の勇者たちを見ていたこの国の王が眉を寄せ呟いた。

 呟いたと言ってもこの国の王の言葉。

 この場の全員が耳を澄ませ聞いていた。


「違いますぞセリヌンテゥス王! 智の勇者とは……」


「よいよい、とにかく、さっさと勇者の実力を見るとしよう」


 ちょっと熱っぽく説明しようとする大司祭の言葉を片手を上げて遮り、王は兵士に指示し、儀式は終わったとばかりに俺たちを誘導し始める。

 うん?

 まだこの力について何にも説明が無いのだけれど?

 視線で訴える俺だが、王の言葉に従う兵士諸君には無意味だった。


最後まで読んでいただきありがとうございました!

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