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半径三〇センチぐらいの最強勇者  作者: 岸根 紅華
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「がははははっ! ま、先生! いや、大先生、飲んでくれ食ってくれ! 金の心配はいらねぇ! ここで好きなだけ飲み食いして泊まってってくれ!」


 超ご機嫌な、この宿屋の店主ギトが笑う。

 俺は今、宿屋の一階にある酒場兼食堂で接待を受けていた。

 ちなみにおかみさんの名はセタだそうだ。


「いや~~。先生の腕を疑ってた訳じゃなかったが……やっぱうちの女房が見込んだだけあって一流。いや、超一流の腕前だったな!」


 娘さんの容体が安定したのは、ついさっき。

 日が沈んでから、かなりたった時刻だった。

 当然、それまで様子を見ていた俺たちは、今更宿を探すことも出来ずギトとセタの好意に甘えてここに泊まることにしたのだが。

 

「おいセタ。大先生のジョッキが空だ。お替り……いや、もう樽ごと持って来い!」


 夕食の時間が過ぎ、飲んだくれしかいない一階で、赤ら顔のおっさんは上機嫌で俺をダシに使う。


「まったく、本当はあんたが飲みたいだけだろ!」


 それを承知の上で、おかみさんが文句を言いながらも、どこか嬉しそうにエールの樽を肩に担ぎ、ドンッと目の前に降ろして行った。

 

「これは俺の奢りだ! みんな飲んでくれ!」


「「「「「おおう!」」」」」


 俺のだと言いながら、この場の全員にエールを振る舞うおっさんに喜ぶ酒飲みたち。

 そんなに娘の無事が嬉しかったのかと思うと、まあ良かったね、っと俺もなみなみ注がれたジョッキを傾ける。


「先生。せんせ、本当に俺はあんたを誤解してた! あんたを昨日きた治癒術師と同じだと思ってた! だがあんたは違う! あんたはそんじゃそこらのヤブじゃない!」


 バンバンと俺の肩を叩くギト。


 どんなに大先生とか言われても、結局ヤブってつくの?


 それに、気持ちよく酔ってる彼には悪いが、俺はこんな賑やかな場所は嫌いだ。


 俺は食事も静かに食べたいタイプなのだ。

 だが、今回は情報収集を兼ねて誘いに乗った。

 酒が入ると人は、胸の内(特にストレスに思うこと)を吐露するからだ。

 同行者ティンにも、そんな理由で協力を求めたはずなのだが、


「カイルひゃん飲んでまひゅか? なんらじぇんじぇん飲んでないらんれひゅか!」


 俺の隣に、へべれけで肩に寄りかかってくる娘がいるのはなぜだろう?

 

 そもそもこいつ、『エールはただのお酒ですが、ワインは神の血です! だから良いんです!』なんて訳のわからん屁理屈を言ってたのだが……。今はご機嫌にエールのなみなみ入ったジョッキを傾けている。

 

 ここの娘さんを救うために、おっさんを一喝した姿は幻だったのだろうか?

 そう思えるほどの泥酔ぶり。


 色々と言いたいことはあるが、とにかく俺はギトに話を聞くことにした。


「なあ? もそも娘さん。なんであんな怪我を?」


 うん。ワンクッションも無い直球すぎる語彙の無さに、自分でも頭を抱えていまいそうだ。

 だが、


「あん? 娘が怪我を負った理由? そんなの国王が認定した勇者とその取り巻きの近衛騎士のせいに決まってんだろ!」


 俺の直球な質問を疑問に思うことなく、途端に不機嫌になるギト。

 酔っぱらいって扱いやすいと思った。


「あいつら、国王命令だとか言って、ここは王都に比べてロクなもんがねぇなんて威張り散らして散々タダで飲み食いしてたくせに、いざ魔物が現れたら町の連中無視して攻撃魔法ぶっ放すわ、逃げ惑う人間を無視して矢を射るわ、勇者様は口だけで注意するだけ……。この町の雰囲気で分かるだろ?」


「まじか…………」


 俺はキリキリ痛む頭を押さえた。

 人々に希望をもたらす勇者が、人々を戦いに撒きこんじゃ駄目じゃん?

 そう声にしなかった俺を、誰か褒めて欲しい。


「ああ。わかりまひひゃ。よしよし」


 なぜか俺の頭を撫でようとする未聖女の手を、めんどくさそうに叩き落とす。

 ホントに誰か、今の俺をシラフで褒めてくれ!


「とにかくだ。『後で救護班が来ますから!』なんて言って、この町の現状を知りつつ先に行った勇者より、俺たちにしてみればあんたの方がよっぽど勇者だっつうの!」

「ほんんろそれ! あんなひろららちより、わらひのえらんらゆうひゃのほうが、よっぽどゆうひゃらってことれすよ!」


 再び肩をバンバン叩くギトに、追従するように意味不明な言葉を叫んでジョッキを掲げるティンティン。

 それに呼応するように、酒飲みたちも思い思いの雄たけびを上げる。

 正直こいつはもう、いろんな意味で眠らした方が良いのかもしれない。


 それにしても、

 本当に、なにしてんだ勇者様たち!

 シェリーだけは、そんなこと無いと思ってたんだけど…………。

 もしかして騙された?


 そんな不安を隠し、さらに情報を引き出そうと試みるが。


「カインズひゃん! そんらことひょり、エイルちゃんの無事を祝って飲みまひょうよ!」


 ほんとにこいつなにしてんだ! とか、俺の名前間違ってるんだ! とか、いろんな非難の思いを込めて視線を向けるのだが。


「らって、カイルひゃん。ちゃんと命を救ったんれすよ! 勇者れも教会れも救えなかった命を救ったのれす! ここにいる人たちは感謝してまひゅ! 今はそれを祝いまひょうよ!」


 ニコニコとジョッキを掲げるティンティンに、


「ああそうだ! あんたはこの国が、勇者が見捨てた小さな宿屋の、小さな命を救った。だが、その小さな命は俺たちの希望で……ぐずっ、と、とにかく、あんたは俺にとっての救世主で勇者だ! 勇者カイルに乾杯!」


 酔って涙腺が崩れたのか、突然真面目な顔して泣きだすギト。

 そして、


「ああ。やっぱあんたは私が見込んだ男だよ! カイルに乾杯!」


 いつの間にか隣にいたセタが、ジョッキを掲げる。

 それに追従するように、次々と俺に向かってジョッキを掲げる酒飲みたち。


 いや、本当に勘弁してほしい。


 だって俺は。

 いままで誰にも、そんなにストレートに好意を受けたことは無いんだから。


 だから俺は、


「あ、ああ…………うん。分かった。うん。分かったから…………もう寝る」


 そう言って、顔を上げながら階段を早足で駆け上がり部屋に戻る。


 ああどうか、


 階段でこぼした頬を伝わる雫を。

 誰も見ていませんようにと願いながら…………。

明日は忙しいので更新できません。

なので、一〇時に予約更新予定です。

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