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診療していた広場からちょっと外れた場所に、少なくない人だかり。
それを掻き分た先には、
「きさま! 王国騎士である私に、なんて無礼な!」
なんか馬に乗った、いかにもといった感じの鎧を身に纏う騎士たちの姿と、地面に倒れている女性。
それにすがる子供が目に入った。
見れば昼前に治療した子供とその母親だ。
「あの騎士様たち、子供がいるのにそのまま駆け抜けようとしたんだ。彼女はそれを庇って……」
「ちゃんと前向いてれば止まれた距離だろ?」
ヒソヒソと語る野次馬から、大体の事情は理解した。
理解はしたのだが、子供の破傷風が治ったと喜んだ笑顔の彼女が。
今、眉間にシワを寄せて倒れている現状は、納得いくもんじゃない。
さらに、
「……まあ炎の勇者様の手紙を届ける急務の任務のだから、今回は見逃すが、本来なら手打ちにするとこだぞ! 以後気を付けろよ!」
倒れて意識のない母親に上から目線の言葉を投げ、なおかつ炎の勇者を言い訳にしてこの場を去ろうとする騎士。
「「「「「…………」」」」」
「後で救援物資を持った治療班が来る。そいつらに治療を頼め」
さすがに場の空気を察した他の騎士がフォローするのだが、いかんせん高飛車過ぎた。
「ちっ、なに言ってやがんだ。自分がよそ見してたくせに」
「魔物から俺たちを救ってくれるのが騎士じゃないのかよ! これじゃ、誰がこの町を壊してんだかわかりゃしね!」
「こんな威張り腐った、腐りきった騎士だけできて……救援物資はどうした!」
不満を口にし、それを憤怒に変えていく町民たち。
「文句を言うな! 我々は魔物から国の危機を救うため、この先にいる勇者に手紙を届ける重要な任務を帯びているのだ。分かったらさっさと道を開けろ!」
どうやら騎士と言う輩は、場の空気というものが読めないらしい。
町民たちのヘイトがマックスなのに、自分が悪いとこをしたなんて欠片も思って無いようだ。
だって、
「ん? なんだお前たち。王国騎士の私たちに逆らう気か!」
少しでも悪いと思っていたら、こんな言い方しないだろ?
まさに一触触発の事態。
だが、そんな殺伐とした空気の中でも俺のやることは一つ。
ケガ人を助けることだ。
「ティン……」
「はい!」
やはりフルネームは心に負担がかかるのか?
ティンティンがいつも以上に軽快に、母親を揺り動す子供に駆け寄る。
「きさまら、じゃま……」
彼らの前に立ちはだかる俺たちに偉そうな騎士が何か叫んでいるが、馬上でのんびりしている健康体にかまっている暇はない。
「大丈夫だよ。今、あのおじさんが、あなたにしたように、お母さんを助けてくれるから」
「おい、なんの嫌がらせだ? 俺はまだまだまだ、全然おっさんって言われる年じゃないぞ!」
「知ってます。ちょっと口が滑っただけです、それより急がないと、おじ……カイルさん」
なんか物凄く理不尽さを感じるが彼女の言う通り、遊んでいる場合じゃない。
「不味いな……頭蓋骨損傷。それに、頭蓋骨の表面にある血管の破裂。壊れた頭蓋骨から脳に血が流れ込んでいる………………」
思わず口から声がこぼれた。
彼女の怪我の具合を軽く考えていたようだ。
騎馬に蹴られて額を切り、予想以上の血が流れて驚いたために気絶したのだとばかり思っていたのだが。
これはかなりの重傷だ。
なのに、
「おい、さっさと倒れているそいつをどかし、道を開けろ!」
空気を読まない騎士が叫ぶ。
いや、こいつ、本気でそんなこと言ってるのか?
母親の容体を見ながらも、チラリとそいつの顔を覗きこむ。
ふんぞり返る、髭ズラの男が見えた。
…………ああ。やっぱりマジだ。
騎士様は道を開けろと言うが、ここは広場。
ちょっと馬首を傾け、横に反れればいいだけのこと。
そんな男の戯言と、人一人の命を天秤に賭けられると思うか?
「それは無理だ。彼女は重体で動かせない。ここで治療を開始する。ティン準備を!」
俺の声に町民たちに緊張が走る。
それなのに、
「町人一人の生死で何を狼狽える! 今は魔王軍と戦争をしておるのだぞ!」
その騎士の言葉は、怒り心頭の町民の心に火をつけた。
カコンッ!
力強く己の正義を吠える騎士の冑に何かがぶつかる。
広場に散乱するレンガの欠片だった。
彼の傲慢な正義に対し、町民が態度で示したのだ。
「な? なな⁉ 貴様ら何を……いてっ!」
偉そうな騎士殿に対し、ただの野次馬だった町民が、今は明らかな敵意を持って投石を開始したのだ。
「ふざけんな! お偉い騎士様がこの町で何してくれたと思ってんだ!」
「復興のための物資はすぐ届く? そんなの一週間たったって全然来やしねえじゃねえか! 来たのは自称医者だって言ってるこの兄ちゃんだけだ」
「そうだそうだ、王国からの復興支援なら、無料で治療しやがれ!」
「おいちょと? なんか途中から俺の悪口になってませんか? それに俺は王国の依頼とか受けて無いから。それなのに最低限、良心的な料金しか貰ってないから!」
俺を引き合いに出そうとする町民に、必死の弁明を口にするが、
「お母さん! お母さん!」
脈が弱くなっている母親に、こいつらと遊んでいる暇はないと診察を開始した。
昨日、忘年会で飲んでいたにもかかわらず、ブックマ三〇超えました!
ヒャッホウ!
っということで、今夜中(くどいけど今日中ではない)にもう一話投稿します。




