沙希、救世之一撃
恐れていた事が起こってしまった。
坂上の奴、さっさと死んでれば良かったのに、アーボからスキルを奪ったようだ。
奪われたアーボは距離を取って慌ててスキルを確認、しかしなぜか小首を傾げている。
でも、奪ったスキルは彼の持つスキルの中でも一番攻撃力が高いスキルだったらしい。
救世之一撃ってなによ?
なんかスキル名からしてヤバそうなスキルなんだけど。
「折角だ。奪ったスキルでお前らぶっ殺してやるぜ。まずは誰から死にてぇんだ? アァ?」
ピスカさんか、アーボか?
どちらにしろ、アーボ最強の攻撃スキルなんて喰らえばどうなることか。
今までアーボが使ってなかったことからヘリザレクシア戦ですら使う必要が無いほどに強力なスキルだってことなのかしら?
アボガードたちが周囲で防御陣形を固めて、アーボのダメージを肩代わりしようと準備を始めている。
ピスカも凶悪な一撃が来る、と防御と回避を優先、アーボはまだ納得行ってないようで小首を傾げている。
なんでアンタが小首傾げてんのよ!? 奪われたスキル、あんたが持ってたものよ!?
「よーし決めた。一番厄介なピスカ、テメーを壊す。そうすりゃアーボの他のスキルも奪いやすくなるしな。アーボのスキル全て手に入れたら後はもう蹂躙確定だなぁ。くく、ははは、はははははははッ!!」
坂上の独壇場じゃない。
このままじゃ本当に全滅させられる。
何とかならないの? ねぇ、ウサギッ。
「いくぜぇ。救世のぉ!! っ!?」
ピスカにアーボの必殺スキルを放とうとした矢先、真後ろより伸びたタコ触手が坂上の腕に絡みつく。
「テメェ!?」
「返せッ、我がスキルは貴様程度が持っていいようなスキルではないのだ。返せぇぇぇ!!」
「ウゼェ!! いいぜぇ、まずはテメェが喰らいたいってことだよなぁ!!」
返せと叫ぶタコの守護者に、坂上がニタリと笑んだ。
「クタバレッ!! 救世之一撃――――ッ!!」
坂上の手に不可視の剣が生まれた。
いや、剣かどうかは分からない、ただ、何らかの武器なのは理解出来た。
それを振り被り、タコの守護者の触手を切り裂き、顔面向けて思い切り突き刺した。
刹那、一瞬の静寂。
タコの守護者の内側から溢れだす荒れ狂う程の力のナニか。
それはたった一撃に全てを込めた坂上が持つ全ての煌めき。
その一撃はあらゆる難敵を確実に消し去る。
ただし……と、なぜか脳裏に降り下りて来る言葉の羅列。
―― 曰く、その一撃を放つ時、肉体、魂、存在、その全てを一撃で放つのじゃ。いや、儂も今思い出したんじゃがな。それ、駄女神が密かに儂の世界に送り込んだ致命的なデススキルじゃ。良い子は絶対に使うんじゃないぞーい ――
どっかの神だ。どうでもいいけどスキルの説明をしてくれるらしい。既に使用済みだぞ。使うなとか、言うのが遅すぎる。
それによると、この救世之一撃、発動者は肉体、魂、存在、全てを一撃に込めて相手を確殺する
、世界の危機をたった一人が犠牲になって世界を救うためのスキルだそうだ。
つまり、放った時点で使用者は死ぬ。それはもう確実に。
何しろ使用者本人の肉体が使われるから。
使用者は輪廻転生すらも奪われる。
その魂を使ってしまうから。
使用者は人々の記憶からも消え去る。
その存在すらも使ってしまうから。
だから、その一撃は強力無比。
誰もが怯え、嘆き、悲しみ、絶望に打ちひしがれる時、たった一人巨大な敵を倒す救世主。
全てが諦めた中でただ一人だけ奇跡を成して全てを救う力を持つ存在。
世界を救うたった一人に許された、偉業を成す為のスキル。
世界龍たるヘリザレクシアと闘ったアーボに許された救世主としての一撃だ。
本来なら、多分どうしても倒せない坂上を倒すために使われる筈だった最終奥義。
だけど、その代償はあまりにも大きい。
たった一人で絶望の世界を救うが為に、あまりにも巨大な偉業を成すために、人の身に余り過ぎる奇跡を施行するために。
己が身体も命も存在も、あらゆる全てを引き換えにして放つ最終奥義。
誰もが倒せないあまりに凶悪な存在を確実に葬る必殺技。
だからこそ【救世之一撃】。
世界を救うために、己の全てを投げ打つ一太刀。
世界の敵を葬る代わりに、諸共に消える諸刃の剣。
世界の敵は多分輪廻転生するだろう。でも、世界を救った救世主は、未来永劫どの世界からも消え失せる。
ゆえに、ただ、世界を救った。その栄誉だけが世界に広がる。
自分たちは誰もがその偉業を知りながら、名前すら言えない。
だって存在すらもたった一撃に込めるから。
世界中全ての人の記憶から、その存在すらも消え失せる。
ゆえにその一撃は絶大で、神すら恐れる最後の一撃。
人が放ちうる最初で最後の命の煌めき。
だから、名も知らぬ誰かが世界を救った。その事実だけが残ってしまう。
ゆえに、彼は伝説となる。
アーボが使う筈だったスキルを奪い取ってしまったがゆえに。
軽はずみにタコの守護者に使ってしまったがために。
……
…………
………………
……あれ?
事が終わった時、私達は皆が見回していた。
私達は闘っていた筈だ。
目の前にいた誰かと、死闘を繰り広げていた筈だ。
タコの守護者は、多分もう死んでしまったのだろう。
記憶を持ち越した転生は不可能だが、転生はしたはずだ。
でも、そいつに何かをした誰かは、もう、いない。
え、っと? 誰だっけ? なんか知り合いだったような?
んん? あれ? 名前が出て来ない? どんな顔だっけ?
どんな存在で何をしてた奴だっけ?
そもそも男だったか女だったか、知り合いだったのかすらあやふやだ。
本当にそんな存在がこの場に存在していたのか?
そこからして、もう、私達の誰もが思いだすことなど出来なくなっていた――




